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第2話 ご褒美
9、絶対王者
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「北見!とめないと」
日々希は、すっと輪のなかに入った和寿を見て、取り乱した。
自分が和寿を引きとめなければ!と思っても足がすくむ。
大柄な東郷秀樹の体に、ニキビの散らばるふてぶてしい風貌、そして人の輪。
大柄な体とはいえ、最近は里山の減少により、移動が活発化している月ノ輪熊と比べれば、獰猛さや俊敏さは劣る。
そのことは、日々希は怖くなかった。
このいじめ同然のしごきをやめさせるには、なにも和寿がいうように、この熊のような東郷秀樹を力で負かす必要はない。
こんなことをしていても面白くないと思わせればいいだけだ。
その点、東郷に取り入ろうとも思わない平凡な白帯の日々希の登場は、イラつく東郷の熱を冷ますことになると思う。
何回か、豪快に投げ飛ばされる必要はあるが、今野のようなイビリ甲斐を見いだせず、この馬鹿げた手合わせは終了するだろう。
問題は人の輪の方で、一身に視線を浴び囃し立てられながらの対決だと、はたして冷静に対処して受け身をとれるのか、日々希には自信がない。
集中しようにも、みられる感覚に意識が分散されてしまう。
山では周囲に危険はあるが、ターゲット以外に気を付けるのは、足場の確認や方向感覚、援護する仲間の位置関係ぐらいである。
彼らの視線が、日々希に警戒させる。
彼らは味方ではなく、なにかの刹那に変容するだろう。
剛の他にもいるかもしれない味方は、この人数の前で非力で無力。
日々希の一歩を畳に縫い込んだその障壁は、人の眼であった。
「和寿さまは大丈夫です」
涼しい顔で北見はいう。
なぜにそのように主をとめないのか日々希にはわからない。
北条和寿に柔道着は似合わない。彼こそ守られる対象ではないか?
和寿は横倒しになっても、まだ体を起こそうとする今野修司の前に立った。
「自分が強いと思っている馬鹿なパンピーのコイツの代わりに、わたしが相手になるよ、秀樹さん。張り合いがないだろう?」
和寿はさらりという。
全員の視線が和寿に集中し、ありえない四天王の一人、美貌の北条和寿の登場に観客はざわめいた。
その時、誰かが日々希の背中を強く押した。
固まっていた下半身はバランスを取り戻せず、和寿と東郷秀樹と立ち上がれない今野のいる輪の内側へ、つんのめるように倒れこむ。
黒帯の誰かがいう。
「このパンピーも代わりをするってよ!」
日々希は両手と膝をつき、悪意あるその声を背中に受ける。
わっと、上級生たちの笑い声。
この人数の悪意の中で戦ったことは日々希はなかった。
がくがくと体がすくむ。
顔をあげると、和寿が上から見下ろしていた。
己に対する揺るぎない自信に裏付けされた、獰猛さを感じさせる猛禽類。肉食獣の目だった。
はじめてであったときに気のせいかと思って忘れていた、和寿が巧妙に隠している狂暴さ。
「あんたはそこで安心して座って見ていろ」
日々希はその、侵しがたい絶対王者のような目の強さに、体だけでなくこころも思考も、すべての自由を奪われた。
和寿が下した言葉は絶対だった。
この場にいる多くの人にではなく、ただ日々希だけに投げかけられたその言葉は、日々希には、甘い睦言のように感じられた。
場が変わる。
上級生から気に入らない下級生に対する、絶望と悲壮感を感じさせるしごきの場であったものが、美貌の小柄な北条和寿の登場で、無体を働く下品な男を完膚なきまでに叩きのめす舞台へと変わった。
柔よく剛を制すとはいうが、柔だけではなく、和寿は無駄のない力まない技の受け流しで、軽く優雅でありながら強かった。
力では圧倒的有利であるはずの、東郷秀樹は襟を取れずにいる。
勢いよく伸ばした腕は軽く弾かれ、いなされ続けていた。
業を煮やした秀樹が強引に掴みかかる。
がらんどうの懐に、あらかじめ予定されたかのようにすいと戦士は入る。
ヒグマのような大柄な体がくるりと舞った。
バン。
見事な一本背負い。
なにもかもがスローモーションのようだった。
床は振るえ、振動に日々希の膝は揺れた。その撃音に、日々希の胸は打ち込まれた。
「重そうなのに軽いな。見掛けだおしだな」
敗者の恥辱に、無情に唾を吐きかけ、塩を塗り込み、立ち直ることを許さない蔑みの言葉。
日々希の目の前には、この場にいるすべてを支配する王者がいた。
わあっと大歓声が起こる。
魔法は解かれた。
人の輪の結界が瓦解する。
剛は今野に走りよっていた。
大丈夫かとか、なんとか。
ただの信奉者と成り下がった者たちの、北条さん、次の機会にはわたしと手合わせをお願いしていいですか、とかなんとか。
それをすらりとすり抜けて、美貌の王者は日々希の前に立った。
上から見下ろす。
「ほら、大したことないだろ?」
日々希は差し出された手を取ってしまう。
押されて膝をついたまま、立ち上がれていなかったのだ。
汗に湿っているのは自分の手だろうか。
日々希の手と和寿の手が、二度と引き離せないかと思えるぐらい吸い付き、貼り付いた。
