暗渠 〜禁忌の廻流〜

角田智史

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 「なんでやめたん?」
 僕もいい気分になり、彼女も少し元々少し垂れている目がトロンとなってきた頃に僕はもう一度聞き返した。彼女はまたも意を決したかのように言った。
 「…あの~、私、初めて産後鬱になったんですよ、前も言ったかも知れないですけどホントに眠れなくて…、上の子の入院も重なったりして…、お母さんも元々足が悪くて…、家の事私が全部してるんですよ。」
 いい気分ながら、僕はそういえば元々彼女の母親が悪い事、子供が持病を持っている事、その辺りの事を話していた事を思い出した。
 そして「眠れない」そう公言していた彼女に僕が「朝起こして」とお願いしていた事を思い出していた。男として、人間として、それを利用した軽はずみな僕の行動に自分自身に嫌気も差した。
 しかしながら、以前から聞いていた彼女の家庭の環境としては僕としては中々すんなり受け入れられるものでもなかった。その状況下でこいういう風に僕と飲みに出る時間、そしてスナックで働いていた頃の、出勤、退勤の時間、アフターまでを考えると、どうしても不可能のように思え、実際のところはどういった生活をしているのか、彼女の話を全て鵜呑みにする感覚には、どうしてもなれない僕がいた。
 そして僕も、周りの人間も、その辞めたその事ではなく、その辞め方を、誰しもが納得していなかった。
 突如として連絡が取れなくなり、そのままいなくなる、という辞め方だった。挨拶も何もないままに、いきなりいなくなる、そんなやり口だった。理由云々ではなく、そこが大きな問題点だった。
 しかし僕はそれを指摘する、それもしなかった。
 この手口を何度も目の当たりにしてきた事もある。何より、なんだかんだ僕とこうして2人の時間を作ってくれるその事の方が僕には大きな事、嬉しい事であって、他の人間には感じる事ができないであろう、優越感に浸れる事、その事の方が彼女のこれからの人生の指導をするよりも勝っていた。

 nabarを出た後、何度か2人で入ったスナックへ入った。もともと彼女の容姿や態度からそこのママは熱烈に勧誘してきていた。
 たまたま一緒になったお客さん達からは「べっぴんさん」と崇め祀られ、彼女の隣に座っていた男性からはほぼ口説かれるようになって、客として入ったのに彼女はほぼ接客に近い状況になっていた。
 僕は僕でママの手前、ママと親交のある年配のお客さんの相手をせざるを得ない状況だった。ただ、そんな状況でも2人、それはそれでお互いに理解ができる状況であって、一見さんでは、彼女の何をどうしても、理解はし得ないだろうし、僕は口説いている男性に対して少し憐れむような感覚を持ちながら、盛り上がっているその席を横目で見ていた。

  スナックを出て、2人歩いて帰りながら僕は言った。
 「転勤する事になったらまた飲みいこうや。」
 「いやいや、またいつでも誘ってください。」
 彼女はそう言った。社交辞令ではなく、本心の言葉だと思った。
 僕はまた、「何か食べて帰ろうかな~。」という彼女にどこまでも、いつまでも、ついて行きたくなっていたが、次の日には子供の行事が朝早くから控えており、泣く泣く帰路についたのだった。
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