《五鳳繚乱~運命の紅い痣~》

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第八章:赤月の覚醒

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第八章:赤月の覚醒
赤い月の光が病室の床を染めていく。蘇玲瓏はベッドの下に隠された短剣を掌で確かめた。冷たい金属の感触は、氷の宮殿で握りしめた剣とまったく同じだった。

「これは...どうして...」

短剣の柄に刻まれた「玲瓏」の文字が微かに脈動する。触れた瞬間、蘇玲瓏の視界が再び歪んだ――

――白衣の裴雲昭(いや、裴雲だ)が、深夜の研究室で密かに培養槽を開ける。
――青白い光を放つ液体の中に浮かぶ、無数の「蘇玲瓏」たち。
――そして、7番の標本だけが、まぶたを微かに震わせる。

「記憶が...戻ってきている...」

ドアの向こうから、規則的な足音が近づいてくる。蘇玲瓏は反射的に短剣を枕の下に隠し、目を閉じて平静を装った。ドアが静かに開き、冷たい空気が流れ込んだ。

「覚醒はまだか」

赫連翊の声だった。蘇玲瓏の肌が鳥肌立つ。三百年前の戦場で聞いたあの声と、実験室で注射器を握る男の声が完全に重なる。

「脳波には異常ありませんが、身体機能の回復に時間がかかっています」

裴雲の冷静な返事。しかし蘇玲瓏は、彼の指が微妙に震えているのを感じ取った。

「天門通過の影響か...」赫連翊の足音がベッドに近づく。「まあいい。第七号は特別だ。他の失敗作のように処分せず、観察を続けよう」

冷たい指が蘇玲瓏の額に触れた。その瞬間、彼女の体内を電流が走った。眉間の奥で何かが「カチリ」とはまる音がした。

「おや...?」

赫連翊の声がわずかに動揺する。蘇玲瓏のまぶたの裏に、青い光の模様が浮かび上がっていた。氷の宮殿の天井にあった星図と同じパターンだ。

「博士、患者のバイタルが急変しています!」

看護師の慌てた声が響く。モニターの警報音がけたたましく鳴り始めた。蘇玲瓏の体がベッドの上で痙攣し始める。

「全員、退け!」

赫連翊の命令と同時に、蘇玲瓏の目がぱっちりと開いた。瞳は完全な瑠璃色に染まり、長い黒髪が重力に逆らって浮き上がる。

「赫連翊...」

蘇玲瓏の声には、二重三重の響きが重なっていた。古代の巫女と現代の実験体、そして何かもっと古い存在の声が混ざり合っている。

病室のガラスが一斉に割れ、赤い月の光が奔流のように流入してきた。光は蘇玲瓏の周りで渦を巻き、青い衣装に変容していく――まさに氷の宮殿で着ていたものと同じだ。

「ついに目覚めたか」

赫連翊の目が興奮で輝く。彼は白衣を払いのけ、首から下げた赤い宝石を握りしめた。

「待て、赫連翊!」裴雲が間に割って入る。「彼女はもうお前の実験体ではない。天門を超えた完全な『器』だ!」

「だからこそだ!」赫連翊の宝石が不気味な赤い光を放つ。「三百年前に完成させた術式を、今こそ完結させる!」

蘇玲瓏の手が自然と動き、枕の下の短剣を握った。刃が月の光を反射し、病室の壁に古代文字の影を映し出す。

「赫連翊...あなたは...」

記憶の洪水が蘇玲瓏を襲う。三百年前、赤子を祭壇に捧げようとした男。現代で、無数のクローン体を作り出した科学者。どちらも同じ魂の持ち主だった。

「私の研究のためなら、いくつもの時代を超えてきた」赫連翊の顔が歪む。「お前は最高の素材だ。古代の巫女の魂と、現代の調整された肉体...」

突然、病院の非常ベルが鳴り響いた。天井のスプリンクラーから水が噴き出し、それが一瞬で氷の粒に変わる。

「もう遅い」蘇玲瓏が短剣を構える。「私はもう、あなたの『器』ではない」

短剣から青い炎が噴き上がり、それが床に広がって複雑な紋様を描く。氷の宮殿で見た封印陣と同じものだ。

「蘇玲瓏!」裴雲の叫び声。

赫連翊の宝石が破裂し、無数の赤い針が蘇玲瓏に向かって飛ぶ。しかしそれらは全て、空中で青い炎に飲み込まれた。

「不可能だ...この術式は...!」

赫連翊が後ずさる。蘇玲瓏の背後に、巨大な門の虚像が浮かび上がる。金色の天門ではなく、深い青に輝くもう一つの門だ。

「天門には対がある」蘇玲瓏の声が次第に巫女らしい響きを帯びる。「『地の門』こそが、あなたの野望を封じるもの」

病院の壁が震え始め、コンクリートから無数の氷の蔓が生え出す。それらは赫連翊の手足に絡みつき、ゆっくりと凍結させていく。

「くっ...!裴雲、お前もか!」

赫連翊が怒りの視線を投げる。しかし裴雲は静かに蘇玲瓏の側に立ち、古代語で何かをつぶやいた。彼の手から青い光が流れ出し、蘇玲瓏の短剣と共鳴する。

「お前たち...まさか...」

赫連翊の体が氷に覆われていく中、彼の目だけが恐怖と怒りで燃えていた。

「三百年前に仕組まれた...この結末...!」

「いいえ」蘇玲瓏が短剣をかざす。「これは、今この瞬間に選ばれた未来です」

青い門が完全に開き、眩い光が赫連翊を飲み込む。最後まで抵抗する彼の手が、蘇玲瓏の腕をつかもうとするが――

パリンと氷が砕ける音がして、赫連翊の姿が消えた。同時に病院全体が激しく揺れ、現実が歪んでいくような感覚に襲われる。

「蘇玲瓏!」

裴雲の手が彼女の肩をつかむ。彼の目は完全に古代の宰相の時の色に変わっていた。

「門が閉じる前に、ここを脱出しなければ」

床の紋様が光を増し、病室の風景が次第に溶けていく。窓の外の赤い月が不自然に膨らみ、まるでこちらの世界を飲み込もうとするかのようだ。

「どこへ...?」

「お前の本当の居場所へ」裴雲(いや、今はもう明らかに裴雲昭)が力強く言った。「三百年前に私が約束した場所だ」

蘇玲瓏の短剣が輝き、二人を包み込む。最後に見えたのは、崩れゆく病院の天井に浮かんだ、あの見覚えのある星図だった。

そして意識が遠のく中、蘇玲瓏は確かに感じた――今度こそ、本当の「目覚め」が訪れることを。
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