異世界で水の大精霊やってます。 湖に転移した俺の働かない辺境開拓

穂高稲穂

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2巻

2-3

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「さあ、上がってください」

 ここでも驚きっぱなしのアルニス聖教の人たちを、俺はすぐに応接間に案内する。

「どうぞ座ってください」

 ソファを勧めると、ドーナンがおそるおそる座った。
 護衛の騎士の二人はドーナンの後ろに控えて立つ。
 俺は改めて卵を抱えて向かい側に座った。

「それじゃあ改めて……ここに来た用件を聞かせて」
「は、はい! この度、魔王が復活する恐れがあるということで、我がアルニス聖教はユウキ殿の要請に従い、勇者選定の儀式を行いました。その結果、神託により五人の勇者が選定されました!」
「……わざわざそれだけを報告に来たわけじゃないでしょう? まさか、このサンヴィレッジオに勇者がいるの?」
「は、はい……そのまさかでございます……」
「このサンヴィレッジオはほとんどがダークエルフで、次にドワーフ、ラミアなどが住んでいる。人間は極わずかしかいない。そんな中に勇者が?」

 俺としてはなかなか疑わしい話だ。

「そ、その……勇者になるのは人間だけではございません……エルフやドワーフ、獣人も勇者となる可能性がございます……」
「なるほど……それなら、このサンヴィレッジオに勇者がいるってのもあり得る話なのか」
「は、はい……」

 ドーナンは俺の前で萎縮いしゅくしていた。

「その勇者とは?」
「神託によれば、大精霊と契約を交わし、精霊剣を扱う子供がここにいるとのことでした。詳細な名前などは出ていないのですが……その特徴を持った者はここにいますか?」

 今度は俺が驚愕する番だった。
 このサンヴィレッジオに、今の神託に一致するのは一人しかいない……俺の契約者のヨナだ。
 まさかヨナが勇者に選ばれるとは……頭を抱えるしかない。
 正直、この村の人々を巻き込みたくないと思っていただけに、神託を下した神とやらにいきどおりが芽生える。
 俺はドーナンに確認する。

「で、その神託で選ばれた勇者はこの後どうするの?」
「わ、我々のところで、きたる大戦の時まで修行をしてもらいます……」
「俺の契約者を連れていくと言うんだね?」

 鋭くなった俺の気配を察して、ドーナンたちは顔面蒼白になった。
 だが、ドーナンとしてもここで引き下がるわけにはいかないようで、強い眼差しで見つめ返す。
 するとそこで、別室で遊んでいたヨナとルトが慌てて応接間にやって来た。
 二人はおそるおそる俺に駆け寄る。
 どうやら俺の怖い雰囲気が、ヨナたちにも伝わってしまっていたようだ。

「ど、どうしたの?」

 少しビクビクしながらヨナが聞いてくる。

「驚かせてごめんね。まだ大事な話をしてるから、別のところで遊んでてね」

 心を落ち着かせて、ヨナとルトを優しく撫でた。
 ホッとした二人は、俺が言う通りに応接間から出ていく。

「神託によって選ばれた勇者は絶対なの?」
「……はい。結果が覆ることはありません……そして、神により加護が与えられ、魔王に対抗する神聖な力を得るのです。その証として神紋しんもんが現れるはずです……」

 ヨナにその神紋があるはずだと言いたげな様子だ。
 俺は一旦席を外して、ヨナとルトがいる部屋に向かう。

「ナギ様! お話はもう終わったの?」

 ヨナが無邪気に尋ねてきた。

「もう少しかかるかなぁ。ヨナにちょっと確認したいことがあるんだけどいいかな」
「うん! いいよ!」

 快く受けてくれるヨナ。

「それじゃあ服を脱いで」
「え!? う、うん……」

 俺の要望に驚き、戸惑いつつも服を脱ぐヨナ。シャツを脱いで上半身が裸になる。
 あぁ……これのことか。
 ドーナンが言う通り、ヨナの左胸に神紋は確かにあった。水のような丸い紋様だった。
 そして、ズボンに手をかけるヨナを俺は止めた。

