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二日目
8 * 擬態する蜂蜜
しおりを挟む再びホテルに戻ってきた。次の予定は買い物だ。体をたくさん使って遊んだあとは、お金をたくさん使って遊ぼうというわけか。財布の紐を締めるかわりにがま口を閉める。
それにしても、一日が長い。すでに三日分くらい遊んでいる気がする。時計を見るとまだ二時前だった。時空がゆがんでいる。
ロビーに集合し、バスに乗ってKマートという店に向かう。KマートのKがなんの略なのかが気になったので羽斗に聞くと、「コンビニじゃない?」と言われた。コンビニはCだ。
昔住んでいた家の近くに、Jマートというホームセンターがあった。名前が似ていたので、それくらいの規模の店なのかなと勝手に思っていたら、想像を遥かに超えるばかでかい店が現れ面食らった。
広い。商品を全部どかせばサッカーもできそうなくらい広い。ディスカウントストアなので、雰囲気はドンキホーテから派手さとペンギンを抜いてジェイソンの殺風景さを足しイケアのエッセンスを加えた感じだった。わかる人だけわかればいいです。
入り口付近の一角に、フードコートがあった。朝食も昼食も、中途半端にしか口にしていない一同は、全員一致でまず何か食べることに決める。近付いて気がついたのは、そこはフードコートではなく、イートインのあるピザ屋だということだった。
うーん、ピザか。
昨夜のシュラスコが、胃の中で「まだいますよ」と主張してくる。ピザをがっつり食べる気分ではなかった。だが、何かお腹に入れたい気分ではある。
みんな同じような気持ちだったのか、一人ずつなにかを頼むのではなく、ピザを一枚頼み七人で分けようということになった。
じゃあそうしよう、と決まったときには既に、フットワークの軽い父が一番シンプルな十ドルのピザを買いに行っていた。しかし、待っている間に不安がつのりはじめる。
「ピザ十ドルって、安すぎない?」
「周りの人が食べてるあれ、二十ドルのやつなんじゃ……」
「十ドルのピザ、(手で輪を作って)これくらいの可能性もある」
「セブンイレブンの冷凍食品サイズかもしれない、覚悟しておこう」
がっつり食べる気分ではないとはいえ、胃がピザをお迎えするモードになってしまった以上、ちょびっとだけ食べるのでは物足りない。複雑な思いで待っていると、Lサイズの宅配ピザくらいの箱がやってきた。
「でかっ」
「いや、中身はたいしたことないのかもしれない、覚悟しておこう」
心の予防線を張りながらふたを開けたら、半分はサラミ、半分はたっぷりのチーズがトッピングされた、大きなピザが入っていた。こんなの絶対おいしい、と見た目だけで確信する。
そして実際、ピザはものすごくおいしかった。これだけチーズがもりもり乗っていて、おいしくないはずがない。この近くに住んでいなくてよかった、毎日食べてデブロードを駆け抜けてしまうところだった。
食事の後、一時間ほど自由時間を取ることになった。それぞれが、自分の見たい場所へ向かう。家具やら酒やらおもちゃやら服やら、とにかくなんでも売っているので、時間がいくらあっても足りなそうだ。ここに閉じ込められても二年くらい暮らせるレベルに物がある。
わたしはおもちゃと文房具が好きなので、まずはそこを攻めることにした。
海外のおもちゃは楽しい。表面が猫の毛並みになっているジグソーパズルや、しゃべる恐竜のぬいぐるみ。見たことのないものばかりだった。が、もういい年した大人なんだから、そもそも持って帰れないから……と自分を抑える。
文具売り場でも、分厚いノートをつい買いそうになった。が、家に死ぬほどあるだろ、とブレーキをかける。あっ、このキャンドルもかわいい。いや、すぐに使わなくなるだろう。あっ、このペンかわいい。いや、日本製の方が質はいいだろう。…………。
物欲を制御しまくった結果、集合の時間が迫ってきても、手にはハチミツしか持っていなかった。
ハチミツを手に取った決め手は、クマの形の容器だった。キャップの部分が、帽子のようでかわいい。しかし、「HONEY」と書かれた文字を読まなければ、食器洗い用洗剤にしか見えない。カラーリングが完璧に、自宅で愛用しているキュキュットのオレンジなのだ。それもまたおもしろい。
集合時間も間近になり、他にも何か必要なものはないかと早足で店内を見ていると、つぐみに会った。何買うの、と聞くと、チョコレート菓子とココナッツの酒を見せてくれた。お菓子は職場のお土産だという。
あっそうか、お土産。
思い出し、お菓子売り場に急いだ。あまりに普通のお店なので、お土産さがしというよりも、普段のショッピング感覚で見て回っていた。危ない危ない。
お菓子売り場は、すさまじい量の甘いものとしょっぱいものであふれていた。その量に思わずひるむ。タイムリミットが迫るなか、このお菓子の壁からお土産に適したものを選びだすのは無理だと思った。
ということで、つぐみと同じチョコレート菓子を二つ購入することにした。職場用の土産に大切なのは、買ってきたという事実だけだ。どうせ、どれが誰のお土産なんだかわからない状態で配られる。
混雑しているレジに並ぶと、たまたま前に並んでいたのがつぐみと彼氏だった。彼も、つぐみと同じ酒を持っている。きっと帰国後、思い出話をつまみにいっしょに飲むのだろう。うらやましいぞ、おい。
少しずつ、レジに近付いていく。日本ではイケアくらいでしか見ない、コンベアになったレジカウンターに商品を置き、順番を待つ。つぐみが会計をしている。
ふとカウンターのむこうを見ると、「これもいかがですか商法」でガムや飴が置かれた棚に、ハリボーのグミが置かれて、いや、捨てられているのが目に入った。
きっと買おうと思っていた誰かが、会計の直前で「やっぱりいらない」と置き去りにしたのだろう。捨て猫ならぬ捨てハリボーだ。よく見ると、お馴染みのベアやコーラではなく、ダイナソーというグミだった。恐竜がグミを食いちぎっている、アメリカナイズなイラストまでついている。
わたしは子猫を拾うような気持ちでそれを拾い上げ、買う物たちの中に入れた。ハチミツのクマもチョコレート菓子も、彼を歓迎しているように見えた。頭おかしいとか言わないでください。
そういえば買い物をしている間、羽斗にカメラを貸していた。会計を終え、撮ったものを見せてもらうと、なかなかいい写真がいくつかあった。少なくともわたしよりは上手い。だが彼は撮りながら、結構な枚数を削除してしまったという。とりあえずたくさん撮っとけ的なわたしとは違うタイプのようだ。
だいたい時間通りに、全員が買い物を終えて集合した。みんなえらい。たくさん遊んだので、今日はもうホテルに帰る……と思いきや、そうではなかった。
次はアウトレットに行くのだ。巨大なショッピング施設のはしごである。腕時計の歩数計はすでに一万歩を上回っていた。もはや疲れているのかもわからない。
バス停で、車を恐れずに道路に座り込む野良犬を眺めながら、「十五分おき」という曖昧なバスを待つ。アウトレットはどのくらい大きいのだろうか。
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