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23話 G60?
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食いすぎた。そう思ってソファーに体重を預け、座る。背もたれに頭をつけて、上を向いていた。
ピザはすべてなくなった。結局、男3人が、ジャンケンで勝ったやつがピザを食うというルールで男気を見せ合い食いきった。こういうとき、勝ち続けるか負け続けるかのどちらかしかないセブンは食い過ぎで本当に苦しそうだった。
いまリビングには俺一人だ。花恋と雷堂の2人はダンスの練習をしている。美月はたぶん自分の部屋。
嵐のようにやってきたピザ屋の店員。もといホストとセブンはそこそこの時間に帰宅した。セブンは家に帰ったが、ホストはまだバイトにいくらしい。スーツに着替えるって言っていたから、また大人な仕事に行ったんだと気づいた。高校生は夜の10時以降働いてはいけない。けれど、10時以降まで働かないと生活できない。ホストはそう言っていた。
「あいつ、やっぱすげーよな」
今もどっかでバイトしてるホストを思った。そんなタイミングでホストからラインがくる。
「時雨ちゃん、ゴチ。おもしろかったわー。また行くから、よろー」
こちらこそ、と返事をうつ。すぐにメッセージが返ってきた。
「暇なとき美月ちゃんに聞いてみ。G60?って」
「G95とかG36なら知ってるけどG60ってなに?」
Gで始まる表記なら、ドイツの会社のアサルトライフルかなと思う。けどG60なんて聞いたことなかった。しかもなんで美月に銃の話なんてするんだ。実は銃が好きなのか? だとしたら一緒にゲームとかしたいんだけど。
ホストは相手の趣味を見抜くというか、会話の中で相手の趣味を探り当てるのがうまいから、もしかしたらと思う。
「逆にそんな太めと細め知ってるのすげー」
驚いたスタンプといっしょにそんなメッセージが届く。太めや細め?なんのことだろう。口径のことか?
そう思い、それは違うぞと返事する。
「いや、両方そんな大きくないよ」
G95とG36は5.56x45mm NATO弾だから、明らかに小口径だ。口径に太い細いって言うか? ふつう大きい、小さいだと思うんだけど。
「大きくもないの?」
恐怖におののくようなスタンプが飛んできた。
「ああ、間違いなく大きくない。小さいほうだ」
「時雨ちゃん、またオレの知らない一面を見つけちゃったよ。大人になったな」
ホストがなんだか意味ありげな返事をしてきた。銃の話題は大人の話題なのか。いや、もともと俺がそういうゲームをずっとしているし、サバイバルゲームにも一緒に行ったことがあるから、知らないはずがないと思うんだけど。
ちょうど会話が切れたタイミングで、別の奴からメッセージが入る。ブルームーンだ。
ノーウェイトで返事を送れるホストと違って、なんて返事をしようか三回ぐらい見返してしまう相手だった。
「飯テロやめろw どうやったら皿の上に料理のってるみたいなピザが来るんだよw風呂で携帯を落としかけたぞ」
さきほどのモンスターピザの写真を送りつけていた。「ピザうめー」とコメントを添えて送った返事が来た。
「インスタ映えするってこういうことか?」
「これアップするのはインスタじゃねえよ、ツイッターだバカ」
「ツイッターかよ、炎上するじゃん。俺のツイッター、おまえしかいいねしてくれねーもん」
「ツイッターそういう場所じゃないから。もっと殺伐としたところだから」
「吉野家かよ」
「殺伐とした吉野家ってなんだよ。って、まて。コピペかww」
「よくわかったな」
