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2.そんな悪趣味なこと
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大学に入ったばかりの桃葉がダンスサークルを選んだことに、深い理由があるわけではなかった。入学式で声をかけてくれた雪子が新入生歓迎会に行くと言うので、じゃあわたしも、と便乗したのが、きっかけと言えばきっかけだったかもしれない。桜の木の下で行われたダンスサークルの新歓は、桃葉が想像していたよりもずっと親しみやすく、開放的だった。
「東京の大学に行ったら、サークルには気をつけた方がいいよ」
真面目な顔でそう言った地元の友達の顔がよぎり、思わず笑ってしまったのを覚えている。先輩たちがちっともお酒を勧めてこないのも、飲まされそうになったら帰ろうねと約束していた二人にとっては驚きで、好感が持てた。
「わたし、ダンスってやったことないんですけど、それでも大丈夫ですか?」
紙皿にたくさん乗せられた肉を消費する作業をあきらめた桃葉が尋ねると、赤髪の先輩は煙草をふかし、冗談めかして笑った。
「大丈夫、わたしもダンスやったことなかったし、今もあんまり踊ったりしないよ」
青いピアスがきらりと光り、二、三しか歳が変わらないはずの先輩がとてつもない大人に見えた。東京の街で、その先輩と同じ紙皿を持っているというそれだけのことが、桃葉を驚くほど誇らしい気持ちにさせた。そうして二人は、その場で入部を決めたのだ。
入部届も出し、これからの生活に期待が膨らんだ桃葉と雪子は、会がお開きになったあとも高揚が冷めやまず、二人でどこまでも散歩をした。そして辿りついた知らない公園のベンチで、朝まで話し続けた。
なんの話をしたのか、桃葉はちっとも覚えていないが、雪子曰く、何やら夢に燃える若者のようなことを口走っていたらしい。一年以上経った今も、雪子はそれを友達や後輩におもしろおかしく話す。ネタにされた桃葉は、新歓の空気に酔っ払っていたんだよ、と、照れてみせる。名前の儚さとは裏腹に、明るくエネルギーにあふれている雪子と、桃葉は相性が合った。
「桃葉、クマすごい。夜更かししたんでしょ」
桃葉の顔を見た雪子は、開口一番にそう言った。そう、たとえばこうやって、本人が一番気にしていることをぴたりと指摘する。飾らない物言いにも慣れてしまった桃葉は、苦笑いして、雪子の左隣の席に腰かけた。
授業開始まで、まだしばらくある。大学の広い講義室でしか見たことのない、長い机と一体化した椅子が苦手な雪子は、いつも開始よりも少し早めに来て、端にある三人がけの席を選ぶ。
「昨日言ってたゲームについて調べてたから、寝るの遅くなっちゃった」
雪子の目の色が変わった。
「どうだった、おもしろそうでしょ?」
右手が麻のトートバッグに伸びているのがわかった。桃葉がうんと答えた瞬間に、その中からゲーム機を取り出して、起動してみせるつもりなのかもしれない。
「ごめん、あんまりよさがわからなかった」
慌てて言った桃葉を見て、雪子は吹き出す。
「なーんだ、残念。他におもしろそうなのがあったら、また教えるね」
さらりと言うと、雪子はトートバッグの中からゲーム機でなく、ノートと筆記用具を取り出した。
「この講義、おもしろいって聞いたから取ったけど、レポート厳しいって」
一度白黒つけてしまえば、雪子ほど切り替えのはやい人はいない。桃葉は安堵し、
「試験よりいいんじゃないの、レポートの方が」
と、ボールペンの頭をノックした。
「うん、試験は恐ろしい。何があるかわかったもんじゃない」
雪子はわざとらしく、苦い顔をしてみせる。一年の後期のことを言っているのだ。彼女は毎回出席しまじめに受講していた世界史の授業で、うっかり単位を落とした。それは持ち込み可の試験で、単位を落とす方が難しく、雪子は「解答欄をまちがえたくらいで半年の努力が水の泡になるなら、試験の講義はもうとらない」という。
他愛もない話をしているうちに、講義室に人は増え、空席も少なくなってきた。このうちの何割くらいが、最後のレポート提出まで残るのだろう。
「そういえば、雪子はそのゲームの中で、住人をいじめたりする?」
