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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】

【第三十一章】 三戦必勝③ vs漆黒の魔剣士エスクロ

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 ~another point of view~


 他の二部屋と同じく横並びに存在するにはどう考えてもに無理がある広さのある空間で二人は向かい合っていた。
 一人は長い銀髪を携え、四肢と胴に同じく銀色の鎧を纏った容姿端麗な少女だ。
 名はセミリア・クルイード。
 世界に【聖剣のシルバーブレイブ】という二つ名を轟かせる現代の女勇者である。
 対するは全身を黒一色の甲冑で包み、その表情すら外からは見えない面妖な風貌をした男。
 名をエスクロといい、漆黒の魔剣士と呼ばれる魔王軍の大幹部である。
 魔王軍において、長たる魔王を除けば最上位に位置される四天王の一人に数えられるトップクラスの精鋭であった。
 別の部屋に待機する幹部ギアンやハヤブサがこの四天王に含まれていないという事実は今この空間においてはエスクロ本人以外が知る由はない。
 セミリアの少し後方にいるみのりを含め、それぞれが張り詰めた空気を漂わせているが武器を構えて臨戦態勢を取っているのはセミリア一人だった。
 元々武器を持たず、加えて安全な位置にいるよう指示を受けているみのりは除外してもエスクロが剣を構えない理由はない。
 その余裕ぶった態度や軽薄な言動がセミリアを一層不快にさせる。本人にそのつもりはなくとも挑発と受け取るのも無理はなかった。
「なぜ剣を抜かぬ。貴様の望み通り、私が相手をしてやろうというのだぞ」
 セミリアは絶えず殺気の籠った鋭い目を離さないでいる。
 しかしエスクロは両手を広げ、天を仰ぎながらやれやれと首を振るだけだ。
「せっかちな奴だ、一体俺が何を望んだってンだ? ええ?」
 その緊張感の無い態度、口振りにセミリアは抑えていた感情に押さえが効かなくなりつつあることを自覚する。
 今にも斬り掛かってしまいそうになるほどに感情が高ぶるのは、エスクロが国王や仲間に手を出すことを許してしまった後悔によるところが大きかった。
「貴様が一騎打ちを望んだからこういう状況にあるものだとばかり思っていたが? それとも、貴様にはそんな勇気などありはしなかったか?」
「はっ、安い挑発だな聖剣。だがまあ、概ね間違ってもいねえ。てめえのせいで予定は狂いっぱなしだが、それもここで元通りにしてやるさ」
「予定だと? 王を捕らえたことを言っているのか」
「王も、お前達もだよ。しばらくは大人しくしてもらうつもりだったンだ、それを揃いも揃って……こうも手間を掛けさせられちゃ面子も何もねえってもンだ。そう思うだろう?」
「貴様等の予定など知ったことではない。もっと言えば貴様はここで私に倒されるのだ、面子など気にする必要もない」
「はっはー、言うねえ。何がそうまでしてお前を戦いにいざなう。勝てもしねえ戦いに、何を求めて挑み続ける」
「知れたこと、この国の未来と平和のためだ」
 眼光が一層鋭くなり、剣を握る両手にもより力が増していくが、やはりエスクロに戦闘態勢を取る様子はなく、大袈裟に両腕を広げて再び天を見上げるだけだ。
 直後に聞こえてきた奇妙な声の正体は、笑い声だった。
「クックック……クックックックック」
 この場に似つかわしくない言動にとうとうセミリアの表情が訝しげに歪む。
 頭の片隅には時間稼ぎでもしようとしているのではないかという疑念が生まれ始めていた。
「……何がおかしい」
「この国のために……ねえ。いやはや、小せえなぁ」
「なんだと?」
「小せえ……小せえよ、小せえぜ聖剣よぉぉ!」
「………………」
 突如変貌した様に声を荒げる姿にセミリアは言葉を失う。
 だがエスクロは気にも留めず、甲冑に覆われた体を大きく広げ感情の赴くまま叫ぶ様に一方的な言葉を続けた。