そんなやりとりをしているだけ。これがいつも通りの平常運転。でもにやけてしまう。なんだか楽しい。けれど「会いたいな」とはメッセージが打てなかった。ちょっとの勇気がなくてつらい思いをする。けど、メッセージが来るたびにうれしくなる。この浮き沈みはままならなかった。
「うわーーーんっ、しぐれーーーーっっ」
「どうした? いや、なんて恰好してんだ美月」
美月が走ってきた。手にシャンプーを持って、バスタオル姿で走ってくる。
こいつ、バスタオルしか身に着けてないぞ。
「しぐれー、これなにー!? 染みるー。シャンプーじゃないの? なんだかとっても痛いのよ」
「これ俺のシャンプーじゃん。スーッとするシャンプー」
俺の夏用シャンプー。爽快感がクセになって年中使っている。
「なんでそんなの置いてるのよ」
「これ慣れると気持ちいいから。けど、前、花恋もシャンプー切らしてさ、使ったときスゲー怒られた。髪ゴワゴワになるって」
「イヤーッ、それはイヤー」
バスタオルの重なってるところを、きっちり手で持ちながら美月が叫ぶ。
きっちり持っているけれど、濡れた太ももとか、バスタオル越しでもわかるおっぱいの大きさとか、雫がしたたる谷間とかを見えてしまう。いや、見つめてしまう。美月の肌が水を弾くせいで、水滴が粒になって体の上を滑っている。その水滴に光が反射し、光るせいで思わず目で追ってしまっている。それに、濡れた髪の毛が体に張り付いていてエロかった。
「おまえ、無防備すぎるぞ」
「しぐれが起きなかったり、変なシャンプー置いたりしてるせいじゃないのー。一応、言っておくわ。しぐれ以外にこんなことしないんだからね?」
美月はイタズラにそんなこと言う。
「はやく洗わなきゃ、もーっ」
そう言いながら美月は風呂場へ戻る。戻る背中から一瞬たりとも目線を外せなかった。
俺が見ていることに美月は気づいているらしい。風呂場のほうから、バスタオルを持った白い腕が伸びてくる。バスタオルが一枚、広げて持たれていた。ということは美月のやつ、いま裸……?
「からかいがいがあって好きよ」
笑い声とそんな声が聞こえてきて、バスタオルがはらりと落ちる。落ちると思ったら美月がひょっこり顔を出してくる。「えっち」口の形だけでそう言った。足音が遠ざかった。足音が小さくなって、俺の鼓動が大きくなっているのに気が付いた。すごくドキドキしている。
「あいつはやっぱり小悪魔だ」
興奮を収めようとして、そう言った。
ブルームーンとメッセージのやりとりにドキドキしているのか、美月の裸に近い姿を見たからドキドキしているのかわからない。
よくよく考えると、同級生と住むことになったって、とんでもなく刺激的な出来事だった。
突然のことで面倒くさいな、ぐらいしか思ってなかったけれどこれってもしやラッキーなのでは。そう思いながら、長い黒髪のピアニストの姿を思い出す。
だめだ、だめだ。
美月といると、なんていうか、勘違いしそうになる。ブルームーンを忘れそうになる。すこし気を引き締めたほうがいいかもしれない。
そう思いながらもブルームーンとチャットをしていて、にやける俺だった。
チャットに夢中になると、どうも時間の感覚がなくなってしまう。美月が風呂からあがって歩いてきていた。
「ただーいまっ。たのしそうね?」
「そりゃな。あ、そうだ美月」
「んーっ?」
氷の入ったグラスを傾けながら、美月は携帯を見ている。その横顔を見ながら美月に聞いてみたいことがあったんだと思い出した。さっきホストに言われたことだ。
「美月さ、G60って心当たりある?」
カチン。
美月が固まった。グラスの氷が澄んだ音を立てる。
花恋がたまにやるロボットダンスみたいに、不自然な動きで首を動かしてこちらを見てくる。口は少し空いていて、唇を震わせていた。
「……の……ズよ……それ」
「えっ、なんて?」