「約束だ。今夜こい」
和寿は言葉を失っている日々希にささやいた。
日々希は、すっと輪のなかに入った和寿を見て、取り乱した。
自分が和寿を引きとめなければ!と思っても足がすくむ。
大柄な東郷秀樹の体に、ニキビの散らばるふてぶてしい風貌、そして人の輪。
大柄な体とはいえ、最近は里山の減少により、移動が活発化している月ノ輪熊と比べれば、獰猛さや俊敏さは劣る。
そのことは、日々希は怖くなかった。
このいじめ同然のしごきをやめさせるには、なにも和寿がいうように、この熊のような東郷秀樹を力で負かす必要はない。
こんなことをしていても面白くないと思わせればいいだけだ。
その点、東郷に取り入ろうとも思わない平凡な白帯の日々希の登場は、イラつく東郷の熱を冷ますことになると思う。
何回か、豪快に投げ飛ばされる必要はあるが、今野のようなイビリ甲斐を見いだせず、この馬鹿げた手合わせは終了するだろう。
問題は人の輪の方で、一身に視線を浴び囃し立てられながらの対決だと、はたして冷静に対処して受け身をとれるのか、日々希には自信がない。
集中しようにも、みられる感覚に意識が分散されてしまう。
山では周囲に危険はあるが、ターゲット以外に気を付けるのは、足場の確認や方向感覚、援護する仲間の位置関係ぐらいである。
彼らの視線が、日々希に警戒させる。
彼らは味方ではなく、なにかの刹那に変容するだろう。
剛の他にもいるかもしれない味方は、この人数の前で非力で無力。
日々希の一歩を畳に縫い込んだその障壁は、人の眼であった。
「和寿さまは大丈夫です」
涼しい顔で北見はいう。
なぜにそのように主をとめないのか日々希にはわからない。
北条和寿に柔道着は似合わない。彼こそ守られる対象ではないか?
和寿は横倒しになっても、まだ体を起こそうとする今野修司の前に立った。
「自分が強いと思っている馬鹿なパンピーのコイツの代わりに、わたしが相手になるよ、秀樹さん。張り合いがないだろう?」
和寿はさらりという。
全員の視線が和寿に集中し、ありえない四天王の一人、美貌の北条和寿の登場に観客はざわめいた。
その時、誰かが日々希の背中を強く押した。
固まっていた下半身はバランスを取り戻せず、和寿と東郷秀樹と立ち上がれない今野のいる輪の内側へ、つんのめるように倒れこむ。
黒帯の誰かがいう。
「このパンピーも代わりをするってよ!」
日々希は両手と膝をつき、悪意あるその声を背中に受ける。
わっと、上級生たちの笑い声。
この人数の悪意の中で戦ったことは日々希はなかった。
がくがくと体がすくむ。
顔をあげると、和寿が上から見下ろしていた。
己に対する揺るぎない自信に裏付けされた、獰猛さを感じさせる猛禽類。肉食獣の目だった。
はじめてであったときに気のせいかと思って忘れていた、和寿が巧妙に隠している狂暴さ。
「あんたはそこで安心して座って見ていろ」
日々希はその、侵しがたい絶対王者のような目の強さに、体だけでなくこころも思考も、すべての自由を奪われた。
和寿が下した言葉は絶対だった。
この場にいる多くの人にではなく、ただ日々希だけに投げかけられたその言葉は、日々希には、甘い睦言のように感じられた。
場が変わる。
上級生から気に入らない下級生に対する、絶望と悲壮感を感じさせるしごきの場であったものが、美貌の小柄な北条和寿の登場で、無体を働く下品な男を完膚なきまでに叩きのめす舞台へと変わった。
柔よく剛を制すとはいうが、柔だけではなく、和寿は無駄のない力まない技の受け流しで、軽く優雅でありながら強かった。
力では圧倒的有利であるはずの、東郷秀樹は襟を取れずにいる。
勢いよく伸ばした腕は軽く弾かれ、いなされ続けていた。
業を煮やした秀樹が強引に掴みかかる。
がらんどうの懐に、あらかじめ予定されたかのようにすいと戦士は入る。
ヒグマのような大柄な体がくるりと舞った。
バン。
見事な一本背負い。
なにもかもがスローモーションのようだった。
床は振るえ、振動に日々希の膝は揺れた。その撃音に、日々希の胸は打ち込まれた。
「重そうなのに軽いな。見掛けだおしだな」
敗者の恥辱に、無情に唾を吐きかけ、塩を塗り込み、立ち直ることを許さない蔑みの言葉。
日々希の目の前には、この場にいるすべてを支配する王者がいた。
わあっと大歓声が起こる。
魔法は解かれた。
人の輪の結界が瓦解する。
剛は今野に走りよっていた。
大丈夫かとか、なんとか。
ただの信奉者と成り下がった者たちの、北条さん、次の機会にはわたしと手合わせをお願いしていいですか、とかなんとか。
それをすらりとすり抜けて、美貌の王者は日々希の前に立った。
上から見下ろす。
「ほら、大したことないだろ?」
日々希は差し出された手を取ってしまう。
押されて膝をついたまま、立ち上がれていなかったのだ。
汗に湿っているのは自分の手だろうか。
日々希の手と和寿の手が、二度と引き離せないかと思えるぐらい吸い付き、貼り付いた。
「約束だ。今夜こい」
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