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薫くんのいない生活一日目が終わる
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ベランダに面した窓から差し込む光が、オレンジから紫へ刻一刻と移り変わるのを、腕も足も顔の筋肉も動かさずに見つめていた。
たとえばこの光景を表現するのだって、わたしは使い古された雑巾みたいな言葉にしか変換できないけれど、紗奈ちゃんならきっと独特の感性でこの瞬間を切り取ってみずみずしい、あるいは毒々しい絵にかえてしまうのだ。
負けていられない、と思い「オレンジから紫へ刻一刻と移り変わる」なんていうありふれた言葉じゃないすてきな言い回しを考えていたらあっというまに太陽は沈みきった。薫くんのいない生活、一日目が終わる。
このあいだは、一週間ぐらい帰ってこなかった。いや、三日ぐらいだったのかもしれない。日々の境界が曖昧なものだから、それが何日間のことだったのかよくわからない。どうせ帰ってこないのに、心のどこかで待ち続けてしまう理由もまったくわからない。
八時。夜ごはんはどうしよう、とソファに寝そべったまま考える。作る気はさらさらなくて、食べる気もあまりなかった。さっき食べたやさしいマドレーヌとまろやかなマフィンと、フィナンシェとバームクーヘンが胃の中で混じり合ってグロテスクななにかを作り上げている。
薫くんが帰ってくるってわかっているなら、栄養たっぷりで彩り豊かなごはんを作る気にもなるのに。なんて言っている日に限って薫くんが帰ってきてごはんのかわりに本とか領収書とかお菓子のごみとかが置かれた食卓をみられて、目に見えない「薫くんが帰ってきてくれる券」がいちまい有効期限切れになるんだ。わかってる、わかってるけど。
お夕寝をするのだけはやめようと思っていたのに、目覚めたら夜の十一時で、薫くんはもちろん帰ってきていなかったし、スマホも黙りきったままだった。
小説を書く気にもならないので食卓を片付けてみたら、うっかり忘れていた携帯電話の払込書を見つけてしまった。なんてばかばかしい、薫くんからの連絡も入らないスマホなんて、明らかな不良品なのに。
請求書をぐしゃぐしゃに丸めてしまいたかった。紗奈ちゃんならそれくらいしそうだし、わたしの好きな作家の描く主人公も、ためらわずに破ってしまうのではないかと思えた。だけどわたしはスマホが使えなくなるのはごめんなので、財布だけ持って家を出る。どうせわたしはありふれた感性でどこにでもいる、SNS依存症のスマホ中毒だ。
たとえばこの光景を表現するのだって、わたしは使い古された雑巾みたいな言葉にしか変換できないけれど、紗奈ちゃんならきっと独特の感性でこの瞬間を切り取ってみずみずしい、あるいは毒々しい絵にかえてしまうのだ。
負けていられない、と思い「オレンジから紫へ刻一刻と移り変わる」なんていうありふれた言葉じゃないすてきな言い回しを考えていたらあっというまに太陽は沈みきった。薫くんのいない生活、一日目が終わる。
このあいだは、一週間ぐらい帰ってこなかった。いや、三日ぐらいだったのかもしれない。日々の境界が曖昧なものだから、それが何日間のことだったのかよくわからない。どうせ帰ってこないのに、心のどこかで待ち続けてしまう理由もまったくわからない。
八時。夜ごはんはどうしよう、とソファに寝そべったまま考える。作る気はさらさらなくて、食べる気もあまりなかった。さっき食べたやさしいマドレーヌとまろやかなマフィンと、フィナンシェとバームクーヘンが胃の中で混じり合ってグロテスクななにかを作り上げている。
薫くんが帰ってくるってわかっているなら、栄養たっぷりで彩り豊かなごはんを作る気にもなるのに。なんて言っている日に限って薫くんが帰ってきてごはんのかわりに本とか領収書とかお菓子のごみとかが置かれた食卓をみられて、目に見えない「薫くんが帰ってきてくれる券」がいちまい有効期限切れになるんだ。わかってる、わかってるけど。
お夕寝をするのだけはやめようと思っていたのに、目覚めたら夜の十一時で、薫くんはもちろん帰ってきていなかったし、スマホも黙りきったままだった。
小説を書く気にもならないので食卓を片付けてみたら、うっかり忘れていた携帯電話の払込書を見つけてしまった。なんてばかばかしい、薫くんからの連絡も入らないスマホなんて、明らかな不良品なのに。
請求書をぐしゃぐしゃに丸めてしまいたかった。紗奈ちゃんならそれくらいしそうだし、わたしの好きな作家の描く主人公も、ためらわずに破ってしまうのではないかと思えた。だけどわたしはスマホが使えなくなるのはごめんなので、財布だけ持って家を出る。どうせわたしはありふれた感性でどこにでもいる、SNS依存症のスマホ中毒だ。
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