美月でもこんな表情するんだと驚いた。いつも元気で楽しそうな美月の表情が固まっている。恥ずかしそうで、でも驚いているような顔をしていた。
「わたしの、ブラのサイズよ、それーーーっ。しぐれのおっぱいスカウターッ」
美月はにげだした。
顔を真っ赤にして、逃げるように階段を上る。ドアを閉める大きな音が聞こえた。
俺はグーグルでG60と検索してみる。アンダーバストとカップの関係を知ることになるとは思わなかった。
このあとすぐに、機嫌を損ねた美月に謝罪した。「びっくりしたんだから」と戸惑う美月は、どうにか許してくれたらしい。
そんなこんなを終えて、ようやく自分の部屋に帰ってくる。ちょうど携帯が震えた。
ブルームーンからチャットが飛んできた。
「ゲームしよう」
「オッケー」
これには二つ返事で答えた。
「ディスコードで待ってる」
そう連絡を受け、連絡手段をディスコに移動する。
パソコンから音声通話ソフトを立ち上げる。紫色のソフトは俺らみたいなゲーマー向けのソフトだった。
ヘッドセットをつけて、通話に入る。
「おっそい」
さわやかな男の声が響いた。いつもボイチェンで声を変えているブルームーンの声がまた変わっている。声質だけじゃなくて、たぶん話す口調とかも変えてるんだろうなと思う。
「わり、ちょっと色々あってな。ボイチェン変えた?」
「変えたよ、こっちのほうが好みだから。今日なにする?」
わざわざ声をかえるのに、好みまで反映するのはいかがなものなのか。最初のころの甲高い機会音声よりはマシか。
「FPSかTPSかMOBAかな」
「サドンかAVA? CODかBF? 戦車か航空機か舟か? それともLOLか? なにがいいって聞けばいいか?」
「いろんなゲームやってきたよな。ランクとかレベル、ティアやプレステージ目標にやっててもすぐ上がるからなあ」
「しかもうちら、1つのゲーム極める系のゲーマーじゃないからな。キルレも1超えてれば気にしないし」
俺のサボり期間、ブルームーンは毎日のようにゲームに付き合ってくれた。思い返すとバカみたいに遊んでいた。良く付き合ってくれたと思う。
「よし、バトロワやりたい」
「どのドン勝いく?」
「チャンピオンになるぞ」
「わかった。ヒーラーもらう」
「スカウトで出るわ、ウルト強いし。チャンプとかウルトとか言ってるとLOLっぽい」
「ジャングルでドラゴンと遊んでろ。勝つとき空気、負けるとき戦犯野郎」
「ジャングルからすべてのレーンを動かすから。あのゲーム、ジャングルゲーだから」
「バカいってないで、いくぞ。招待送ったから」
「うし、いくかー。アイテム多いとこ降りような」
「開幕さ、アイテム多いとこ行ってるのに、いつも銃ないって叫びまわって、銃持ってる敵プレイヤーを格闘で殺しに行ってるだろ」
「俺が負けても、ブルームーンが撃ち勝って蘇生してくれるからな」
「ふん、立ち上がりの悪いやつ」
ゲーム画面が切り替わる。
バトルロワイヤルがはじまり、マップに降りた。
俺は「銃が無い銃が無い」と叫んで回って、やっぱり殺された。
周りに敵が6人もいる状態で、俺は死んだ。俺の上に銃弾が通る。敵のチーム同士がドンパチやっている。
そんな中、俺だけが見えるブルームーンのアイコンが近づいてきていた。
「見えてるだけで6人はいるぞ、ムリムリ」
「98人相手にしてるのに6人ぐらいでひるむかよ。愛銃拾ったからgank決める」
ブルームーンがまたたく間に割って入り、一帯を制圧し、俺を蘇生してくれる。
「無茶しすぎだろ、ふつう凸るか、そこ」
「黙って蘇生されてろ」
蘇生の間、ひまだったので聞いてみた。
「G60って聞いてさ、なにかわかる?」
「……60? ARにそんなのあった?」
「だよなー」
マガジンって聞いたら少年誌より早く、弾倉のことを思い浮かべる俺らだ。おっぱいのサイズとは思わないだろう。
