舞姫の君

第6話 ベルゼラの王

50-2、霊送りの祭り 男踊り①

　自分たちの話に夢中になっていた劇場の観客が、ひとりふたりと舞台から目を離せなくなっていた。

「まあ。一人舞台って贅沢ねえ。わたしも踊らせてもらったらよかったわ」
　そう悔し紛れにつぶやく後宮の女もいる。
「わたしだって踊りは得意よ。ゼプシーのくせになんて貧相な身体なの」
　女たちはあざけり笑った。


　舞台では、竜神の娘に背後から声をかけたものがいる。
　娘はびくりと身体を震わせた。
　首を巡らすと、それは人間の男だった。
　不思議な深みのある声だった。
　こずえがかすれるような音が混ざる。
　世界の音が切り取られ、再現され、そして抑揚をもって見事に調和する男の声に、娘の胸が震えた。

「君は誰？どこからきたの？かわいい人」
　男は笑顔で言う。
　たちまち娘は男に夢中になった。
　だが男は、昨日はあの子に声をかけた。
　今日は別の子に。
　男が愛するのは、豊かな胸の、張った腰の、特別美人な女たち。
　竜神の娘の身体は、とうてい足りない。
　だけど、自分だけを見て欲しいと思った。
　男の一番大事な存在になりたいと願った。
　人間の娘を愛したように、自分だけを愛してほしいと願った。
　竜神の娘は人間の男に恋をしたのだった。

　曲が変わり、踊りが変わる。

　その時、ユーディアの舞台に男が加わった。
　裸の上半身は、筋肉の筋がくっきりと浮き上がる強靭な身体だった。
　モルガンの膨らんだパンツをはいている。
　上質で艶のあるシルク素材のパンツは、本来のモルガン族がはくものではない。
　青い鱗の仮面の男は、まるで、はじめからそういう段取りだったかのように踊る。
　男の踊りは、女が舞う始めの踊りに対になる、男踊りだった。
　モルガン族でも踊れるものは、ユーディアの東の部族にはいなかった。
　この男がモルガン族であるはずがない。

「君は、人間の男との出会いは、誘惑の踊りだと解釈したんだね」
　仮面の男は、庭師レギー。

　娘の誘惑に、男は応えた。
　二人の身体はくるくると入れ替わる。
　なまめかしく、美しく、妖艶に。
　男の存在に、娘は変容していく。