薫くんにささぐ

七草すずめ

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おかしないきもの、薫くん

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 お風呂で何もかも流しても、心の中にいっぱいのもやもやは晴れなかった。
 以前読んだ、強姦された女性の手記を思い出す。洗っても洗っても汚れている気がして、お風呂から出られないんです。なんだか自分に似ているなあ、と思ってようやく、あんな無理矢理のセックスはレイプと同じか、と気がつく。
 もういちど服を脱いでシャワーを浴びて、膣の中に指をつっこみ丁寧に洗う。あらゆる物をつっこもうと試みた薫くんに、冷蔵庫の隅で腐っていたタケノコまで入れられたことを思い出したから。
 昨晩書きはじめた小説はあとかたもなく消えていた。薫くんが破棄したんだろう。なんとなくわかっていたけど薫くんはわたしが下手な小説を書くのにいらいらしていて帰ってこないし、そもそも自己主張やら自己表現やらをしたがる女が好きじゃない。MINORIはきっと尽くすタイプで薫くんを立てるタイプで、ついでに守ってあげたいくらいかわいいにちがいない。こんな簡単なことに気がつかなかったなんて。なんだよ秋うまれって。
 いっそ、薫くんのことを小説にしてしまえばいいのかもしれない。それならたくさん書けるだろうし、描写に陳腐な言葉を使ってしまうこともない。
 だけどこわいのだった、人間じゃないみたいな薫くんを小説になんてしてしまったら、小説の世界から出てこなくなってしまいそうで。きっと本当は、この世界にいてはいけないひとなのだ、おかしないきもの、薫くん。
 心はもう荒みきっていた。これからどうしようとか、DVで訴えるべきかとか、MINORIは暴力を振るわれることがあるのだろうかとか、なにか考えると考えたそばから、心の中のわたしに真っ向から否定される。
 自分が悪いくせにDVって、被害者意識強すぎて気持ち悪い。MINORIに暴力なんて、振るうわけないじゃない、あれはあんたがどうしようもないから手を出しているんでしょう。胃からヘドロが出そう、出てくれたら少しは楽なのに。
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