「あ、ズボンはもういいよ。確認できたから」
「う、うんわかった」
「お兄ちゃん、それなに?」

 ルトはナギの胸にある神紋を指さす。

「えぇ~っと……」

 ヨナ自身もいつできたものか、何かをよく理解していないようで口ごもっている。

「あとでちゃんと説明するから待っててね」

 俺はヨナたちにそう言い聞かせて応接間に戻った。

「うん!」
「はーい!」

 戻ってきた俺を、ドーナンは期待と恐れの混じった目で見た。
 俺は静かにソファに座りながら結果を伝える。

「……確かにあったよ。こんな感じの紋様が左胸にね」

 手のひらの上に水玉が浮かび上がり、ヨナの左胸に浮かび上がった神紋の形になる。
 それを見たドーナンが目を見開いた。

「み、水の神の神紋です! 水の勇者様です!」

 興奮気味に言っているのを見ながら、俺はため息を吐いた。
 水の神がヨナを勇者にしたのなら、もう認めるしかない。
 俺は湖の大精霊だ。水に連なるものとして水の神に逆らう訳にはいかない。
 だが、それはともかくアルニス聖教とやらにヨナを預けることに俺は不安を覚えていた。

「勇者だとわかったとして、すぐに連れて行くつもり?」
「できればそうさせていただけるとありがたいのですが……大戦までの猶予ゆうよは三年と伺いました。それまでに勇者様方には万全になっていただきたいのです……」
「万全……ねぇ」

 俺とドーナンの間に沈黙が流れる。
 その沈黙を俺が先に破った。

「わかった。連れて行くのは許そう。ただし、それは契約者が了承した場合だ。そのうえで、契約者が同意した後に三日の猶予がほしい。俺の契約者はこのサンヴィレッジオにとって大事な存在だ。皆としっかり挨拶してから送り出したい」
「承知いたしました」
「それから……説得は君たちがやってくれ。俺は見ているだけだ。それじゃあ勇者を連れてくるよ」

 俺は再び部屋を出て、ヨナとルトを応接間に連れて行った。
 同じ兄弟のルトには、ちゃんと聞いていてほしいと思ったからだ。
 ヨナたちが部屋に入ると、すかさずドーナンと護衛の騎士が跪いた。
 ヨナとルトはギョッとする。

「ヨナ、君にこの人たちから用があるみたいだよ」
「僕に?」

 俺がそう言うと、ヨナが首を傾げた。
 それからドーナンによってヨナは説明を受ける。
 説明が終わると、ヨナは開口一番――

「ぼ、僕が勇者ですか!?」

 そう言って目をパチパチさせた。

「はい。ヨナ様は水の神様に勇者と認められました。是非我々と来ていただきたいのですが……」

 ヨナは真っ先に俺の方を向いた。

「さっき見た左胸のあれが神紋ていう勇者の証みたいだよ。どうしたいかはヨナが決めるといい」
「僕が……」
「お兄ちゃん凄い! 勇者なの!?」

 ルトの純粋な眼差しがヨナに向けられる。
 ヨナは一拍置いてからドーナンに尋ねた。

「……勇者になったら僕の大事な人を皆守れますか?」
「はい、もちろんです。勇者様のお力は魔を払い、皆を守ることが出来ます」

 ドーナンの言葉を聞いてしばし考え込んだ後、ヨナは結論を出した。

「ナギ様、僕はここの皆を守るために勇者になります!」

 勇者になると決めたヨナの決意は固かった。
 語り継がれる勇者伝説の物語は有名な話で、勇敢ゆうかんに魔王と戦った勇者に一度は憧れる男の子も多い。ヨナもその中の一人だったのだろう。
 その勇者になったと聞いて、サンヴィレッジオの皆は驚いた。
 子どもたちはヨナを取り囲み、いろいろ質問攻めしている。
 みんな大興奮だ。
 当の本人は助けてほしそうにチラチラと俺やルトを見た。

「しょうがない。助けてあげようか」
「うん!」

 俺は、ルトと一緒にヨナのもとへ向かった。

『皆、ヨナが困ってるから落ち着いて』
「「「「「はーい!」」」」

 大勢の子供たちが俺の言葉に素直に従う。
 そんな子どもたちの中を縫うようにして、ヨナとルトの大親友のダークエルフ――ヘーリオが目の前まで来た。

「……」
「……」

 互いに無言が続く中、先に口を開いたのはへーリオだった。

「おめでとう、ヨナ! 大精霊ナギ様の契約者で、しかも勇者になるなんて! すごすぎるぞ!」
「ありがとう、へーリオ」

 素直に喜び、ヨナは微笑んだ。
 へーリオがヨナを応援している言葉ももちろん本心に違いないが、一方心の隅でヨナに嫉妬しっとしていることを俺は感じ取っていた。
 それでもヨナの親友でいてくれる。心優しい少年だ。
 そしてヨナが勇者に選ばれたことはサンヴィレッジオ中に広まり、夜には盛大な宴が行われた。
 勇者となったヨナを称えて、そして旅立ちを応援するように。
 そこで、一緒にいたドーナンが、声高らかに、ヨナが水の神によって加護を授かり水の勇者になったことを改めて宣言した。
 人間であるドーナンを気に入らないと感じているダークエルフやラミアたちさえ、このときばかりはドーナンの言葉に歓声を上げた。


