ヤノユズ

Ash.

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○月×日『Too late~at that time~①』

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あいつは急に現れた。
あろうことか、自宅の前で待ち伏せされていた。
……家がバレてるんだから、考えなかったわけじゃない。
むしろ1番手っ取り早い方法だ。
俺があいつの立場ならそうするだろう。

家には明かりがついてる。
両親は仕事人間で、家で顔を合わすことの方が珍しいくらいの人達だから、たぶん昂平がいるんだろう。

「……」

一歩一歩近づく。
昔からあいつを前にすると、冷静ではいられなかった。
ハラハラしたり、ドキドキしたり……
けど、今はあの時の俺とは違う。
もう恋なんかしてない。
愛なんかない。
だから、一志の存在に動揺する自分を……そんな姿を見せるのは絶対に嫌だった。

あいつのペースに飲まれないように、気を引き締めて、一歩を力強く踏み出した。

「ぁ、将平」

足音に気づいた一志が、俺の方を見た。
名前を呼ばれて思わず足が止まった。
10歳年をとったこいつと顔を合わせるのは今日が初めてじゃない。
高校生の頃とは違うのに、あの頃とは違うのに……やっぱりこいつを前にすると体が萎縮する。
萎縮……という表現は正しくないかもしれない、……"惹き付けられる"だ。
リュカと初めて会った時ですらこうはならなかった。
リュカは、何もかも俺より"上位"の人間だったのにだ。

もう傷つけられたくない。

体を許したのに……心を許したのに、裏切られた。
"俺が"……"俺が"だ。
唯一許して捧げた人間なのに、こいつは裏切ったんだから。

許せない。
許せない。
許してなんかやるか。
絶対に。
こいつのことは忘れて、楽になりたいと、自由になって次に進みたいと思っていたのに、いざこいつが目の前に現れると、醜い感情しかわかなかった。

1mもない距離まで一志が近寄ってきて、後ずさりたかったけど、耐えた。
ここで逃げていたら次になんて行けない。
ただ、一志を直視する勇気はなくて、目は逸らしてから口を開いた。

「……人の家の前で、何してるんだよ」

「待ってた。なんか我慢できなくてさ」

我慢……?
何の話だ。
意味がわからなくて少しだけ視線を上げる。

「もう少し時間かけてから攻めたかったんだけど、案外頼りにならなくてさ、先越される前に行動しとこうと思って」

……?

「……お前、さっきから何言ってるんだ……?」

本気で意味がわからなかった。
頼りにならないってなんだ?
先を越される?
何の話だ。
こいつ、俺に話しかけてるんだよな……?

もともとおかしなやつだったけど、こういう所は相変わらずなんだな……。

「柚野まこと。」

一志の口から、思いがけない名前が出て驚いた。
驚いて、思わずと言った形で一志の顔を見た。
すると一志が嬉しそうな顔で笑う。

「やっとこっち見た。」

なんでこいつ、まことのこと……
……いや、たしか以前に昂平とまことと接触している。
それに、2人の後をつけたとも言っていた。
昂平が俺の弟て知っているんだから、いつも一緒にいるまことに目がいくのは当然かもしれない。

「……まことに、何かしたのか」

「話しかけて、これ見せただけ」

一志がスマホのディスプレイを見せてくる。
それを見て、息が止まりそうになった。
いや、実際ディスプレイを見つめている間、息もせずに凝視してしまっていた。

一志のスマホのディスプレイには、俺とまことの写真が写っていた。
一志が次々とスワイプさせて写真を見せてくる。
写真は俺とまこと、それからビジネスホテルの写真だった。
2人一緒に写っているものは食事をとっているものだったから不自然なものじゃなかった。
けど、俺やまことがビジネスホテルに出入りする写真。
いくつものビジネスホテルの写真。
1人で入って、出る時間もずらしてはいた。
でも、こうやって見せられたら怪しいものに見えてしまうし、言い逃れは厳しい。
いや、言い逃れはできないだろう。
何枚も連続で撮られたそれは、スマホの撮影時間を見れば同じ時間帯に同じビジネスホテルにいた事がハッキリと分かってしまう。

一志はこれをまことにも見せたのか。
だとしたら、まことは一志に脅されてるんじゃ……

「まことに、何した」

一志に同じ質問をもう一度する。

「あのガキには指1本触れてないから安心していいよ。ただ将平の身辺調査してもらってただけ。」

身辺調査……?

