薔薇紳士の興じ事

世万江生紬

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息を止めると

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 カランカラン

 「いらっしゃいませ。」

 ここは悩みを抱えるお客様が来店される喫茶店。今日も疲れた顔をされたお客様が来店されました。

「あ、こんにちは...。」

本日のお客様は20代後半くらいの女性。気の弱い性格なのか肩を縮こまらせるように歩き、周囲に怯えたように目線を動かしています。しかし表情は疲れているものの、髪や服装は清潔に保たれています。

「こちらの席へ、お嬢さん。」

薔薇紳士は紳士に席に案内します。

「お嬢さん...あ、はい...。」

女性も薔薇紳士に促されるままカウンター席、薔薇紳士の目の前の席に座ります。

「それで...今日はどうされたんですか、お嬢さん?」

「あ、あの、私の名前、飯豊佳穂です。お嬢さんって呼ばれるにはちょっと...。」

女性、佳穂はおずおずと薔薇執事に名前を伝え、指をもじもじと動かします。

「おっと失礼。では佳穂様、何かお悩みがあるようにお見受けしますが、この私めに話してみてはいかがでしょうか。幾分か、重荷が軽くなると思いますよ。」

薔薇紳士は佳穂に少し顔を近づけ、紳士な口ぶりでそう告げます。その声色は優しく佳穂の心を絆すようで、佳穂は自然と悩みを打ち明けていました。

「実は、私最近結婚したんですが、その、彼と一緒にいるのがちょっと、その、窮屈、で。結婚して一緒に暮らすまでは優しいし、気が利くし、一緒にいられるだけで幸せだったんですけど、一緒に暮らすようになると、彼のちょっとしたものの考え方とか、習慣とかが気になっちゃって。」

薔薇紳士は黙って佳穂の話を聞いています。しかし口は出さずとも相槌を打ち、佳穂が話しやすいよう雰囲気を作ります。佳穂もそれに気づき、話を続けます。

「私、あんまり物を言えないタイプなので、いつも黙ってるばかりで息が詰まってしまって。それで、ちょっと疲れてて。なんかすみません、こんな話、店主さんに...。」

佳穂は申し訳なさそうに薔薇紳士に頭を下げます。それを見た薔薇紳士は、優雅にゆっくりとした動作でお茶を入れ出します。そしてカップから顔を上げず、佳穂に向けて一言だけ伝えます。

「彼の前で息を止めてしまっては、呼吸が出来なくなってしまいますよ。」

薔薇紳士はそう言うと、コトッと佳穂の前に淹れたばかりの紅茶のカップを置きました。丁寧に注がれた紅茶は湯気が立ち、鼻にすっと入ってくる甘くも爽やかな匂いが漂っています。

「呼吸が出来なく...。そうですよね。息をつめたままじゃ、息を止めてちゃ、生きていられないですもんね。彼と幸せになるためにも、息をつめてちゃダメですよね。」

佳穂は薔薇紳士の言葉を繰り返し、自分なりの解決を見つけたようでした。疲れていた表情も穏やかな笑みが広がっています。それを見た薔薇紳士は満足そうに微笑み、紅茶のカップに手を向けます。

「佳穂様、さあ、冷めないうちに、どうぞ。」



 生きていれば、息がしづらく、生きづらく感じることもあります。でも、息をしなければ人間は死んでしまうのです。たまには息を抜いたって、我慢を辞めたって、思いをぶつけたって、いいんです。自分が生きていくためなのだから。
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