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一日目
4 * 雨のグアムに響くうた
しおりを挟むタクシーに乗り、恋人岬からホテルへ戻ったものの、すぐに夕食に出る時間になった。初日の晩餐はシュラスコという、派手に焼いた肉をテーブルで切り分けてもらうあれである。
店はホテルから徒歩五分という近さだったので連れ立って歩いたのだが、実際にはそれ以上に距離があり、先頭を早足で歩く父の背中がどんどん遠ざかってしまった。もはや距離は他人のレベルまで開き、豆粒になった背中を見失わないようにしながら歩いて、ようやく店に到着したときには辺りも真っ暗だった。
さて、店内で我々は大きな壁にぶつかることになる。言葉の壁だ。
思えば空港に着いてから今まで、日本語が通じない場所はなかった。ホテルでも恋人岬の売店でもタクシーでも、日本語とほんの少しの英単語で会話が成り立った。だがこの店は違う。思いっきり英語だ。生活に根ざした英語は早口すぎて聞き取れない。授業で出てきたミスグリーンやケンやユミは、わたしたちのためにゆっくり話してくれていたのだ。
我が家は全員、英語が話せない。現役大学生のひばりと羽斗は、受験を終えてきれいさっぱり英単語を忘れた。母とつぐみは英語が耳を素通りし、父は強引に日本語を貫く。残ったわたしは、推測した日本語訳がとんだ見当外れという始末。つぐみの彼氏がなんとか聞き取ってくれるというありさまだった。日本に帰ったら英会話を学習しようと胸に誓う。
なんとかしてドリンクを注文し、肉に辿りつくことができた。次々とテーブルにやってくる肉たちは、豪快で、だけどきちんとおいしい。そのままでも塩味があり、たれをつけてもまた違う味を楽しめる。問題は目の前の肉がどの部位なのかさっぱりわからないことだが(英語がわからないので)、この際どうでもいい。肉は肉だ。
サラダ類はセルフサービスで食べ放題、肉も食べ放題というシステムだったので、腹が爆発する寸前まで食べた。旅行のためにダイエットをしていたが、そんなのはもう過去の話、グアムで摂取したカロリーはグアムに置いていけば日本に帰ったときにはゼロキロカロリーだろうというどこかの芸人的理論を盾にして、とにかく食べた。
店を出てからの、ホテルまでの長い道のりがありがたかった。体重は気にしないといいながらも、少しでも歩いて、少しでもお腹の中の肉を消化しなければならない理由があった。日本にはないハーゲンダッツの店舗に立ち寄り、アイスを食べるという、大切な使命があるのだ。無駄に上半身をねじりながら歩き、アイスを迎え入れる準備をする。
が、そんなとき、この季節ならではの突然の雨に降られてしまった。小雨が強くなり、歩くのも困難なほどになる。一同は小さな遊園地のような一角の、広い屋根の下へ逃げ込んだ。屋根は売店のような建物から広がっている。カウンターの中には怖そうな男の人が一人、立っていた。
弟や妹たちはいくつか置かれているベンチに腰かけたが、わたしは一人、不安になっていた。こういう「何もせずに屋根だけ借りる」的な状況が苦手なのだ。コンビニでトイレだけ借りることができず、ほしくもないペンを買って出てくることも少なくない。
あの男の人が突然「雨宿りだけしてんじゃねえ! 厚かましい!」とか怒鳴ってきたらどうしよう。ああ、でも英語で言われたらなんて言ってるかわからないかもしれない。だけど早口でまくしたてられたら怖いだろうな、早く雨やまないかな……。一人不安になっていると、
「Where are you from?」
と、その男の人に話しかけられた。
「じゃぱん!」「ふろむじゃぱん!」「とーきょー!」
妹たちが答えると、怖そうだった男の人は「いいねー」と思い切り日本語で言い、歌を歌い出した。
なんか聞いたことある、この曲。ちょっと懐かしい歌。あ、これたしか……。
思い出した。クマムシの「あったかいんだからぁ♪」だ。屈強な体で、例の振り付けまでこなしている。ギャップに思わず笑うと、調子づいた男性は続いて、穏やかなメロディの曲を歌いあげた。
その場にいた全員が何の曲かわからずきょとんとした。男性は「わからない?」と聞いたあと、吉田山田の「日々」という曲だと教えてくれた。田んぼの広がりが見えるような、優しい曲だった。
小雨になったグアムの街へ、「またあした~」という冗談で送り出されたわたしたちは、無事ハーゲンダッツの店まで辿りつくことができた。リゾート地らしい建物や木々を眺め、日本で食べられないココナッツのコーンをかじりながら、さっき聴いた、妙に日本らしくあたたかいメロディを思い出していた。これがグアムの思い出の曲になるのだとしたら、こんな変な話はない。
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