 それから三日後、旅支度たびじたくを終えたヨナは俺の家の玄関前にいた。
 周りにはドーナンと護衛をする騎士たちがついている。
 俺とルトも玄関を出て、一緒に結界のところまで行った。

「ヨナ、約束を忘れるなよ」
「はい!」

 自分の力でどうにもならない時は俺を呼べと昨夜約束した。
 ヨナは俺の契約者だから、契約紋で俺を呼べる。
 どんなに離れていても、契約紋で繋がっている。
 俺の力はヨナの力でもあるということを話した。
 大精霊だからって呼ぶことを遠慮することは絶対しないように、と。

「ルトやサンヴィレッジオは俺に任せろ。無茶はするなよ。帰る場所があること、弟や俺たちのことを忘れずに頑張れよ」
「はいナギ様! 立派な勇者になって帰ってきます!」
「あ、それと、精霊剣の制御の練習は向こうでも怠るなよ。まだ七割の力しか引き出せてないんだから」

 七割でも他を圧倒する絶大な力があるが、精霊剣の全ての力を引き出せるようになれば、ヨナの戦闘力は飛躍的に高まり、魔王との戦いにも必ず役立つ。
 ヨナは、ガラスのように青く半透明な美しい剣を抱きしめて頷いた。
 続いて、ルトが応援の言葉を贈る。

「お兄ちゃん、頑張ってね」
「うん。ルトも元気でね。ナギ様の言うことをちゃんと聞くんだよ」

 ヨナはルトの頭を撫でた。

「ドーナン、ヨナを頼んだよ」
「はい! 我々にお任せください、大精霊ナギ様! では参りましょうか、勇者様」
「行ってきますナギ様、ルト……あ、へーリオ!」

 物陰に隠れていたへーリオが、ヨナとの別れ際に出てきた。
 彼も見送りに来ていたことは分かっていた。


「……絶対戻ってこいよ」
「うん!」

 ヨナは満面の笑みを浮かべて、大きく手を振りながら旅立った。
 徐々に姿が小さくなっていく。


 へーリオは、そんなヨナの背中を羨ましそうに見つめ、それからボソッと言った。

「……ナギ様」
「……ん?」
「俺、強くなりたいです。皆を守れるように……ヨナみたいに」

 その言葉は心からの本心だ。
 心の奥底で嫉妬しながらも、ヨナに憧れていた彼の本気だ。
 俺はへーリオの頭を撫でた。

「……分かった。だけど、準備に少し時間がほしい。いいかな?」
「はい! 強くなれるならいくらでも待ちます!」

 へーリオが元気に答える。彼の才能のために用意しないといけないものがある。


 ヨナを見送ってから三十日。
 最初の頃はヨナがいなくなって寂しそうにしていたルトも、次第に元気を取り戻していた。
 これはへーリオのおかげでもある。
 ルトを心配した彼が、兄代わりとなって何度も家に来てくれたのだ。
 ルトのもとに来る以上、俺と一緒に来ることになるわけだが、最初の頃のへーリオは、近くに俺がいることに慣れず緊張しっぱなしだった。
 慣れてきて、しょっちゅう顔を出すようになってからは、ヨナの代わりとして面倒を見てくれている。
 今では生活だけでなく、鍛錬も一緒にするようになっていた。
 一緒に精霊魔法や剣の練習をしている光景を、よく見るようになった。
 二人は今でも結構強いのだが、ルトからしたら兄のように、へーリオからしたら親友のように、強くなりたいと一生懸命だ。
 バラギウスはというと、毎日森で獲物を狩って日々成長していて、こちらも強くなっていた。
 ペットのスライムも、バラギウスの狩りを手伝っているようで、大抵の魔物はスライムのえさになっていた。頼もしい限りだ。


 それからさらにのんびり過ごすこと数日。
 ユウキが突然家にやってきた。
 もてなす間もないほど、緊迫した様子で入ってくるなり、頭を下げた。

「お主の力を貸してほしい! 頼む!」

 ただならぬ様子を見て、俺は率直に尋ねる。

「いったい何があったの?」
「封印されていた古の大怪物ヒュドラが魔族によって復活してしまったんじゃ……このヒュドラは破滅の猛毒を有していて、我々だけでは手に負えないのじゃ……既に武藤たちドラゴンにも救援要請をしておるが、お主の力を借りたくてな。どうか、再封印の手助けをしてほしい……」

