薔薇紳士の興じ事

世万江生紬

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君から目をそらすと

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 カランカラン

 「いらっしゃいませ。」

「いらっしゃいませ~。」

 ここは悩みを抱えるお客さんが来店される喫茶店。本日はどこか疲れた様子の女性。きりっとした身だしなみに清潔な着こなしですが、化粧は崩れ、髪は乱れています。

「こんにちは、お姉さん。こちらの席へどうぞ。」

「あぁ、ありがとう店員さん。」

女性はいちごにお礼を言って席に着くと、肘をつき、ふーっと大きなため息をこぼしました。

「お姉さん、何かお悩みですか?」

「え?あぁ、まあね。それと、お姉さんってやめてよ。私もう31だから。野々村真琴ね。」

「真琴さん!じゃあ真琴さんは何を悩んですんですか?」

「えー、んー、守秘義務があるから細かいことは省くけど、私医者やってるんだ。それで、こどもの患者さんがいるんだけど、サッカーやっててね。元気でいい子なんだけど、まああんまり良くなくて。どれだけ体が壊れてもいいから次の試合には絶対出たいって聞かなくてねー。参ったなーって感じ。はは、ごめんね、店員さんに愚痴る形になっちゃった。」

「いいえ、私で良ければどんどん愚痴ってください。」

「はは、ありがと。なら遠慮なく。その子の言いたいことも分かるんだよ、最後の大会、悔いを残したくないって。でも本当に状態は良くなくて。これからの将来のことを考えると諦めてほしくて。でもなーって。もう私なんて言ったらいいか分からなくてずっと目を逸らしてる。」

「最後の試合に悔いを残したくないって気持ち、分かります...。でも将来のことを考えるとOKは出せないって気持ちも何となく分かります...。板挟みなんですね。」

「うん。...はー、とりあえず紅茶飲んで落ち着きたくてさ。店員さん、紅茶もらえ...って、なんかいい匂いするね。」

真琴が話している間も薔薇紳士は紅茶の準備をしていました。そして淹れたての紅茶を、真琴の前にコトリと置きます。

「どうぞ、こちらの紅茶でリラックスなさって下さい。」

「ありがとう。...ん、美味しい。落ち着くー。」

「それは良かった。」

真琴のほころぶ顔を見て、薔薇紳士は柔らかい笑みを浮かべます。そして真琴が一杯飲み終わるのを見てから、話しかけました。

「野々村様、私は医者ではありませんから、貴方の心情を正確に慮ることは出来ません。ですが、一言だけ、よろしいですか?」

「助言くれるの?ぜひ。」

「では僭越ながら。野々村様、目を逸らし続けていると目を合わせられなくなります。あなたが向き合うべき子どものことをしっかりを見てあげられなくなるのです。怖くてもまっすぐ見てあげてください。あなたがまっすぐに向き合えば、相手もまっすぐに向き合ってくれます。そこに大人も子供もありません。でも、嫌われる覚悟でNOと言うのは大人の役目だと思います。」

薔薇紳士はまっすぐに真琴を見つめて言います。真琴も薔薇紳士の言葉に、自分なりに考えているようでした。

「まっすぐに向き合えば、気持ちが伝わるって言うのは、たった今身を持って体験した。」

「恐れ入ります。」

真琴は大きく深呼吸します。

「よし。店員さん、おかわりください。今度はリラックスするためのものじゃなくて。自分の決断を後押しするためのもの。」

「かしこまりました。」

「真琴さん、お仕事応援しています。」

「はは、ありがとう。頑張るよ、大変だけどこの仕事好きなんだ。」


 結局真琴が患者の子どもに何と言ったのかは分かりません。ですがきっと、その子供の目を見てまっすぐに思いを伝えたのでしょう。どれだけ怖くても、目を逸らし続けるだけではいけないときもあります。自分自身が相手の目を見てまっすぐに伝えれば、そのまっすぐな思いは相手にきっと届くはずです。
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