「俺に勝てるかどうか、シェルムを倒せるかどうか、そんなちっぽけなことにいつまで拘ってやがる! そんなつまらねえことにいつまで苦労してやがる! なぜもっと広い視野を持てねえ? どうしてもっと大きなものを見ようとしねえ? それがお前の器か? ああ! 聖剣よ!」
「何が……言いたい」
「あと少しだ……あと少しでやってくる。この世界全てを巻き込む嵐が、うねりをあげてやってくるンだ! その嵐が、戦乱が、新たな時代を作り出し、生き残った者だけが次の時代に進む。分かるかおい? 生き残りを賭けたバトルロイヤルが始まるンだ。そして俺達は常にその中心にいる。だから、俺が試してやろう……お前に新たな時代へ進む資格があるかどうかを!!」
 そこでようやくエスクロは背中から剣を抜いた。
 刀身から柄まで全てが黒い、細身の剣だ。
「見慣れぬ剣だな。それが貴様の真の武器というわけか?」
「ご想像にお任せするさ。さあ、お喋りは終わりだ。に眠るか、先に進むか……見せてみな、お前の答えってもンを」
 その言葉が途切れた瞬間、二人は同時に地面を蹴った。
 神速と謳われるセミリア、そしてそのセミリアと互角のスピードを持つエスクロは幾度となく剣と剣をぶつけ合い、凄まじい速さで攻防を繰り広げる。
 端で見ているみのりには二人の動きを目で追うのが精一杯だ。
 もはやどんな攻防が繰り広げられているのかもほとんど分からず、響き渡る金属音を数えることしか出来ていない。
 比較的動体視力の良いみのりがそんな状態になる程に二人の動きは常識外れのものだった。
 決して広大とは言えない空間の中を、一瞬にして右に左に上に下にと移動しながら金属同士を叩き付け合う音が十回二十回と絶えず響き続ける。
 やがて距離を置いて、着地する様に地面に降り立った二人はそこでようやく動きを止めた。
「ふっふっふ……なかなかどうして、動きの早さだけじゃねえようだ。想像以上だぜ、聖剣よ」
 甲冑で覆われた表情がどのようになっているのかは誰に判断出来ることもなかったが、その口調や声色はまるで楽しんでいるとさえ思えるものだった。
 対して、セミリアの表情に余裕はない。
 一つ大きく息を吐き再び剣を構える姿に大きな変化はなかったものの、左肩と右こめかみ辺りからは薄っすらと血が流れていた。
「セミリアさん!」
 見かねたみのりが思わず叫ぶ。
 今にも駆け寄って来そうなみのりをセミリアは視線や体をエスクロへ向けたまま片手で制した。
「案ずるな、私は平気だ。ミノリは自分のことだけを考えておいてくれればよい」
 セミリアは静かに息を整え、考える。
 戦闘技術で劣っているとは思わない。
 しかし同じ手数と精度の攻撃を繰り出し合っても、あの全身を包む甲冑がダメージを与えることを困難にしている。
 その差が今傷を負った自分と無傷のエスクロの差……ならば小競り合いを続けても活路は見出せない可能性が高い。
 それどころか徐々にこちらの傷は増え、体力も奪われていくだろう。それでは差が開く一方となってしまう。
 ならば……。
「打開策でも見つかったかい?」
 意を決した表情に変わったセミリアに気付いたエスクロがからかうような口調で問い掛ける。
 エスクロもまた、自らの優位性を理解しているがゆえに余裕ぶった態度に変化はない。
「ああ、今まさに……決意が出来た」
「決意だあ?」
「ここでお前を倒し、その後シェルムも倒してしまおうという考えがそもそも甘かったらしい。お前一人を倒すことに命を懸けねば先などないようだ、ならば相応の覚悟で挑むだけのこと」
「そりゃ慧眼なことだ、ついでに倒せるほど俺ぁ甘かねえってことにようやくお気付きとは。だが、それが分かったところで実力差が埋まるわけでもねえぜ」
「言っただろう、その差は覚悟が埋めると。ここで貴様に勝てぬならどのみちシェルムを倒すことなど出来まい……ならばせめて貴様だけでも冥府に連れ添ってもらう、それが私が仲間の為に出来ることだ」
「ほう、ここで死んでも構わねえと」
「貴様を倒せば扉が開く、先程のオーブも手に入れられる。私が共に倒れたとしても仲間は先に進むことが出来る。何ら憂いはない」
「お前抜きでシェルムを倒せるとは思えないがねえ。それより何より、他の部屋の連中が無事生きているかどうかも定かではないわけだが」
「私が心配していない、それで十分だ。私の仲間は貴様が思っているほど脆くはない」
