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カランカラン
「いらっしゃいませ。」
「いらっしゃいませ~。」
ここは悩めるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様はどこかくたびれた様子のサラリーマンです。服はボロボロ、顔も疲れ切っていて、お風呂にも入れていないのか少し臭います。
「こんにちは。こちらのお席へどうぞ~。」
「あぁ...すみません。あの、何でもいいので紅茶を一杯下さい。飲んだらすぐに帰りますからちょっと急いでもらうこと出来ますか?」
「お急ぎなんですね。薔薇紳士さん、出来ます?」
「善処します。」
男性はせかせかとイスに座ると、ほんの少し休憩します。紅茶を淹れている間、いちごは男性に話しかけます。
「お兄さん、お仕事が忙しいんですか?」
「お、お兄さんと呼ばれるような年じゃないよ...。もう30になるし。俺は片桐五郎と言います。仕事はめちゃめちゃ忙しいよ。おかげで家にも帰れないよ...家族もいるのに。」
「五郎さんお子さんいるんですか?」
「いるよ。まだ小さくてかわいい盛りだよ。それなのに仕事が忙しくて会えもしない。」
五郎はそう言うとはぁっと大きなため息をつきます。
「ここに来たのも、ちょっと一息飲み物くらい飲まないと仕事にならないと思ったからで...。それでもゆっくり休憩していく暇もない。」
「大変なんですね...。」
いちごが同情の言葉をかけた時、ふわっといい匂いがしてきました。しかしその匂いをいつも嗅いでいるいちごはほんの少し違和感を覚えました。
「片桐様、こちら大急ぎで淹れさせていただきました、紅茶です。」
「すみません、ありがとうございます。」
五郎は淹れたばかりの紅茶を味わうことなくグイッと飲みました。熱いので一気に飲み干すことは出来なかったものの、のどが渇いた時に飲むジュースのようです。
「五郎様、差し出がましいようですが一言だけよろしいですか?」
「え?なんですか?」
「今しがた私が淹れたばかりの紅茶、普段よりも時間をかけずに淹れたものですから風味も香りも普段よりも劣ります。目の前の問題にばかり目が行って紅茶の本当に大事なものが欠けてしまっているのです。片桐様、一瞬で構いません。目を閉じるとまぶたの裏側が見えます。そこにうつっている本当に大事なものは何ですか?」
薔薇紳士の言葉を黙って聞いていた五郎は、紅茶に写る自分の疲れ切った顔を見ました。そしてゆっくり目を閉じて、またゆっくりを開けました。
「店主さん...確かにアンタの紅茶イマイチだったわ。」
「えぇ、大変失礼しました。」
「でも...もっといいこと思い出させてくれた。ありがとな。俺今日はなんとしてでも家に帰るよ。妻と娘に会いたいんだ。」
「そうですか。」
「それがいいですよ、五郎さん!娘さん大きくなったとき、パパ全然家にいなかったって言われちゃいますよ。」
「はは、それは困るな。」
誰だって、本当に大切なもののために頑張っています。でもそれが、本当に大事なものとの繋がりを切ってしまわないですか?大事なものを見落としていっていませんか?たまには目を閉じて、まぶたの裏側も見てみて下さい。
「いらっしゃいませ。」
「いらっしゃいませ~。」
ここは悩めるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様はどこかくたびれた様子のサラリーマンです。服はボロボロ、顔も疲れ切っていて、お風呂にも入れていないのか少し臭います。
「こんにちは。こちらのお席へどうぞ~。」
「あぁ...すみません。あの、何でもいいので紅茶を一杯下さい。飲んだらすぐに帰りますからちょっと急いでもらうこと出来ますか?」
「お急ぎなんですね。薔薇紳士さん、出来ます?」
「善処します。」
男性はせかせかとイスに座ると、ほんの少し休憩します。紅茶を淹れている間、いちごは男性に話しかけます。
「お兄さん、お仕事が忙しいんですか?」
「お、お兄さんと呼ばれるような年じゃないよ...。もう30になるし。俺は片桐五郎と言います。仕事はめちゃめちゃ忙しいよ。おかげで家にも帰れないよ...家族もいるのに。」
「五郎さんお子さんいるんですか?」
「いるよ。まだ小さくてかわいい盛りだよ。それなのに仕事が忙しくて会えもしない。」
五郎はそう言うとはぁっと大きなため息をつきます。
「ここに来たのも、ちょっと一息飲み物くらい飲まないと仕事にならないと思ったからで...。それでもゆっくり休憩していく暇もない。」
「大変なんですね...。」
いちごが同情の言葉をかけた時、ふわっといい匂いがしてきました。しかしその匂いをいつも嗅いでいるいちごはほんの少し違和感を覚えました。
「片桐様、こちら大急ぎで淹れさせていただきました、紅茶です。」
「すみません、ありがとうございます。」
五郎は淹れたばかりの紅茶を味わうことなくグイッと飲みました。熱いので一気に飲み干すことは出来なかったものの、のどが渇いた時に飲むジュースのようです。
「五郎様、差し出がましいようですが一言だけよろしいですか?」
「え?なんですか?」
「今しがた私が淹れたばかりの紅茶、普段よりも時間をかけずに淹れたものですから風味も香りも普段よりも劣ります。目の前の問題にばかり目が行って紅茶の本当に大事なものが欠けてしまっているのです。片桐様、一瞬で構いません。目を閉じるとまぶたの裏側が見えます。そこにうつっている本当に大事なものは何ですか?」
薔薇紳士の言葉を黙って聞いていた五郎は、紅茶に写る自分の疲れ切った顔を見ました。そしてゆっくり目を閉じて、またゆっくりを開けました。
「店主さん...確かにアンタの紅茶イマイチだったわ。」
「えぇ、大変失礼しました。」
「でも...もっといいこと思い出させてくれた。ありがとな。俺今日はなんとしてでも家に帰るよ。妻と娘に会いたいんだ。」
「そうですか。」
「それがいいですよ、五郎さん!娘さん大きくなったとき、パパ全然家にいなかったって言われちゃいますよ。」
「はは、それは困るな。」
誰だって、本当に大切なもののために頑張っています。でもそれが、本当に大事なものとの繋がりを切ってしまわないですか?大事なものを見落としていっていませんか?たまには目を閉じて、まぶたの裏側も見てみて下さい。
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