薫くんにささぐ

七草すずめ

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真野くんが、おれ、と言う

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 真野くんは小説を読まないひとだから、わたしが書いているものをみるといつも、「へえ、すごいね」と言ってくれる。
「こんなに書けるなんて、それだけですごいよ。俺、仕事のメール書くだけでたいへん」
 仕事をしているときは「僕」とか「私」って言っていた真野くんが、おれ、と言うだけで、わたしは未だにどきりとしてしまう。
「えらいよ、自分のやりたいこと見つけて、悩みながらこうやって続けてるの」
 もぐもぐとほおばっていたカステラをのみこんで、真野くんはまた笑う。胸がいっぱいになって、ソファに横たわっているその体にしがみつく。
 カンジョウイニュウガデキナイ、なんていう呪いの言葉をしらない真野くん。真野くんの前では天才小説家でいられるから、わたしは安心してその肌に舌を這わせることができる。真野くんはわたしの舌をつかまえて、カステラ味でいっぱいにする。
 生理中のセックスはちょっといやだけど、血がたくさん出るのは真野くんがわたしの中からいなくなってからだから、入っている限りはなんにも気にせず溺れていればいい。ずっとそこにいてよ、血なんてあふれないように塞いでいてよと思う。
 覆い被さる真野くんの顔はかっこいい。伏し目がちになった一重まぶた。たくさん出したあとのくせに、これから捕食するみたいな目でわたしをみる。
 しいておいた白いバスタオルには、赤茶色のしみがたくさんついてしまった。真野くんがなんども出したり入れたりするからだよ、と言うと、わたしなら恥ずかしくて言えないようなことを耳元で言われ、顔が真っ赤になってしまった。
 後始末はどんなときでも、ふたりでする約束になっている。
 真野くんが買ってきた缶コーヒーが入っていたミニストップの袋に、よごれてしまったバスタオルをつめこんでぎゅっと結ぶ。それを燃えるごみの袋につめこんでぎゅぎゅっと結び、ゴミ捨て場にぽいとすれば完了。真野くんとのセックスもすべてなかったことになる。だからこれは薫くんへの裏切りなんかじゃないのだ、だいじょうぶだよ薫くん。
 なにかあったらまた呼んでね。ゴミ捨て場で別れるとき、真野くんはそう言ってくれた。ありがとう。朝の落ち込みが嘘みたいに、素直に笑うことができた。真野くんの声は薫くんよりも低い。真野くんの手は薫くんよりも大きい。
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