「そうかい、ならば今この時の戦いを楽しむことにしよう」
 そこでエスクロは再び剣を構えた、その時。
 みのりが二人の居る方向へと一歩足を踏み出した。
 二人に近付こうと歩き出す一歩目の足が地面に着いた瞬間、みのりに目もくれていないはずのエスクロは腕だけを動かし、みのりに剣の先を向ける。
「戦うことも出来ねえ小娘に用はねえ。死にたくなければそれ以上足を進めるんじゃねえぜ? 一歩でも近付いてくれば殺す」
「ミノリ、下がっていてくれ! 私なら心配は要らぬと言ったはずだ」
「セミリアさん……怪我してるじゃないですか。わたしも……セミリアさんと一緒に戦います。見てるだけじゃ意味が無いんです」
 震える声を返しながらも、みのりは次の足を踏み出せない。
 恐怖はある。
 だがそれでも、ただ見ているだけの方が何倍も辛かった。
 何も出来ない自分の代わりに誰かが傷付くことに耐えられなかった。
「ミノリ……気持ちは嬉しい。だが、お主にはお主の役目があるのだ。こうなっては私も無事にこの部屋を出られるかは分からん。何があってもこの男はここで仕留めるが……最悪の場合はお主がオーブを皆の元に届けてくれ」
「そんな……それじゃセミリアさんが……」
「心配は不要だ。何度も言ったろう? 私は……魔王以外に負けたことはない」
 赤い血が伝う顔でみのりに優しく微笑み、セミリアは再びエスクロの方へと視線を戻した。
 仲間の存在が、ここにきて一層胸に抱く覚悟に全てを託す決断を後押しする。
「さあ、最後の時だ。勿論……貴様のな」
「誰のかはさて置いても、長々ヤり合うのも時間が勿体ねえ。次の一撃をどっちがブチ込むか、ブチ込んだ後にどっちが立っているか……そんな勝負も面白れえ」
「受け継いできたこの勇者の剣が貴様等の……いや、貴様の野望を討つ」
「自慢の黒刀で受けて立ってやろう」
 しばし無言で向き合い、二人はまたしても合図なく同時に地を蹴ると高速で移動を続けながら剣をぶつけあった。
 キィン、という甲高い金属音が四方八方から幾度となく響く。
 その音が十を数えるよりも先に、その時は訪れた。
 同時に後ろに飛び退いた二人が一気に距離を詰めるようと互いに向かって突進していく。
 繰り出す攻撃は両者共に乾坤一擲の突きだ。
 剣術による斬撃では勝機無しと見たセミリアは渾身の突きを放つタイミングを計っていた。
 それを察知した上で敢えて同じ方法での勝負に乗ったエスクロも同じく突きを放つ。
 まさにどちらの攻撃が先に致命傷を与えるか、そんな攻防だった。
 二人の距離が一気に縮まる。
 同時に剣を持った手が伸びきり、切っ先が相手の胴へと真っ直ぐに迫った。
 だが、本来の二人の力にスピードによる勢いが加わり、両者共に鉄製の鎧など貫いてしまうだけの威力を持った突きは僅かにエスクロの剣が早い。
 微かに上回る身体能力と腕の長さがその差を生んだのだ。
 しかしそれでも、セミリアは引くことも防御に転じることもしなかった。
 例え心臓を貫かれても、同じく相手の心臓を貫くことが出来ればそれでいいと思う気持ちに一切の迷いはない。
 もはや相手の剣がどこにあろうと目で追うこともせず、ただ自らの放つ突きの照準だけに全てを集中していた。
 それは今まさにエスクロの突きがセミリアの胸に届こうとした瞬間だった。
「なっ!?」
 突如、黒刀が弾かれたように向きを変える。
 不意の出来事に何が起きたのかを把握出来ないエスクロが咄嗟に衝撃を受けた方向に目を向けると、そこには離れた位置からこちらに拳を向ける少女の姿があった。
 黒刀を弾いた物の正体。
 それはみのりの拳が繰り出した衝撃破だった。
 二人が再び戦闘を始める中、みのりはなんとかセミリアの手助けが出来ないかと考え二人に近付こうとしたが、ぎりぎり思い留まる。
 この状況であのエスクロという男が自分に何かをしてくるとは思えない。
 だが、今あそこに割って入ったところで自分がセミリアの助けになることが出来るだろうかと考えると、むしろ邪魔をしてしまう可能性の方が高いのではないかと思ったからだ。
 武術の経験があるおかげか、二人の動きにも目が追い着いてきた。
 そして、恐らくエスクロは両手に装着したグローブのことを知らない。
