薔薇紳士の興じ事

世万江生紬

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突然の別れは

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 カランカラン

「いらっしゃいませ。」

「いらっしゃいませ~。」

 ここは悩めるお客様が来られる喫茶店。本日のお客様はパリッと身なりを整え、スーツを来た男性。しかし仕事帰りという訳ではなさそうな様子です。

「こちらのお席へどうぞ~。」

この店のバイト、野崎いちごがカウンター席へ案内します。

「あぁ、いえ、すみません、ちょっとカウンター席は…。あっちの席に座ってもいいですか?」

「あ、はい、すみません、どうぞ。」

いちごの案内を断り、男性はこの店の1番隅の椅子に座りました。すると、両肘をついて顔を下に向けました。

「薔薇紳士さん…あのお客様、随分傷心中みたいですね?」

「その様に見えますね。いちごくん、こちらの紅茶、サービスで差し上げてください。」

「了解です。」

いちごはカウンターの薔薇紳士と喋った後、男性の元へ紅茶を運びました。

「あの~、これ。店主からのサービスです。何か落ち込んでる見たいですけど、良ければ店主も、もちろん自分でも良ければ、話聞きますよ?」

いちごは男性に慎重に話しかけます。そしていちごの言葉にしばらく躊躇っていたものの、意を決して立ち上がったかと思うと、カウンター席へ移動しました。

「その…なんて言うか、シンプルに彼女に振られました。でも俺たち本当に愛し合ってて、そりゃまあ付き合ってそんなに長いわけじゃないですし。俺の事知っていく中で、一緒にいたくなくなったのかなぁなんて思いますけど、つい昨日まで何も変わりなかったんです。なのに今日急に振られて…。」

「女の人って、ちょっとストレスに感じることも自分の中に溜め込んで溜め込んで一気に爆発しちゃう事ありますもんね…。」

「彼女にも、一緒にいたいと思えなくなったって言われたんだけど、やっぱそういう事なのかなー…何がいけなかったんだろ。言ってくれれば直せたかもしれないのに…。今日急になんてなぁ。」

男性は悲しそうな顔をしながら、紅茶の入ったカップの縁を指でなぞります。

「くそー…やば、涙出てくる。」

「あ、お兄さん、これティッシュです。良ければ…。」

「はは、ありがと。でも俺もう27だしお兄さんは…。俺、遠山建。好きに呼んで。」

「では遠山様、私から一言だけよろしいですか?」

「え、店主さん?どうぞ。」

建はいちごから受け取ったポケットティッシュを目に当てながら言います。

「遠山様、突然の別れとは急にやってくるものです。貴方が過去を悔いても、それを覆すことも難しい。でも、突然の出会いもまた急にやってきます。お別れになった彼女さんのことを忘れろなどとは言いません。ですが前向きに、これからの出会いに希望を持ってはいかがでしょうか。」

「おお~、なるほど。やっぱり恋を古傷を癒すのは新しい恋なんですね!?」

「はは、そう簡単に気分の切り替えは出来ないよ。でも…出会いに希望を持つくらいなら、いいかな。」

そう言うと建は紅茶をグイっと飲み干しました。その目は少し赤く腫れていますが、表情はお店に入ってきた時とは違い、明るく前を向いています。


 突然の別れは急にやってきます。でも逆をいえば、突然の出会いも急にやってくる。悲しい別れにばかり目をつけず、これからの希望の出会いにも目を向けてみてください。それだけでほんの少し、上を向けるはずです。
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