薔薇紳士の興じ事

世万江生紬

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5年前のあの日に戻れたら

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 カランカラン

 「いらっしゃいませ。」

「いらっしゃいませ~って、莇さんだ。」

「やぁいちごちゃん!薔薇紳士さん!いつもの紅茶をいただけるかいっ!?」

 ここは悩めるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様はこの店の常連、新人作家の夏目莇です。感情の起伏が激しい莇ですが、今日はいやにハイテンションで扉を開けました。

「いつものですね、かしこまりました。」

「莇さん、今日はお仕事途中で逃げだしたわけではないんですね。」

「ふはは、抜かりないよ!今日はようやく仕事を終えて解放感のままここに来たのさ。」

「すごくハイテンションなので、そうだと思いましたよ。」

莇はここの常連になってから日が長いです。当然この店のアルバイト、いちごとも長い付き合い。2人は砕けた口調で茶かしあうほど仲良しです。

「莇様、紅茶が入りましたよ。」

「あーりがとうございまーす。」

莇は独特なイントネーションでお礼を言うと、ゆっくりこくりと紅茶を飲みます。

「ふー、おいし...。」

「あ、何か急に落ち着いた。」

「薔薇紳士さんの紅茶を飲むと仕事からの解放感で来る浮かれた気分さえ落ち着かせてくれます...。」

「ふふ、それは落ち着かせて良かったのでしょうかね。」

「あー、五年前はこんな生活するとは思ってもなかったのに、人生とは変わるものだ。バッドエンドもハッピーエンドも決めつけるには早すぎるのだね。」

「ああ、莇さん五年前まではネットの小説投稿アプリで小説書いてたんでしたっけ。それで出版社の人の目に留まったとか。」

「なんだい!?僕の人生物語が聞きたいのかい!?」

「いえ微塵も。」

莇は自分のことを誰かが知ろうとしてくれること、知ってくれていることをとても嬉しく感じます。ので自分のことも話したい性分なのですが、いちごにはバッサリと断られてしました。

「くっ...。いちごちゃんは難攻不落だなぁ。」

「では私から。莇様はもし五年前に戻れるとしたら、何をやり直しますか?まったく別の選択肢を選ばれますか?それとも、今と同じ道をお選びになりますか?」

「薔薇紳士さん、ボクに興味を持って...!心、いや承認欲求が満たされる気分です!」

「そのまんまじゃないですか。それより、薔薇紳士さんの質問に答えて下さいよ。」

「おおっと、そうだな。んー五年前のあの日に戻れたらきっと僕は...今より五歳若いだけの若造だ。違った選択肢なんて見えてないだろうな。今も昔も、僕は成長してないただのガキさー!」

莇はふっと考えた末、今の自分を嘆くような、でも一ミリも後悔していない声で宣言します。それを見たいちごはどこか納得していないような顔をしますが、薔薇紳士は緩やかに笑っています。

「ふふ、そうですね。色々な選択が見れるのは、年を取って色々な経験をするからです。昔こうしていれば、あの時こうしていなければ、なんて今だから言えるんです。でもそうやって昔を嘆くことも、今を確認する大事なことなんでしょう。」

「さすが薔薇紳士さんだ!今のフレーズ格好良かったので小説に使っても!?」

「構いませんよ。」

「薔薇紳士さん、自分はちょっと難しくてわかんないです。」

「いちごちゃんももう少し大人になれば分かるさ~。」

「むー!莇さんに言われるとムカつきますー!」

「なんでっ!」


 五年前のあの日に戻れたらきっと今より五歳若い。その五年の中で貴方はきっと色々な景色を見て、いろいろな考えに触れて、色々な経験をしている。だからこそ昔こうしていればと思うけれど、その五年があったから今のその思いに繋がるのだとすれば、昔への嘆きも、今を生きるための大事なステップになる。
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