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あの時の私に少しの勇気
しおりを挟むカランカラン
「いらっしゃいませ。」
「いらっしゃいませ~。」
ここは悩みを抱えるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様は裏い顔をした中学生くらいの女子生徒です。
「いらっしゃいませ、こちらの席へどうぞ。」
「ありがとうございます...。あの、何か落ち着く紅茶とかありますか...?」
「ありますよ~。ね、薔薇紳士さん?」
「はい。少々お待ちください。」
女子生徒は薔薇紳士の言葉に「お願いします」と頭を下げるといちごに促されるままにカウンター席に座りました。腰を下ろしてもどこか緊張しているのか、ずっと暗い顔のままです。
「あの、何かあったんですか?すごく暗い顔をしてますけど。」
「え...あぁ、やっぱり顔に出てるんですね...。あの、今すごく悩んでることがあって。聞いてもらえませんか?」
「もちろんいいですよ。何があったんですか?」
いちごはニコッと笑うと、女子生徒の隣の席に座ります。仕事中に座っていますが、それが女子生徒が話しやすいように環境を作っただけだと分かっている薔薇紳士は特に咎めることもしません。
「私...丸ノ内千聖って言います。私のクラスでいじめがありまして。...っていうのも、ずっと前から起こってたらしいんですけど、ずっと水面下で気づけなくて。でも今日初めてちょっと公になって。チャンスだったと思うんです。ずっと水面下だったものが公になって、助けを求めて、手を差し伸べるチャンス。でも私...何も出来なくて...!」
千聖はそう言うと声を震わせ、拳を固く握りました。
「あの時の私に少しでも勇気があれば勇敢な人間になれてたのかな...!」
「千聖ちゃん...。」
自分のふがいなさに心底悔しがる千聖の背中はとても小さく見えました。そんな時、ふわっと良い紅茶の香りが漂ってきました。
「丸ノ内様、こちら淹れたての紅茶です。落ち着きますよ。」
「あぁ...ありがとうございます。」
固く握っていた拳を解き、千聖は紅茶をゆっくりと飲みました。
「丸ノ内様、先ほどの話聞こえてしまいまして。一言よろしいですか?」
「え、はい...。」
「少しの勇気があれば勇敢になれるのは貴方だけではありません。みんなそうです。しかし、みんなその一歩を踏みださない。それは貴方と同じ理由でしょう。貴方は一歩を出せる本当の勇敢な人間になれますか?」
「私、は...。」
「丸ノ内様、勇気の出し方は1つではありませんよ、どんなに小さな一歩だって、間違いなく一歩は一歩です。」
薔薇紳士の言葉に千聖は少し考えて、そして顔を上げました。
「薔薇紳士さん、私、やっぱりその他大勢の誰かより、勇敢な1人になりたい。小さなことかもしれないけどまずは先生に相談します。」
「えぇ、正しいと思います。」
「表立って立ち向かうことだけが正義じゃないですもんね。」
「はい!薔薇紳士さん、店員さん、ありがとうございます。」
「頑張ってくださいね。」
ほんの少しの勇気があれば、誰だって勇敢な人間になれます。でも多くの人はそれが出来ない。だからこそほんの少しでいい、大きく変えようとしなくていい。自分に出来る小さな一歩を踏み出すことがその他大勢から勇敢な1人になる一歩です。
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