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第3部 冬山離宮 第7話 盗賊
55、後宮
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龍陽城からの隠し通路を使い、レグランからはぐれないようにランタンを手にしてたどり着いた先は、後宮の食糧庫だった。
しばらく使っていなかった扉だったようで、先を行くレグラン王はユーディアの盾のような役割となっていて、埃と蜘蛛の巣の洗礼を浴びている。
ごほごほと咳ごみしきりに顔の周りを払っている。
王の後をゆくユーディアは蜘蛛の巣が髪に絡まることがないが、ふわふわとただよう糸を慎重によけた。
昨日出てきたところは、誰かの宮の厨房だった。
その前の日は、共同の大浴場だった。
王城と後宮の敷地は天地門以外にも一部の者しかしらない隠し通路がいくつもある。
レグラン王は毎回違う通路を使ってユーディアを午後の休憩時間を利用して連れて行く。
「……掃除が行き届いていないな。後で女官長に言っておかないと」
振り返り、ユーディアの髪に触れて絡まってもいない蜘蛛の巣の残骸を取るしぐさをする。
王の目は優しい。
倍ほど違う年の王は、ユーディアの髪に触れたいだけのようである。
レグラン王はユーディアの手を引く。
途中、誰かの宮に立ち寄ると、前触れなしの王の連日の訪問に悲鳴のような歓声が上がった。
静かにと人差し指で口元を押さえてみせると、女たちは合点がいったようで袖口で口元を押さえて目くばせをしあう。
レグラン王は慌てて出てきた宮の美人の女主人とその女官たちに取り巻かれて宮に上がり、一番良い部屋なのであろう庭に面した風通しの良い部屋に導かれ、茶菓子の接待を受ける。
ユーディアもそのおこぼれにあずかり、学んだ通り茶碗の蓋をかぶたまま香気を吸い込んだ。
昨日は、香道の作法を教えてもらった。
他にもおしえてもらった投扇という扇を投げて狙ったものを倒す女たちの遊びは、いったい何がおもしろいのかもわからなかった。
「王は今日も可愛らしい方をお連れなのですね」
美しく装った女主人はレグラン王のすぐ横に座るユーディアに軽く眉を寄せるが、すぐに余裕の顔になる。
自分の敵にはならないのだと判断されたのだとユーディアは気が付くがその通りなので、怒りようがない。
後宮の女たちは王の寵を競っていた。
洗練された挙措に美しい容貌。
真っ赤な唇から紡ぎ出される言葉は乳のように滑らかだ。
足指先まで彩り美しく整えられている。
指先がささくれだっていることに気にもしていないユーディアとは違っている。
女主人が眉を寄せてユーディアを嫌がってみせたしぐさも、すべて王に見られることが前提の、計算された愛の駆け引きなのだ。
「この子を整えてほしい」
「わかりましたわ。お任せください。わたくしの名誉をかけて美しく変身させてみせましょう」
ユーディアは笑いさざめく女官たちにより、男物の薄青の制服を脱がされ薬効湯に肩までつけられ、髪を洗われ、くしけずられ、湯から上がると花の匂いのするオイルを体にすりこまれた。
男物の下に隠しているものをみても、女たちは動じない。
王が王城から連れてくる男のふりをしている男装の女のことよりも、もっと驚くべきものを見てきたのだろう。
たとえば、裸になれば全身拷問の跡がある体であるとか?
もしくは一見女子なのに、実は男の印がついている美しい男だとか?