「今日も元気だったとか、仕事楽しそうだったとか、そんな話ばっかだったな。」

一志がつまらなそうに話しながらスマホをポケットの中にしまう。

「でも、将平と仲良さそうな男がいるって聞いてさ。今はそっち探ってもらってる」

「は……?」

仲良さそうな男……?
……もしかしなくても、リュカのことだろうか。
俺が日本に帰国してから親しくしてる友人はいない。
まことが知ってる俺の友人なんて、リュカくらいしか……

「跨ってでも聞き出せって言ったからな。今頃焦って情報集めてるんじゃないか。」

「はっ?」

面白可笑しそうに一志が笑う。
こいつ、とんでもない奴だ。
まことみたいなタイプの人間は馬鹿正直に行動するに決まってる。
写真で脅されてるってことは、きっと昂平にバラされたくなくて脅されてるってことだ。

俺に、俺に相談してくれれば……

慌てて自分のスマホを取り出すと、まことからの着信が1件入っていた。
仕事で忙しくて気づかなかったんだろう。
きっと俺を頼ってかけてきたに違いない。
リダイヤルしようと指を動かした瞬間、スマホごと一志の手が俺の手を掴んだ。

「っ、」

「駄目だよ、将平。俺といるんだからさ」

近い。
触れられてる。
掴まれてる手が、熱い……

「将平はさっきの写真、どう思う?」

「…………ぇ?」

額が触れそうな距離まで一志が顔を寄せて、ヒソヒソと内緒話をするように話す。

「弟の恋人と寝てたって、誰に知られたくない?」

「…………、」

誰に……?
…………誰にも、

今となっては、誰にも知られたくない。

その写真だけで、まことと寝てたなんてわからない。
そう言われたらそう見えると言うだけの写真だ。
けど、……昂平は騙せないだろう。
あの花村とかいう子にも目撃されている事だし、軽く脅して口止めはしたけど、昂平に詰め寄られてあの子が黙っているとは思えない。
それに、なにより……まことが昂平を誤魔化し続けられるわけがないと思う。

ここで、俺が一志に足掻いて見せたとしても、意味なんてない。

「…………俺は、何したらいいんだ」

「さすが将平、話が早いな。」

一志が手とスマホを解放してくれる。
スマホはしまって、一志を見た。

「俺もせこい事はしない。今夜だけでいいよ。今夜付き合ってくれたら全部消す」

「……」

本気だろうか。

「まことは……まことにも……」

「将平が手に入るなら他なんかいらないだろ。もうどうでもいいよ」

本当に興味が無いって顔で返してくる。
本気でまこと自身には興味が無いようだ。
ということは、情報収集だけさせていたのも事実なんだろう。

「今夜だけ……?」

「そう。今夜だけ。これで最後。だからちゃんと将平のことも解放してやるよ」

解放……?
もう本当に、俺と一志は終わりってことか……?
そもそも、俺の中では終わっているつもりだったけど、前にあった時に一志はまだ別れてないとか、そんなこと言ってた……
駄々をこねる子供のようだと思ったけど、今回は本気……?

「一筆書こうか?」

一志が上目で俺の事を見ながら微笑む。
あの頃とは違う目線。
でも、その笑い方は変わってない。

「……いい。けど、嘘だったら死んでやるからな。」

子供っぽい脅しに聞こえるかもしれない。
けど、一志は知ってる。
俺のプライドが高いことを。
辱めを受けることが死ぬほど嫌いなことも。

一志の顔から笑みが消えて、真剣な瞳に変わる。

「嘘はつかない。約束する」

こいつは信用しちゃいけない。
絶対に信用はしない。

だから本当に一志が約束を破ったら…………


俺も腹をくくらなくちゃいけない。
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