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第22話:マックが、日本で医者に売れ出す
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すぐにソフトウェアの不具合を直せる場合が、多かったが、年に数回、原因がわからず専門科を大勢、投入して数日徹夜してプログラムを修正するという場合も稀にあった。その待遇の悪さに、常本も困って、退社することまで考えたほどだった。そのためにコンピュータ研究会に参加できなくなった。
1986年の夏もコンピュータ研究会の諏訪での研修会のお誘いがあった、仕事の都合で参加することができなかった。一方、アメリカのアップル社では、1985年9月、ジョブズが、アップル社の会長を辞任し5人の役員を引き連れアップルを退社。新会社「ネクスト」設立した。
10月には、日本ではエルゴソフトが日本語処理機能つきのワープロ「イージーワード」をマッキントッシュ向けに向けに発売。日本市場での競争力が向上。やがて1985年も足早に過ぎ1986年を迎えた。この1986年アップルは、日本語システム「漢字トーク1.0」を発表。
アップルジャパンがマッキントッシュ・プラスなどの主力商品を大幅値下げ。国産パソコンに対抗できる価格競争力を持つことになり急速に日本での販売攻勢をかけ始めた。1987年「マッキントッシュⅡ」「マッキントッシュSE」を発売。マッキントッシュⅡは初のカラー対応。
マッキントッシュSEはハードディスクを内蔵。日本では、この頃からグラフィックの素晴らしいパソコンとして医者などが学会発表で使う綺麗なスライドを作成するパソコンとして、急速に売れていき知名度が上がった。特に、この1987年は、日本で驚異的に売れ上げを延ばし販売台数を増やした。
1987年4月14日、早朝、木下先輩がソニー株が下げ、2610円の気配値が出ているから買わないかと言われた。その時、証券口座を増やして500万円にしておいた。そこで、どうやって買うのと聞くと、いくら口座に入ってるといわれ500万円と答えると1500株成り行きで買ったらと言われ指示通り証券会社の担当者に連絡した。
その日の昼休みに証券会社の担当者に電話して確認すると392万円で買え投資口座の残高が、108万円と言われた。その後、常本は、以前、日本電気の研究所で世話になった上司に相談して、サービスエンジニアは、体力的に厳しいので以前通り富島部長の下で研究補助がしたいと言うと残業と外勤手当がなくなると言われた。
だから給料は、随分減るぞと言われたが、構いませんと答え、是非、お願いします。このままでは、体を壊すと言い、懇願。君の気持ちは、わかった戻れる様に最善の手を尽くしてみるが、確実にできるとは言えないぞと語った。そして2週間後の1987年6月18日、人事部に呼ばれて研究室への復帰が認められた。
そして、富島部長の部屋に行き、深々と頭を上げて、お礼を言った。実は、私も君と一緒にやる方が気心が知れて、やりやすいと言い、最近は女子の研究補助員が多く気を使うんだよと笑いながら言った。この年の12月24日から26日まで栂池高原スキー場の近くで、コンピューター研究会の会合があるから来ないかと池辺さんから電話がかかった。
今回も旅費だけで、それ以外は、入らないと言うので、了解した。そして7月のうちに休暇届を提出した。それからは、9時半に研究室に集まり17時に仕事を終えて家に帰るスケジュールになって、家族サービスもできるようになった。しかし、収入は三分の二に減ってしまった。
やがて12月24日となり、朝6時に家を出て八王子から中央線の特急に乗った。そして、終点の白馬駅に昼過ぎに着き教えられたホテルまでバスに乗って13時過ぎにホテルに到着した。すると、池辺さんと信州大学の若手が2人来てNEC9800数台とマッキントッシュSE2台をハイエースから運び出した。
そして10畳の和室に運んだ。
「昼飯、食ったかと聞かれ、まだですと答えると、俺たちもだと告げた」
「そこで、パソコンの設置が終わったら一緒に食べようと言った」
「15分ほどでパソコンの用意が、完了し、ホテルのレストランに行き昼食を取った」
