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七章
66話「「もっと、キスしてください」」
しおりを挟む龍馬さんを家に呼んだ。
姉さんは予定があるらしいから…二人きり。
幸せだけど、少し不安にも思う。
最近の龍馬さんは…少し、様子がおかしくて。
なんか、よく、分からないんだけど…どこがおかしいってはっきり言えるわけじゃないんだけど…今の龍馬さんからは、昔の龍馬さんを真似してるような、そんな雰囲気を感じる。
いつも見てたおかげか、変化に気付いているのは僕だけみたいで…少し優越感。
「明人君、呼んでくれてありがとう…実はちょっと、寂しくて。」
そう呟く龍馬さん。
「いえ、あの…飲み物、いりますか?」
「いやいいよ、話してたいな。」
「……分かり、ました。」
……龍馬さん。
不謹慎なのは分かってる、でも…少し弱ってる龍馬さんも…可愛くて。
足掻こうとした。
計画があって、色んな困難や過程があって…それを乗り越えなきゃ…僕と龍馬さんは結ばれない。
それは性自認だったり、同性だからとか…そういう問題だけじゃなくて。
…僕と、龍馬さんが結ばれるのには、沢山の山があるのに、姉さんと龍馬さんには…山なんて無くて。
……ただ、足掻こうとしていた。
少しでも、記憶に残りたくて。
「あんな人もいた」と、思われたくて。
諦めるために、でも、結ばれるためにずっと動いていた。
…矛盾してる。
僕の思考は全部矛盾してる。
でもそれもこれも全部本心で、全部嘘で。
「明人君、好きだよ」
龍馬さんの口からそんな言葉が。
その瞬間、心臓がどきりと跳ねた。
冗談だろうなと分かっていても、バカみたいに。
「…冗談…ですよね?」
目を伏せ、右の口角のみを上げ笑う龍馬さんにそう尋ねると、態とらしくクスクスと笑い、こう答えた。
「分かっちゃった?」
「…意地悪ですね。」
「うん、僕は意地悪だよ。」
…龍馬さん、あの時と…ゴールデンウィークの頃と比べて結構変わったな。
……この龍馬さんも大好きだ。
可愛いし、積極的で……やめよう、この龍馬さんには下心すらも見透かされそうだ。
口の中に溜まった唾液を飲み込み、深呼吸をして自分を落ち着かせてから、龍馬さんに視線を移動させると、龍馬さんがぼそりとこう呟いた。
「明人君、明人君は…僕のこと、ちゃんと好き?」
…何を今更、好きに決まってる。
知ってるはずなのに、どうして…。
「…はい、好きですよ」
「なら、なんでもう一回押し倒してくれないの?」
「…えっ?」
「僕が今凄く傷付いてるの知ってるよね?どうして傷口に付け込まないの?」
龍馬さんの言ってる言葉が理解出来ない。
……なんで、今そんな事を言ってくるんだ?
勿論龍馬さんが傷付いてる事は知ってる、だからこそ元気を出して貰いたくて呼んだんだ。
昔の僕なら分からないけど、今の僕には龍馬さんを押し倒す気なんてないし、龍馬さんの為になるなら自分の理性と性欲くらい管理してやる。
「……付け込んでも、良いですか?」
でも、龍馬さんは僕との…行為を、望んでる…?
龍馬さんの肩を抱き、そっと頬を撫でると、龍馬さんがゆっくり目を閉じ、顔をぐっ…と近付けて来た。
…龍馬さんに満足して貰えるなら、僕はそれでも。
なんでもいい。
あの日のように、龍馬さんの唇に、自分の唇を重ねる。
…あの時と違うのは、無理矢理じゃなくて…お互いの気持ちが一致している事。
「……明人君…」
そっと口を離すと、龍馬さんが潤んだ瞳で僕を見つめ、
思い切り僕を押し倒した。
「龍馬さ…ッ!?」
驚きで身体が強張る。
そんな僕の髪を優しく撫で、いつもより低く、優しい声で
「…男役とか、女役とか、ゲイとかバイとか、僕にはよくわからないけどさ……全部僕に教えてよ。」
と言い、自分の髪を耳にかけ、何度も優しくキスをしてきた。
龍馬さんの長い前髪がくすぐったい。
「………龍馬…さ………」
「…なあに?」
右手で僕の頬を撫で、左手を、僕の服の中に入れる龍馬さん。
「…ッ……」
胸のあたりをそっとなぞられ、身体が少しだけ跳ねる。
そんな僕を見て、龍馬さんが不思議そうに首を傾げた。
「…くすぐったい?」
「…………その…」
言葉に詰まっていると、龍馬さんが少し眉をひそめ、僕から手を離した。
「嫌だった?」
「…いやじゃありません…」
「…ならもっと撫でて欲しいの?」
「……はい……ぅ…」
喉の奥から変な声が出る。
中学の時とは違う、暖かい声。
「り…ゅ…うまさ…ッ…」
僕の身体を撫でる龍馬さんの手を掴むと、不思議そうに僕の目を見つめ、首を傾げた。
「……もっと…その…」
躊躇していると、龍馬さんが少し爪を立て触り始めた。
その瞬間、じんわりと針を刺されたような痛みが身体をじんわりと染めた。
「…痛い……」
「……ごめん、もっと…強くして欲しいのかと思って…」
申し訳なさそうに呟く龍馬さんの頭をそっと引き寄せ、龍馬さんの唇をそっと舐める。
「…もっと…キスしてください」
「…良いよ、明人」
ポタリと、涙が流れる音がした。
貴方の、荒い息遣いが聞こえた。
貴方の、唸るような声が聞こえた。
貴方の、僕を呼ぶ声が聞こえた。
果物のような、そんな甘みを感じた。
お腹の上に、何かが流れるのを感じた。
トラウマが、再現されるのを感じた。
あの人は、もうあの人じゃないと感じた。
この世の裏側を知った。
苦味と酸味を知った。
何か、重大な事を知った。
絶望の、味を知った。
…悪い夢でも…見てるのかな。
ぼとり、と
深い後悔が喉奥に滲む感覚。
腹の底から熱い熱が溢れ出て、止まらない
止まらない
止まらないんだ
止まらない
部屋に飾った絵を破いたあの日のように
母親が無くなり父と二人になったあの日のように
感嘆した
敗れた方が美しくて
感嘆した
破れた方が綺麗で
私は今も生きている
だが然しながら、私の生は18で途絶えるでしょう。
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