暗渠 〜禁忌の廻流〜

角田智史

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 会社から近くの交差点。
 赤信号で停まっていると、目の前の裁判所の駐車場にさおりの車が停まっていた。
 今日が調停である事は彼女から聞いていた。

 聞いてはいたが、いざそれを目撃すると、元々嘘ではないと分かっていても急にリアルな感覚となって僕を襲ってきて、いてもたってもいられない気持ちになった。
 大事に想っている人間の大事な一大イベントだった。

 どうだったのか、どうなるのか。

 それを受けて彼女はどう感じ、そしてこれからどう生きていくのか。

 ただひたすらに僕は願っていた。祈っていた。

 彼女がこれからも前を向いて生きていけるように。その中で僕がほんの一握りだけでも手助けできるように。
 何かがあるのなら、ほんの少しでも僕を頼ってくれるように。

 僕は裁判となったその事について、詳しく彼女に聞くような事はしなかった。
 しかしながら、彼女から少しずつ出てくる言葉や、インスタの文面で、一体何が起こったのかはあらかたの想像はついていたし、会話の中でもそれが当たり前のように出てきて、その事実がある事、それだけは共通の理解としてはあったものの、それに至るまでの経緯、それだけは聞けずにいた。

 今でも彼が好きだ。

 そんな事を言われる事が怖くて。

 彼の事が本気で好きだった。

 そんな言葉が漏れるのが怖くて。

 酒が入って何度か見た、彼女の頬が紅潮していくのを、他の男を想ってそうなるのを見るのが嫌で。

 恋する彼女を見たくなかった。

 そしてそれを聞いた時、見た時、きっと僕は僕じゃなくなってしまうんだろう。
 自分の中に巣食う悪魔がこれ見よがしに僕の中から、「僕」という殻から破り出てきて、もう何もかも、手に負えなくなってしまうんだろう。
 そんな予感がしていた。

 ただ単に、一回りも上の男と、飲み屋で出会った仲ならば、その辺も含めて何もかも、吐露できる、そんな男性像、関係性でも良かった。
 「頼りになる先輩」そんな立ち位置でも良かった。
 実際に彼女から「お兄ちゃんみたいな存在」と人前で言われた事もあって、「なんでも言える」そんな感覚も彼女の中にはあったのだろうが、ただそこに関してだけは、どうしても僕は怖くて一歩を踏み出せずにのらりくらりと交わしてきたのであるが、彼女の一言一句を振り返ってみたり、今までの僕とのやり取りを考えると、何もそこまで怖がらなくても良かったんじゃないかとも思える。

 それだけではなく、やはり大事に想っている人間の辛い話は正直聞きたくなかった。
 ことさらに事情が事情だけに、大事に想っている人間として、愛している女性として、その事について根掘り葉掘り聞いていくのは、僕には到底出来なかった。
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