《五鳳繚乱~運命の紅い痣~》

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第十章:選択の代償

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第十章:選択の代償

白い光の中、蘇玲瓏は自分の体が細かい粒子に分解されていくのを感じた。意識はくっきりとしているのに、手足の感覚が失われていく。まるで天門をくぐり抜けた時の感覚──だが、今回は自らの意思でこの状態を選んだ。

「どちらも…選ばない…」

その決意が光と共鳴した瞬間、視界が急変した。

***

「──玲瓏!」

耳元で聞き覚えのある声がした。目を開けると、そこは見知らぬ部屋だった。木造の天井、紙でできた障子、そして自分を見下ろす若い男の顔──

「雲昭…?」

しかし違った。この男は裴雲昭にしては若すぎる。二十歳前後だろうか。しかも、装束は裴家の家臣のものだ。

「目が覚めたか!心配したぞ」

男は安堵の表情を浮かべ、後ろを振り返った。
「ご主人様!ついに目が覚めました!」

ドアが勢いよく開き、駆け込んできた人物に蘇玲瓏は息を飲んだ。

──紛れもない裴雲昭だった。

だが、年齢は三十代半ば。宰相時代よりも若く、将軍時代の面影を残している。

「玲瓏」

その声に、蘇玲瓏の背筋が震えた。この時代の自分と彼は、どんな関係だったのか。記憶がない。

「心配させたな」

裴雲昭がベッドに近づき、手を差し伸べる。蘇玲瓏は思わず身を引いた。

「…どうかされた?」

「いえ…ただ、少し…」

言葉を失う蘇玲瓏に、裴雲昭の目に疑惑の色が浮かぶ。

「星読みの儀式で何か見たのか?」

星読み。その言葉で蘇玲瓏の頭が鋭く疼いた。断片的な映像が浮かぶ。

──夜空に向かって祈る自分。
──青い光に包まれる祭壇。
──そして、赤い月。

「赫連…翊…」

呟いた名前で部屋の空気が凍りついた。若い家臣の顔がこわばり、裴雲昭の目が鋭く光る。

「どこでその名を」

「わかりません…ただ、頭に浮かんで…」

蘇玲瓏は必死に演技した。この時代の自分が知っているはずのことを、何も覚えていない。

裴雲昭は深くため息をつき、家臣に目配せした。
「外に出よ」

家臣が退出すると、裴雲昭は蘇玲瓏のベッドの縁に腰を下ろした。

「星読みの最中に倒れてから三日。お前が口にしたのは赫連の名だけではない」

蘇玲瓏の喉が乾いた。

「…他に何を?」

「『天門』『赤い月』『実験体』…」裴雲昭の目が細くなる。「そして『私を殺せ』と」

蘇玲瓏の体が震えた。これは…未来の記憶が過去に漏れ出しているのか?

「玲瓏」裴雲昭の声が低く響く。「お前は何を見た?」

「私は…」

答えに詰まった瞬間、障子の外で物音がした。裴雲昭の剣が素早く鞘を離れる。

「誰だ!」

障子が滑り開き、現れたのは──

「久しぶりだな、宰相閣下」

現代の裴雲だった。

軍服姿ではなく、白い研究着を着ている。しかし、腰には青い短剣が下げられている。

「何者だ!」

裴雲昭の剣が突き出されるが、研究着の男は冷静に言った。

「時間がない。玲瓏、覚えているか? あの夜、病院で約束したこと」

蘇玲瓏の心臓が高鳴る。これは…現代から追ってきたのか?

「待て!」裴雲昭が割り込む。「お前はいったい──」

「彼女と同じく『時代の迷子』だ」

新しい声がした。部屋の隅から、もう一人の人物が現れた。黒衣に身を包み、顔の半分を仮面で覆っている。

「赫連…!」

蘇玲瓏が叫びそうになるのをこらえた。だが違う。この男は赫連翊より背が低く、左目だけが赤く光っている。

「ようやくたどり着いたな、『星の子』よ」

仮面の男が不気味に笑う。

「お前たちは何者だ!」裴雲昭の剣が風を切る。

「説明しよう」研究着の裴雲が静かに言う。「私たちは──」

その時、天井が突如崩れ落ちた。青い炎が吹き上がり、部屋中に星図が浮かび上がる。

「来たか…」仮面の男が呟く。

天井の穴から、赤い月がのぞいている。月の下に、長い黒髪をなびかせた人影が浮かんでいた。

──もう一人の蘇玲瓏だ。

「これは…」

ベッドの蘇玲瓏が目を見張る。空の蘇玲瓏は完全に巫女の装束で、目は青白く光っている。

「選択の時だ」

仮面の男が叫ぶ。

「『星の子』よ! お前が選ばなかった道が、お前を追いかけてきた!」

空の蘇玲瓏が手を伸ばす。ベッドの蘇玲瓏の体が浮き上がり、痛みが全身を走る。

「離せ!」

裴雲昭が剣を振るうが、刃は巫女の蘇玲瓏を素通りする。

「彼女は幻ではない!」研究着の裴雲が叫ぶ。「時間の歪みそのものだ!」

「玲瓏!」裴雲昭が必死に手を伸ばす。「掴まれ!」

蘇玲瓏も手を伸ばそうとするが、指先がすり抜ける。自分の体が半透明になっていることに気づいた。

「遅い」仮面の男が嗤う。「もう彼女はこの時代の存在ではなくなった」

「違う!」

突然、研究着の裴雲が青い短剣を抜き放った。刃が眩い光を放ち、空の蘇玲瓏に向かって飛ぶ。

「ぐあっ!」

巫女の蘇玲瓏が苦悶の表情を浮かべ、手を引っ込める。その隙に、ベッドの蘇玲瓏が床に落下する。

「今だ!」研究着の裴雲が叫ぶ。「選ぶのは今しかない!」

「何を…選べば…」

蘇玲瓏が喘ぎながら問う。仮面の男が答えた。

「『存在する時代』をだ。お前は今、全ての時間から引きはがされている」

部屋がぐらりと傾く。外の景色が歪み、現代のビルや古代の城が混ざり合って見える。

「玲瓏!」裴雲昭の声。「どんなお前でも、この時代で守ってみせる!」

「待ってくれ」研究着の裴雲が笑う。「彼女にはまだ帰る場所がある」

蘇玲瓏の頭が割れるように痛む。選択を迫られている──

1. 過去に留まり、裴雲昭と共に生きる
2. 現代に戻り、もう一人の裴雲と未来を探る
3. どちらも選ばず、新たな道を行く

「迷うな」仮面の男が耳元で囁く。「お前の本心は、すでに決まっている」

蘇玲瓏の目から涙が溢れた。彼女はゆっくりと手を伸ばし──

(次章へ続く)
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