ユーディアは女たちのなされるがまま。
ここでされることに、拒絶することはできない。
レグラン王がジプサムに力を与えるのにユーディアに求めたことは連日の午後からの時間だった。
申し出たキスは却下されてしまった。
午後からの時間にキスも含められているのかもしれない。
ふたたびレグラン王の元に連れていかれた時には、ユーディアは薄物を羽織り、髪をくしけずられて髪をまとめ上げ、顔におしろいまではたかれていた。
連日肌を清められ血行を促され、筋肉をもみしだかれ、すっかり肌が柔らかくきれいになってしまった。
「本当に可愛らしい女の子ですねえ」
うっとりと女官が言う。
「女の子という年でもないよ」
子供扱されて、むっとしてユーディアは言う。
戻ってくるとレグラン王は、長椅子に身体をよこたわらせこの宮の美しい女主人に膝枕をさせていた。
愛しい者のように眺めるまなざしをユーディアに向ける。
とたんに腰のあたりがこそばゆくなった。
王の手は、女の腿を撫でている。
「君は、女というにはいろいろとこころもとないではないか。ここでは女言葉を話せ」
「わ、わたしに後宮で毎回女の恰好をさせて、どうしようというのですか?」
「なんでもするという取引だったのではないか?お前の午後からの時間をもらったんだ。その間どのような恰好をさせようとも俺の勝手だろう?」
ジプサムはまだ身体を起こせる状態ではない。
あれから5日間、ユーディアは午後の時間レグラン王の後宮での昼間の息抜きに付き合わされている。
しばらく使っていなかった扉だったようで、先を行くレグラン王はユーディアの盾のような役割となっていて、埃と蜘蛛の巣の洗礼を浴びている。
ごほごほと咳ごみしきりに顔の周りを払っている。
王の後をゆくユーディアは蜘蛛の巣が髪に絡まることがないが、ふわふわとただよう糸を慎重によけた。
昨日出てきたところは、誰かの宮の厨房だった。
その前の日は、共同の大浴場だった。
王城と後宮の敷地は天地門以外にも一部の者しかしらない隠し通路がいくつもある。
レグラン王は毎回違う通路を使ってユーディアを午後の休憩時間を利用して連れて行く。
「……掃除が行き届いていないな。後で女官長に言っておかないと」
振り返り、ユーディアの髪に触れて絡まってもいない蜘蛛の巣の残骸を取るしぐさをする。
王の目は優しい。
倍ほど違う年の王は、ユーディアの髪に触れたいだけのようである。
レグラン王はユーディアの手を引く。
途中、誰かの宮に立ち寄ると、前触れなしの王の連日の訪問に悲鳴のような歓声が上がった。
静かにと人差し指で口元を押さえてみせると、女たちは合点がいったようで袖口で口元を押さえて目くばせをしあう。
レグラン王は慌てて出てきた宮の美人の女主人とその女官たちに取り巻かれて宮に上がり、一番良い部屋なのであろう庭に面した風通しの良い部屋に導かれ、茶菓子の接待を受ける。
ユーディアもそのおこぼれにあずかり、学んだ通り茶碗の蓋をかぶたまま香気を吸い込んだ。
昨日は、香道の作法を教えてもらった。
他にもおしえてもらった投扇という扇を投げて狙ったものを倒す女たちの遊びは、いったい何がおもしろいのかもわからなかった。
「王は今日も可愛らしい方をお連れなのですね」
美しく装った女主人はレグラン王のすぐ横に座るユーディアに軽く眉を寄せるが、すぐに余裕の顔になる。
自分の敵にはならないのだと判断されたのだとユーディアは気が付くがその通りなので、怒りようがない。
後宮の女たちは王の寵を競っていた。
洗練された挙措に美しい容貌。
真っ赤な唇から紡ぎ出される言葉は乳のように滑らかだ。
足指先まで彩り美しく整えられている。
指先がささくれだっていることに気にもしていないユーディアとは違っている。
女主人が眉を寄せてユーディアを嫌がってみせたしぐさも、すべて王に見られることが前提の、計算された愛の駆け引きなのだ。
「この子を整えてほしい」
「わかりましたわ。お任せください。わたくしの名誉をかけて美しく変身させてみせましょう」
ユーディアは笑いさざめく女官たちにより、男物の薄青の制服を脱がされ薬効湯に肩までつけられ、髪を洗われ、くしけずられ、湯から上がると花の匂いのするオイルを体にすりこまれた。
男物の下に隠しているものをみても、女たちは動じない。
王が王城から連れてくる男のふりをしている男装の女のことよりも、もっと驚くべきものを見てきたのだろう。
たとえば、裸になれば全身拷問の跡がある体であるとか?
もしくは一見女子なのに、実は男の印がついている美しい男だとか?
ユーディアは女たちのなされるがまま。
ここでされることに、拒絶することはできない。
レグラン王がジプサムに力を与えるのにユーディアに求めたことは連日の午後からの時間だった。
申し出たキスは却下されてしまった。
午後からの時間にキスも含められているのかもしれない。
ふたたびレグラン王の元に連れていかれた時には、ユーディアは薄物を羽織り、髪をくしけずられて髪をまとめ上げ、顔におしろいまではたかれていた。
連日肌を清められ血行を促され、筋肉をもみしだかれ、すっかり肌が柔らかくきれいになってしまった。
「本当に可愛らしい女の子ですねえ」
うっとりと女官が言う。
「女の子という年でもないよ」
子供扱されて、むっとしてユーディアは言う。
戻ってくるとレグラン王は、長椅子に身体をよこたわらせこの宮の美しい女主人に膝枕をさせていた。
愛しい者のように眺めるまなざしをユーディアに向ける。
とたんに腰のあたりがこそばゆくなった。
王の手は、女の腿を撫でている。
「君は、女というにはいろいろとこころもとないではないか。ここでは女言葉を話せ」
「わ、わたしに後宮で毎回女の恰好をさせて、どうしようというのですか?」
「なんでもするという取引だったのではないか?お前の午後からの時間をもらったんだ。その間どのような恰好をさせようとも俺の勝手だろう?」
ジプサムはまだ身体を起こせる状態ではない。
あれから5日間、ユーディアは午後の時間レグラン王の後宮での昼間の息抜きに付き合わされている。
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