暗渠 〜禁忌の廻流〜

角田智史

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 「佐野の子供じゃないですよ!え、てゆうかなんでそう思った?」

 彼女は笑いながらそう言った。少し酒が回っていたものの、彼女が意を決して言ってきているのは十分に感じられた。

 僕は見ていたのだ。
 お腹の膨らんだ彼女と佐野が2人でコンビニに入っていく姿、そして子供が生まれた後もベビーカーを押して佐野と2人で仲睦まじく歩いている姿を。僕はそれを見ていたが、恐ろしくて何も聞けなかったのだった。
 そしてそれを言った後、彼女はトイレへと入っていった。
 
 佐野と彼女ができている、それはこの界隈では当たり前のような噂だった。あくまで僕が知る中ではあったが、普段の2人の様子や、周りの声を聞く限り、疑う余地もない事であって、更には前述した目撃情報まであれば、誰だってそう思うところだ。しかしながら今日のその彼女の言葉は、嘘だとも思えなかった。疑念を完全に払拭する事はできなくとも、きっと今日のその言葉の方が真実なんだろうと思った。
 トイレに入っていく彼女の後ろ姿を横目で見ながら、彼女はそれを今日、否定する為に来たんだろうな、と思った。

 トイレから戻って僕の横に座った彼女へ、僕は開口一番に言った。
 「面白かったやろ?」
 僕の全てを曝け出したあの文章を彼女が読んだ事、そして佐野が父親ではなかった事、そして本当の父親は一体誰なのか、その辺りの事は全て置き去りにして僕は作品としての出来にフォーカスさせた。
 色黒の僕、更に薄暗い店内だからまず気づかれないが、僕は赤面していた。佐野との関係、それに関する勘違い、それにまつわる僕の心模様、その辺り全てが彼女に読まれたかと思うと恥ずかしくて仕方がなかった。
 更には父親が佐野でないとすれば、佐野との関係性は、そしてまた新たに佐野以外の男の存在を知らしめられた形になった僕は、心をグサグサと刺されたような感覚に陥っていた。
 それを必死にばれないように話題を振ったのだった。

 「面白かったですよ、、、そんなの書いてるとも知らなかったし…。ていうかなんで私だけあんな名前なん!」
 僕はただ「ははは」と笑って、ニヤニヤしていた。
 登場人物のほとんどが、実際に合っているのは文字数くらいで全く違う名前にしていた。そんな中で彼女だけがそれとは違う書き方をしていた。連載を続けるにあたって、そこだけは僕の気持ちをのせていきたかった。
 「まあでもストーリーとしてはあれで良かったかな…。」
 僕は見栄を張ってそう言った。そう言うのが精いっぱいだったという方が正しいだろう。強引に僕の勘違いに対する恥ずかしさを埋めに、そして僕の握り潰されそうな心を守りにかかっていた。
 「あ~ねぇ~。」
 そう彼女が相槌を打った後は、僕の目論見通りに話題は見事に飛び抜かされ、登場してきたそれぞれの人物との出来事へとシフトされていった。

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