薔薇紳士の興じ事

目を閉じると

 古い町並みの路地裏の奥の奥、ここは悩みを抱える人だけが訪れることの出来る喫茶店『Roseロゼ』。今日も悩みを抱えるお客様が来店されます。

 カランカラン

「いらっしゃいませ。」

扉を開けたお客様に対し、そう言うのはこの喫茶店の店主、薔薇紳士。紳士的な口調で挨拶し、優雅にお茶を一杯カップに注ぎます。

「あ、あの…。」

本日のお客様は20代前半くらいの若い女性。長くカールした髪を綺麗にまとめ、可愛らしいワンピースを纏っているものの、少し派手な化粧は何故か目元が崩れています。

「こちらのお席へどうぞ。」

「あ、はい…。」

薔薇紳士は女性をカウンター席に案内します。女性は少し戸惑いながらも案内の通り席に座ります。

「今日は、どうされました？」

薔薇紳士は紳士的な口調で女性に問いかけます。その声色はとても暖かく、口調は優しく、女性は不思議と悩みを打ち明けます。

「実は…今日恋人とデートだったんです。目いっぱいお洒落して、可愛いって思ってもらいたくて…。でもその、振られ、ちゃったんです。」

薔薇紳士は静かにゆっくりと、女性の話を聞いています。女性の顔をしっかりと見つめ、時々頷きながらも女性の言葉を遮ることなく聞いています。

「彼、浮気してたらしくて…あ、私の方が浮気相手だったのかもしれませんけど。でもそのもう一人の女の人と本気で付き合うから別れろって…酷いですよね。」

女性は愚痴を言うように、軽く笑いながら話します。しかしその目は潤んで今にも涙を零しそうになっています。

「私、彼の事も許せませんけど、それ以上にそんな男を好きになった私を、浮気してたことに気づけなかった私を許せないんです。…いや、浮気にも薄々気づいてたのかもしれません。目をつぶっていたんだと思います、彼との関係を壊したくなくて。なのにこんなにあっさりと彼の方から別れ話なんて…私…。」

そういうと女性は手で顔を覆い、下を向いて泣きだしました。声を上げないように、肩を震わせています。
そんな彼女に薔薇紳士は「どうぞ」ハンカチを差し出します。そして涙を見ないよう女性に背を向けお茶の準備をします。

「ありがとうございます…。お優しいんですね、店主さ…あ、店主さん、ですよね？」

お礼を言いつつ涙を拭う女性の方に振り向かないまま、薔薇紳士は答えます。

「ええ。私は、お嬢さんのことはなんとお呼びすれば良いですかね。」

「あ、私は門倉です、門倉由美。好きなように呼んでもらって…。」

「では門倉様、僭越ながら一言だけ言わせてもらっても良いですか？」

「？はい。」

薔薇紳士は由美の返事を聞くと、彼女の方を真っ直ぐ向き、彼女の目をしっかりと見つめ、

「両方の目を閉じてしまうと、真っ暗で何も見えなくなってしまうんですよ。」

そう一言告げると、お茶の用意に戻りました。

「目を…閉じると…。」

由美はそう呟くと、陰ったモノクロの表情に彩りが戻りました。

「そう、ですよね。目をつぶってたら何も見えないですもんね。怖くても目を開けて、目の前の事をちゃんと見ないとですよね！店主さん、ありがとうございます！」

「いいえ、私は何も。それより…ご注文はどうされますか？」


 ここは悩みを抱えるお客様が来店される喫茶店。この喫茶店の店主、薔薇紳士は今日もお客様の悩みを紳士に解決します。