薔薇紳士の興じ事

口づけみたいな

　カランカラン

　「いらっしゃいませ。」

「いらっしゃいませ～。」

　ここは悩めるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様はこのお店の常連、恋バナをするために来店する木下杏です。しかし、普段なら聞いて聞いてと言わんばかりに興奮した様子か、慰めて欲しいと言わんばかりの落ち込んだ様子で来店する杏が、今日はどこかおかしいです。

「杏ちゃん、今日はどうしたの？何があったの？」

「あ、あのあのあのあの、き、聞いてほしいというか聞かないで欲しいというか、あれ、私何でここに？」

「杏ちゃん！？本当にどうしたの！？」

まるで壊れたロボットの様に挙動不審な杏の様子に、いちごは肩をガシッと掴んでがくがくと揺らします。効果はあったのか、がくがくと揺らされてすぐ杏は少し落ち着いたようでした。

「取り乱しました...。」

「それで？何があったの？壊れるくらいショックなこと？」

「う、ううん！むしろ逆と言うか...。」

「逆ってことは...もしかしてついにお付き合いを！？」

一瞬でボルテージの上がったいちごは、大きな声で杏に詰め寄ります。

「いちごくん、プライベートな内容にしてはさすがに声が大きすぎます。」

「あ、すみません。」

いちごは薔薇紳士に謝ると、改めて杏に向き直ります。

「それで？何があったの？」

「実は、その...昨日ね、一緒にイルミネーションを見に行ったの。」

「そこで告白！？」

「違うの。イルミネーション見て、綺麗だねって笑って彼の方を向いたら」

「キッス！？」

「...うん。」

「え。」

まさか本当にキスだと思ってなかったいちごは一瞬固まります。そして次の瞬間、「キャ――！」とピンクな悲鳴を上げました。

「嘘！？付き合ってもないのにキスされたの！？」

「付き合ってもないのにキスされたの！」

「イルミネーション見ながら笑った時にキスされたの！？」

「イルミネーション見ながら笑った時にキスされたの！」

「実質告白じゃん！」

「実質告白なの！」

ピンクの空間でどんどん声が高まっていく二人に、薔薇紳士は少し咳ばらいをします。その音を聞いた途端、2人は恥ずかしそうにボルテージを下げていきました。

「それで？どうだったの。」

「何か！あの、えっと、口づけみたいなキスだったよ！」

「フゥー！いいねいいね！」

「でもね、ほら、付き合ってるわけじゃないし、彼その後すごく謝ってきて。」

「おぉ！何かそれも誠実そう！」

「でも私全然嫌じゃないし、もうパニック！」

「うんうん初々しいね！」

「とにかく今は頭がパニックなの。」

「ではこちらの紅茶でクールダウンしますか。」

2人が話している間紅茶を淹れていた薔薇紳士がすっと杏に紅茶を差し出しました。

「あっ、ありがとうございます...。ふぅ...、やっぱりこの紅茶が一番落ち着きます。」

「それは良かった。」

この後落ち着きを取り戻した杏は、彼の携帯に「またどこか行こうね」とメールを送ったそうです。