ふと思いついた桃葉がそう口にしたのと同時に、講義室の前の扉が開いた。白髪交じりの老人が入室し、学生たちの背筋が自然と伸びる。
「そんな悪趣味なこと、誰がするの」
雪子が小さな声で答えたのは、先生の間延びした自己紹介が始まって、しばらくしてからだった。
「東京の大学に行ったら、サークルには気をつけた方がいいよ」
真面目な顔でそう言った地元の友達の顔がよぎり、思わず笑ってしまったのを覚えている。先輩たちがちっともお酒を勧めてこないのも、飲まされそうになったら帰ろうねと約束していた二人にとっては驚きで、好感が持てた。
「わたし、ダンスってやったことないんですけど、それでも大丈夫ですか?」
紙皿にたくさん乗せられた肉を消費する作業をあきらめた桃葉が尋ねると、赤髪の先輩は煙草をふかし、冗談めかして笑った。
「大丈夫、わたしもダンスやったことなかったし、今もあんまり踊ったりしないよ」
青いピアスがきらりと光り、二、三しか歳が変わらないはずの先輩がとてつもない大人に見えた。東京の街で、その先輩と同じ紙皿を持っているというそれだけのことが、桃葉を驚くほど誇らしい気持ちにさせた。そうして二人は、その場で入部を決めたのだ。
入部届も出し、これからの生活に期待が膨らんだ桃葉と雪子は、会がお開きになったあとも高揚が冷めやまず、二人でどこまでも散歩をした。そして辿りついた知らない公園のベンチで、朝まで話し続けた。
なんの話をしたのか、桃葉はちっとも覚えていないが、雪子曰く、何やら夢に燃える若者のようなことを口走っていたらしい。一年以上経った今も、雪子はそれを友達や後輩におもしろおかしく話す。ネタにされた桃葉は、新歓の空気に酔っ払っていたんだよ、と、照れてみせる。名前の儚さとは裏腹に、明るくエネルギーにあふれている雪子と、桃葉は相性が合った。
「桃葉、クマすごい。夜更かししたんでしょ」
桃葉の顔を見た雪子は、開口一番にそう言った。そう、たとえばこうやって、本人が一番気にしていることをぴたりと指摘する。飾らない物言いにも慣れてしまった桃葉は、苦笑いして、雪子の左隣の席に腰かけた。
授業開始まで、まだしばらくある。大学の広い講義室でしか見たことのない、長い机と一体化した椅子が苦手な雪子は、いつも開始よりも少し早めに来て、端にある三人がけの席を選ぶ。
「昨日言ってたゲームについて調べてたから、寝るの遅くなっちゃった」
雪子の目の色が変わった。
「どうだった、おもしろそうでしょ?」
右手が麻のトートバッグに伸びているのがわかった。桃葉がうんと答えた瞬間に、その中からゲーム機を取り出して、起動してみせるつもりなのかもしれない。
「ごめん、あんまりよさがわからなかった」
慌てて言った桃葉を見て、雪子は吹き出す。
「なーんだ、残念。他におもしろそうなのがあったら、また教えるね」
さらりと言うと、雪子はトートバッグの中からゲーム機でなく、ノートと筆記用具を取り出した。
「この講義、おもしろいって聞いたから取ったけど、レポート厳しいって」
一度白黒つけてしまえば、雪子ほど切り替えのはやい人はいない。桃葉は安堵し、
「試験よりいいんじゃないの、レポートの方が」
と、ボールペンの頭をノックした。
「うん、試験は恐ろしい。何があるかわかったもんじゃない」
雪子はわざとらしく、苦い顔をしてみせる。一年の後期のことを言っているのだ。彼女は毎回出席しまじめに受講していた世界史の授業で、うっかり単位を落とした。それは持ち込み可の試験で、単位を落とす方が難しく、雪子は「解答欄をまちがえたくらいで半年の努力が水の泡になるなら、試験の講義はもうとらない」という。
他愛もない話をしているうちに、講義室に人は増え、空席も少なくなってきた。このうちの何割くらいが、最後のレポート提出まで残るのだろう。
「そういえば、雪子はそのゲームの中で、住人をいじめたりする?」
ふと思いついた桃葉がそう口にしたのと同時に、講義室の前の扉が開いた。白髪交じりの老人が入室し、学生たちの背筋が自然と伸びる。
「そんな悪趣味なこと、誰がするの」
雪子が小さな声で答えたのは、先生の間延びした自己紹介が始まって、しばらくしてからだった。
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