 かなり切羽詰せっぱつまっているようだ。

「ヒュドラなら前に相手にしたことあるよ。結構厄介なモンスターだったね。竜人の里とルギナス王国の戦争でマシュリスが召喚した時の話だけど」
「おぉ、既に戦ったことがあったのか! それなら心強い! 頼む、助けてほしい!」
「まぁ、いいけど……スイコ、ちょっと出かけてくるからここを頼むね」

 スゥっと現れたスイコは頭を下げる。

『かしこまりました、お父様。行ってらっしゃいませ』

 スイコと話し終えた瞬間、ユウキの転移魔法で知らない場所に飛ばされた。
 周囲は瓦礫がれきの山と化していて、人間の死体もそこかしこにあった。
 グオオオオオオオオオオオ!
 遠く離れた先に大きく見える、九つの頭のモンスター。あれはまさしくヒュドラだ。
 だけど――

「何あれ……前に戦ったのと全然違うんだけど……でかくない?」

 竜人の里とルギナス王国の戦争で倒したヒュドラはざっと三十メートルくらいだった記憶がある。だが、今前方に見えているのは、優に五十メートルは超えた個体だった。
 姿も以前戦ったのとは見違えるように異なっていた。
 とにかく禍々しく、気配だけでかなりの圧迫感を感じる。
 数体のドラゴンが空を旋回し、禍々しいヒュドラにブレスを浴びせているが、当のヒュドラはものともしていない。相当耐久力が高いみたいだ。
 そのドラゴンの一頭――ほのかに黄金に輝く、青白い神聖な竜が俺のところに飛んできた。
 あれは――

『来たか、ナギ』

 予想通り武藤だった。
 俺は武藤に話しかける。

「あのヒュドラ強いね」
『あぁ、俺たちの攻撃でもびくともしない』
「神魔大戦を生き延びた正真正銘、古の怪物ということじゃ。頼む、全力であの化け物を抑えてくれ」

 ユウキの言葉を聞いて、俺は戦闘形態の水龍の姿になった。

「まぁやるだけやってみるか。本気でいいならそうさせてもらうよ」

 何故かこの姿だと力が増すというか、戦いやすいのだ。
 ヒュドラと対峙していた人間やドラゴンが、突如現れた水龍の姿に驚いている。
 確かにこのタイミングで出たら、敵と認識されるかも……

「皆の者、うろたえるな! 大精霊のナギが来てくれた!」

 ユウキが俺の考えを察してフォローしてくれた。
 拡声の魔法で全体に向かって俺の存在が伝わる。
 うおおおおおおおおおおおおお!
 人間たちが安堵と希望の雄叫びを上げる。

『皆離れて~』

 我ながら気の抜けた声でそう呼びかけた後、俺は口元に水を集めた。
 集積する水がどんどん大きな塊になっていき、やがて空を覆うほどの水の塊ができた。
 皆が慌てて逃げ出す。

『お前らも離れろ!』

 武藤がドラゴンたちに命令すると、それに従って彼らも空高く飛翔ひしょうしていく。
 空を覆いつくす膨大な水は形を変え、幾万の水の槍になった。
 その先端が、全てヒュドラを向く。

『くらえ』

 水の槍がヒュドラに降り注いだ。
 ドドドドドドドドド。
 砲弾がぶつかるような轟音ごうおんが連続で鳴り響く。
 けむりが巻き上がり、ヒュドラの姿が見えなくなるが、それからも水の槍が降り注いだ。
 数分後、全ての水の槍が打ち込まれ終わった。
 次第に煙が消え、姿が見えてくる。
 俺の攻撃で大ダメージを受けたと誰もが確信したが――

『まじか……』

 ヒュドラは無傷で、俺を睨みつけていた。
 ヒュドラの周りには、怪物を覆う半透明の球状の膜があった。

「な!? 障壁じゃと!?」
『あの攻撃を防ぎきる障壁とか……本当にバケモンだな』

 ユウキが驚愕し、武藤が苦笑いする。

『倒すつもりで攻撃したんだけど、無傷とはね。強いね~』
『つかアイツ、魔法使えたのか』

 俺と武藤でヒュドラの強さに舌を巻いた。
 俺が来るまでは力任せに暴れ、その肉体で全ての攻撃を受けきっていたようだ。
 それだけでも十分脅威なのだが、魔法も使えるとなるともう災厄さいやくといっても過言ではないだろう。
 グオオオオオオオオオオオ!
 ヒュドラが咆哮ほうこうする。
 空気が振動し、ビリビリと強烈な威圧感が伝わった。
 そして、ドシンドシンと地面を踏み鳴らして揺らしながら、瓦礫や死体を蹴り上げて俺のもとに向かってくる。

