薔薇紳士の興じ事

世万江生紬

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雪は手のひらで溶けると

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 カランカラン

 「いらっしゃいませ。」

「いらっしゃいませ~。」

 ここは悩めるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様はどこか疲れた様子のお母さんと、何故かとっても不機嫌な4歳くらいの男の子です。

「こんにちは。こちらのお席へどうぞ~。」

「ありがとう...ほら勇太、座ろう。」

「い~や~だ~!」

勇太と呼ばれた男の子は駄々をこねる様に一歩も動きません。お母さんも慌てて勇太を諭しますが、勇太は一向に動こうとはしません。

「えーっと、お母さん?勇太くん何かあったんですか?」

「あぁ、その、雪を持ちたかったのに水になって持てなかったからご機嫌斜めなんです...。」

「あぁ...。」

お母さんが疲れた声で告げた理由に、いちごは同情してしまいます。

「それは...困りましたね。どうしましょう。」

「すみません、ご迷惑かけるわけにはいかないので連れて帰ります。」

「えっ、いえいえそんな...!」

いちごがどうしようかと考えあぐねているところに、薔薇紳士がスッと勇太の前にしゃがみ込みました。

「勇太くんは雪をもっと近くで見たかったんだね。これを手に乗せて、その上に雪を乗せてごらん?」

「これなに?」

「ふふ、それは雪を見ることが出来たら教えてあげるよ。」

「わかった!おかあさんいこ!」

「えっ!」

勇太はお母さんの手を引いてお店の外に出ました。そしてしばらくすると興奮したように店に戻ってきました。

「みえたよ!すごいね!キラキラ!」

「そうですか、良かったです。」

薔薇紳士は勇太の報告を優しく聞いてあげます。勇太の後ろをついて来たお母さんは薔薇紳士に頭を下げます。

「あの、ありがとうございました。」

「いいえ、雪は手のひらで溶けると水になります。でもちょっとした工夫をするだけで子どもの興味を掻き立てて感覚も育っていくんですから、お疲れなお母さんには難しくても、お手伝いするくらいはしますよ。」

「ありがとうございます...!」

「せっかくですから紅茶も飲んで行って下さい。さっき淹れたばかりですよ。」

薔薇紳士はそう言うとカウンターに戻ります。いちごはそんな薔薇紳士を追いかけて、こそっと聞きます。

「薔薇紳士さん、結局勇太くんに渡したあの黒いのは何だったんですか?」

「あぁ、あれは海苔ですよ。黒いものなら何でも雪の形を見ることが出来ますから何でもよかったんですけど、手元に海苔があったので。」

「はぁ...聞いてみると拍子抜けですけど、本当に工夫1つで子どもの願いって叶えてあげられちゃうんですね。」

「ふふ、そしてそれは母親出なくても出来ますから。助けてあげられる人が助けてあげればいいんですよ。」


 この後紅茶を飲んで勇太は眠ってしまったので結局お母さんが抱っこして連れて帰ることになりましたが、それでもお母さんの心は少し晴れ、愛おしそうに帰っていきました。
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