無頼・証券マン、哲二

３４話：英会話教室後の食事会２

　そして、彼が、私以上に不幸せな、生い立ちだったこと、母が飲み屋で働き、やがて、店に出入りした米国人と駈け落ちしてアメリカに渡って音信不通になった事。見ず知らずの駄菓子屋の１人ぼっちのおばあさんが不憫に思って、面倒を見てもらった事。

　その後、ある日店で倒れて死んだ話。そんな厳しい環境の元でも、めげずに、努力を重ねて、猛勉強して東大経済学部に現役合格して、大手証券に入社して証券マンとして活躍して財をなした事を話した。その話を聞いていた山根和美さんが、すぐ横に座っている哲二を驚く様に見た。

　そんな、すごい人生を送ってこられたのですねと驚いた様に言うのを聞いて恥ずかしいことですがねと笑った。何で、あなたは、そんなに冷静でいられるのですかと聞いた。すると哲二が人生なんて自分の力でどうにかなるなんて、嘘だ、努力と才能とやる気だと言い切った。俺は、ただ、ついていただけさと言った。

　小さい時、大人に愛されないで育つと、自分の感情を出せない様になるんだ。俺が最初に感情を爆発させたのは、母が駈け落ちしたときに枕元に書いて置いていった手紙を読んだ時さ。頭にきて、悔しくて、惨めで、一睡も出来なかった。

　次に感情が爆発したのは、小さい時から何も言わず、ただひたすら働いて、御飯を食べさせてくれ、優しくしてくれた、赤の他人だが、育ての親のやさしい、おばあちゃんが会社から帰ってきたとき店の奥で倒れて、死んでいた姿を見た時さ。

　この時は、何てことをするんだと、運命を、神を、恨んだよ。でも、無力な人間には何も出来ない。この時ほど自分の無力さを嫌という程、思い知らされた。俺が社会人になるまで２０年間も何の見返りも要求せずに、ただただ無償の愛情を注いでくれた、神様のような、おばあちゃんに何も恩返しできずに、死んでしまったんだぜ。

　その後、この界隈の商店会長が店の処分や葬式、近くのお墓への埋葬を手配してくれたんだ。こう言う体験から、自分は絶対、金、人に負けない頭脳、体力をつけて、絶対負けないと誓ったんだ。そして稼いだ。俺も女房の香織も人生の底辺を経験して、傷のなめ合い方、嘘つく奴への戦い方を自然に学んだと言い切った。

　こんな話をしてると、回りはシーンとして水を打った様に静かになってしまった。ごめん、ついつい熱くなって、話が長くなってごめん。以上終わりと言った。これを聞いていた山根和美さんは３杯目の大きなジョッキを飲み干して、呆然として聞き入っていた。そして号泣して化粧が落ち、最悪の顔になっていた。

　たまらず、香織が、しっかりしなさいと、肩をたたいたが、焦点が定まらない程のショックを受けたようだった。そして時間になったので、１人千円と香織が言うと内藤幸代さんが、お金を集め精算をしてくれた。そして香織が明細書見せてと言い月謝でいただいた金の余りがあるからと言って足らない４千円を出した。