「ぬぅ!」

 ユウキが杖を掲げると、激雷がヒュドラに降る。
 轟音を響かせて雷が直撃し、全身から煙が立ち昇った。
 剥がれた漆黒の竜麟は、あっという間に再生する。

『あれだよ。アイツは並外れた耐久力と再生力がある』

 武藤が目を細めて言う。
 たしかにあの再生力があるなら、わざわざ魔法で防御する必要はないよな。
 前に戦ったヒュドラもそうだった。
 あの再生力はめんどくさい。その時は、精霊禁術せいれいきんじゅつちりも残さないくらいに消したんだけど……
 ヒュドラは俺たちの前に立ち、九つの頭で睨みつけてくる。
 そして、ゆっくりと口を開いた。
 九つの口の端からは黒煙が漏れ、禍々しい瘴気を漂わせながら、漆黒のブレスが吐き出された。
 ユウキは一瞬で転移して消え、武藤は高速でかわす。
 俺はそのブレスで、身を引き裂かれた。
 九つの黒いブレスは空を、地面を縦横無尽に理不尽に襲う。

『ナギ!』

 体が裂け分かれた俺を見て、武藤が心配そうに呼びかけた。

『大丈夫。っていうかあんな攻撃で俺は絶対に死なないよ』

 武藤が俺の言葉に安堵した。
 ヒュドラのブレスを受けた地面や瓦礫、死体などは腐食して灰色の煙が出ている。
 凄惨せいさんな状況だ。
 俺の身体が、徐々に水が集まって元通りになっていく。
 龍の姿に戻った俺は、空高く浮かび上がりヒュドラを見下ろした。
 ヒュドラは空を見上げて、俺を睨み返した。

『まずは動きを止めないとね』

 地面から無数の水縄が生み出され、魔法の障壁を突き破った。
 あっという間にヒュドラの手足、胴体、九つの頭を縛り拘束こうそくする。
 ヒュドラは激しく暴れ逃れようとするが、無駄だ。
 大精霊である俺が操る水はやわじゃない。
 グオオオオオオオオオオオオ!
 ヒュドラは全身から膨大な魔力を放出した。
 猛毒の性質が含まれているのか、その魔力で水縄がドス黒く汚染されていく。

『それ!』

 対抗するように、俺は拘束する水縄に癒やしの力を付与する。
 汚染された水縄は浄化されていき、ヒュドラをガッシリと再び拘束する。

「でかした、ナギ!」

 空中に浮かぶ俺のすぐそばにユウキが現れる。
 続けて四つの魔法陣が出現して、そこから四人の人影が現れる。

「皆よく集まってくれた」

 ユウキがその人たちに語りかける。
 いったい誰だ?

「ふむ、この怪物を再封印するんじゃな」

 幼い少年のような姿の男がユウキに確認した。
 外ハネの癖っ毛があるその少年は、俺の方に目を向ける。

「お主がユウキの言っていた水の大精霊か」
「ナギ、紹介する。そやつはヴィクールトという男じゃ」
「私はトリクス。よろしくねぇ~」

 臀部でんぶにまで伸びた長いロングヘアで、胸元を大胆に開いた魔女のような出で立ち、泣き黒子ぼくろが似合う美しい顔をした妖艶ようえんな女性が続いて名乗った。

『あ、あぁよろしく』

 突然の出現に戸惑いながら、そう挨拶を返す。

「君、ユウキから話は聞いてるよ! なかなか面白い子だってね!」

 いつの間にか、二十歳くらいの金髪のイケメンが真横から俺の瞳を覗き込む。
 ユウキが呆れた顔で説明した。

「気をつけろナギ。そやつはロエトーといって、お主のような稀少きしょうな存在を好む変態じゃ」
「変態とは心外だなぁ」

 ウェーブかかったブロンドヘアの貴族のような見た目で、王子様のようだった。
 その右肩に現われた、顔のない子猿のような生き物を可愛がって、恍惚こうこつとした表情を浮かべている。下手に近寄るのはやめておこう。
 最後に、大杖をたずさえた腰の曲がった小さな老女がしゃがれた声で言う。


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