 ならば―
 きたるべきタイミングで不意を突いた一撃を放つ。
 それが唯一にして最も効果的にセミリアを手助け出来る方法であるはず。
 そう思い至り、静かに目を凝らすことを決意する。
 そのタイミングとは即ち、勝負を決する一撃を放つタイミング。
 それは自らが培ってきた武術の経験が自然と理解させていた。
 日が暮れるまで訓練した昨日の感覚を思い出しながら、ただその時のために、みのりは全神経を集中して息を潜めていたのだ。
「小娘がっ……」
 攻撃を弾かれたエスクロは反射的に声を上げる。
 否。エスクロにはそれ以外に出来ることはなかった。
 すでに誰かを責めることも、悔やむことも、嘆くことも許されず、ましてや再び攻撃を繰り出すことはおろか防御する時間さえもエスクロには残っていない。
 何故なら間髪入れずにセミリアの突きがその身を貫いたからだ。
 どうにか身を捻り致命傷を避けるべく体勢を反らそうとしたがそれも間に合わず、甲冑を貫いた太い剣が身体の中心を貫通する。
「ぐ……がはっ……」
 根本まで突き刺さった剣をセミリアが引き抜くとエスクロは吐血し、よろめきながら緩やかに後退していく。
 傷口を手で抑えてはいるが、甲冑の下からは止め処なく血が溢れ出していた。
「力一つで言えば……貴様の方が上だったのだろう。だが、共倒れを覚悟して臨んだ私がこうして立っているのは偏に仲間のおかげだ。それが勝敗を分けた、それが私と貴様の差だった」
 立っていることもままならず、膝を突いたエスクロをセミリアが見下ろしている。
 みのりの横槍を予期していたわけではない。
 結果論としてのそんな言葉は、それを自覚してなおセミリアにとっての掛け替えのない事実だった。
 一人で勝てぬなら仲間を作ればよい。
 それは、かつて恩人に言われた言葉だ。
 セミリアはその言葉の意味を、心強さを今誰よりも感じている。
 仲間のおかげで命を拾い、仲間の力で強敵に勝利した。
 その事実がより一層セミリアに力と勇気を与える。
「ク……ククク……まさか俺が……こんなモンのために負けることになるとは……なぁ」
 エスクロは震える手でオーブを取り出した。
 だがそれをどうすることもなく、剣を支えにすることでどうにか倒れずにいた体も限界を迎え、力尽きるように地面に倒れるとそのまま手を離れたオーブが地面を転がる。
「先に進めよ……聖剣…………精々くたばるンじゃねえぜ……新時代が……お前を待って……いる……ぜ」
 それがエスクロの発した最後の言葉であり、最後の行動だった。
 ガクリと首や腕から力が抜け、一切の動きを失う。 
 その姿を確認し、セミリアはオーブを拾い上げてみのりの元へ向かおうとしたものの、既にみのりが駆け寄ってきていた。
「セミリアさんっ」
 まるで抱きつく様に、みのりはセミリアに飛び付いた。
 その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「ミノリ……礼を言う。お主のおかげでなんとか無事で済んだ」
「でも……セミリアさんは怪我してて、わたしはいつも役立たずで……どうにかしなきゃって……」
「私は大丈夫だ、大したダメージは負っていない。それに、役立たずなどではないさ。お主や他のみんなが居てくれたおかげで私は今こうしてここにいるのだ。ミノリにもとても感謝しているのだぞ?」
「う、うぅ……ぐすっ……セミリアさん……」
「こらこら、泣くなミノリ。まだ闘いは終わっていないのだ。見てみろ、鍵が開いたようだぞ。二つ同時に開いたところをみると私達が一番最後だったようだが、それが皆も無事であることを証明している。さあ、みんなの所へ戻ろう」
 優しく微笑みかけるセミリアに、涙を拭ってみのりは頷いた。
 この旅の、この挑戦で一番の強敵を倒してのけた二人は肩を並べて出口へ向かう。
 試練を乗り越え、出口となる扉がこの先に待ち受ける最後の闘いへの入り口に変わったことを理解しながらも、どこか心強さや勇気が増したことを感じながら、鍵の掛かっていない扉を再び開いた。
 
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