「その時、池辺さんが、元気かと聞くので、えーまーと答えた」
「常本が、最近、お医者さん達にマッキントッシュが、流行り、スライド作りに利用していると聞いてますと伝えると、その通りだと語った」
1986年の夏もコンピュータ研究会の諏訪での研修会のお誘いがあった、仕事の都合で参加することができなかった。一方、アメリカのアップル社では、1985年9月、ジョブズが、アップル社の会長を辞任し5人の役員を引き連れアップルを退社。新会社「ネクスト」設立した。
10月には、日本ではエルゴソフトが日本語処理機能つきのワープロ「イージーワード」をマッキントッシュ向けに向けに発売。日本市場での競争力が向上。やがて1985年も足早に過ぎ1986年を迎えた。この1986年アップルは、日本語システム「漢字トーク1.0」を発表。
アップルジャパンがマッキントッシュ・プラスなどの主力商品を大幅値下げ。国産パソコンに対抗できる価格競争力を持つことになり急速に日本での販売攻勢をかけ始めた。1987年「マッキントッシュⅡ」「マッキントッシュSE」を発売。マッキントッシュⅡは初のカラー対応。
マッキントッシュSEはハードディスクを内蔵。日本では、この頃からグラフィックの素晴らしいパソコンとして医者などが学会発表で使う綺麗なスライドを作成するパソコンとして、急速に売れていき知名度が上がった。特に、この1987年は、日本で驚異的に売れ上げを延ばし販売台数を増やした。
1987年4月14日、早朝、木下先輩がソニー株が下げ、2610円の気配値が出ているから買わないかと言われた。その時、証券口座を増やして500万円にしておいた。そこで、どうやって買うのと聞くと、いくら口座に入ってるといわれ500万円と答えると1500株成り行きで買ったらと言われ指示通り証券会社の担当者に連絡した。
その日の昼休みに証券会社の担当者に電話して確認すると392万円で買え投資口座の残高が、108万円と言われた。その後、常本は、以前、日本電気の研究所で世話になった上司に相談して、サービスエンジニアは、体力的に厳しいので以前通り富島部長の下で研究補助がしたいと言うと残業と外勤手当がなくなると言われた。
だから給料は、随分減るぞと言われたが、構いませんと答え、是非、お願いします。このままでは、体を壊すと言い、懇願。君の気持ちは、わかった戻れる様に最善の手を尽くしてみるが、確実にできるとは言えないぞと語った。そして2週間後の1987年6月18日、人事部に呼ばれて研究室への復帰が認められた。
そして、富島部長の部屋に行き、深々と頭を上げて、お礼を言った。実は、私も君と一緒にやる方が気心が知れて、やりやすいと言い、最近は女子の研究補助員が多く気を使うんだよと笑いながら言った。この年の12月24日から26日まで栂池高原スキー場の近くで、コンピューター研究会の会合があるから来ないかと池辺さんから電話がかかった。
今回も旅費だけで、それ以外は、入らないと言うので、了解した。そして7月のうちに休暇届を提出した。それからは、9時半に研究室に集まり17時に仕事を終えて家に帰るスケジュールになって、家族サービスもできるようになった。しかし、収入は三分の二に減ってしまった。
やがて12月24日となり、朝6時に家を出て八王子から中央線の特急に乗った。そして、終点の白馬駅に昼過ぎに着き教えられたホテルまでバスに乗って13時過ぎにホテルに到着した。すると、池辺さんと信州大学の若手が2人来てNEC9800数台とマッキントッシュSE2台をハイエースから運び出した。
そして10畳の和室に運んだ。
「昼飯、食ったかと聞かれ、まだですと答えると、俺たちもだと告げた」
「そこで、パソコンの設置が終わったら一緒に食べようと言った」
「15分ほどでパソコンの用意が、完了し、ホテルのレストランに行き昼食を取った」
「その時、池辺さんが、元気かと聞くので、えーまーと答えた」
「常本が、最近、お医者さん達にマッキントッシュが、流行り、スライド作りに利用していると聞いてますと伝えると、その通りだと語った」
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