薔薇紳士の興じ事

君以外の人は

  カランカラン

 「いらっしゃいませ。」

「いらっしゃいませ～。」

 ここは悩みを抱えるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様は少し浮かない顔をした女子高生。

「薔薇紳士さ～ん！話聞いてほし～。」

このお店の常連、東堂さゆりです。さゆりはこのお店の雰囲気を気に入っていて、勉強するためによく訪れています。

「さゆり様、どうかされたのですか？」

「さゆり…？あ、もしかして3組のさゆりちゃん？」

「ん？えーっと、あ、1組の…ごめん、名前なんだっけ？」

「自分、いちごです！」

「いちごね、今覚えた。でも今日ここに来たのは薔薇紳士さんに話聞いてもらいたかったからなの。」

さゆりはそう言うといちごの前を通り過ぎ、薔薇紳士の真正面のカウンター席に座りました。

「自分外行こっか？」

「ううん、そこまでしなくていい。聞かれて困る話でもないか、ありがと～。」

いちごはさゆりに許可をとってから隣の席に座ります。

「改めて、さゆり様。本日はどうされたのですか？」

「うん…あのね、アタシ最近勉強頑張ってるでしょ？クラスで1番頭の良い子に教えてもらったり、一緒に勉強したりしてたの。でも、その子はやればやった分だけ結果に出てるし、やる気も出てるのに、アタシは全然で…。」

薔薇紳士は柔らかい雰囲気のまま、静かにさゆりの話を聞いています。いちごも真剣な表情で黙っています。

「誰かと一緒に頑張れれば、競い合ったり励ましあったりしてもっと頑張れると思ったのに。誰かと一緒にいることが、自分と比較して嫌になっちゃう…。」

さゆりは話しながら俯いてしまいました。しかし、フワッと良い香りに思わず頭を上げます。

「それはお辛かったですね。こちらをどうぞ。ダージリンです。落ち着きますよ。」

薔薇紳士が淹れたての紅茶をさゆりの前にコトリと置きます。さゆりはその紅茶の柔らかい匂いと湯気に、目をぐしっと拭います。

「はぁ～…この紅茶すごい落ち着く～。」

「ふふ、良かったです。ところでさゆり様、先程誰かと一緒だと自分と比較して嫌になってしまう、と仰いましたね。ですが、貴方以外の人は貴方じゃないんです。貴方には貴方の『頑張った』がある。貴方以外の人には貴方以外の『頑張った』がある。一緒にしなくていいんですよ。貴方自身が頑張ったと思うことが出来たなら、それでいいんです。」

薔薇紳士はそう言うと、さゆりの空になったカップに新しい紅茶を注ぎました。その動作をゆっくり見ていたさゆりは、自分の頬を自分の手でパンッと叩きました。

「！？さゆりちゃん！？どうしたの痛いよ！？」

そのあまりの勢いと音に、いちごが思わず声を上げます。

「アタシ…頑張るよ。誰かに勝とうとか、誰かより結果だそうとか、そういうことじゃなくて。自分自身が頑張ったって胸張れるように、頑張るよ。」

さゆりはそういうとバッグの中から勉強道具を取り出し、手首に付けていたシュシュで髪を1つに結びました。

「薔薇紳士さん、ここで勉強してもい？ダメって言われると思ってないけど。」

「ふふ、もちろんいいですよ。集中力の上がる紅茶を淹れましょう。」

「自分も手伝います！」

さゆりはこの日、お店の閉店時間まで熱心に勉強しました。自分自信が頑張ったと胸張って言えるように。


 自分以外の人は自分じゃないんです。好きな物も、考え方も、物事のものさしも、全部自分とは違います。だから、無理に合わせなくていいんです。比べなくていいんです。自分自身がそれでいいと思えたら、自分以外の人がどうであっても、それでいいんです。