そんなことを言いながら、ときに真剣にゲームをしていた。俺の出番はほぼ無く、ブルームーンがひとりで試合を決めてしまったのはいつも通りだ。そしてまた言われてしまった。
「勝ったとき、マジで空気だな」
このセリフに激怒した俺は、次の試合こそはと意気込んだ。
「ないよ、銃ないよぉ」
ゲーム開始直後、俺が叫ぶ前にブルームーンに煽られたのは、言うまでもない。
ピザはすべてなくなった。結局、男3人が、ジャンケンで勝ったやつがピザを食うというルールで男気を見せ合い食いきった。こういうとき、勝ち続けるか負け続けるかのどちらかしかないセブンは食い過ぎで本当に苦しそうだった。
いまリビングには俺一人だ。花恋と雷堂の2人はダンスの練習をしている。美月はたぶん自分の部屋。
嵐のようにやってきたピザ屋の店員。もといホストとセブンはそこそこの時間に帰宅した。セブンは家に帰ったが、ホストはまだバイトにいくらしい。スーツに着替えるって言っていたから、また大人な仕事に行ったんだと気づいた。高校生は夜の10時以降働いてはいけない。けれど、10時以降まで働かないと生活できない。ホストはそう言っていた。
「あいつ、やっぱすげーよな」
今もどっかでバイトしてるホストを思った。そんなタイミングでホストからラインがくる。
「時雨ちゃん、ゴチ。おもしろかったわー。また行くから、よろー」
こちらこそ、と返事をうつ。すぐにメッセージが返ってきた。
「暇なとき美月ちゃんに聞いてみ。G60?って」
「G95とかG36なら知ってるけどG60ってなに?」
Gで始まる表記なら、ドイツの会社のアサルトライフルかなと思う。けどG60なんて聞いたことなかった。しかもなんで美月に銃の話なんてするんだ。実は銃が好きなのか? だとしたら一緒にゲームとかしたいんだけど。
ホストは相手の趣味を見抜くというか、会話の中で相手の趣味を探り当てるのがうまいから、もしかしたらと思う。
「逆にそんな太めと細め知ってるのすげー」
驚いたスタンプといっしょにそんなメッセージが届く。太めや細め?なんのことだろう。口径のことか?
そう思い、それは違うぞと返事する。
「いや、両方そんな大きくないよ」
G95とG36は5.56x45mm NATO弾だから、明らかに小口径だ。口径に太い細いって言うか? ふつう大きい、小さいだと思うんだけど。
「大きくもないの?」
恐怖におののくようなスタンプが飛んできた。
「ああ、間違いなく大きくない。小さいほうだ」
「時雨ちゃん、またオレの知らない一面を見つけちゃったよ。大人になったな」
ホストがなんだか意味ありげな返事をしてきた。銃の話題は大人の話題なのか。いや、もともと俺がそういうゲームをずっとしているし、サバイバルゲームにも一緒に行ったことがあるから、知らないはずがないと思うんだけど。
ちょうど会話が切れたタイミングで、別の奴からメッセージが入る。ブルームーンだ。
ノーウェイトで返事を送れるホストと違って、なんて返事をしようか三回ぐらい見返してしまう相手だった。
「飯テロやめろw どうやったら皿の上に料理のってるみたいなピザが来るんだよw風呂で携帯を落としかけたぞ」
さきほどのモンスターピザの写真を送りつけていた。「ピザうめー」とコメントを添えて送った返事が来た。
「インスタ映えするってこういうことか?」
「これアップするのはインスタじゃねえよ、ツイッターだバカ」
「ツイッターかよ、炎上するじゃん。俺のツイッター、おまえしかいいねしてくれねーもん」
「ツイッターそういう場所じゃないから。もっと殺伐としたところだから」
「吉野家かよ」
「殺伐とした吉野家ってなんだよ。って、まて。コピペかww」
「よくわかったな」
そんなやりとりをしているだけ。これがいつも通りの平常運転。でもにやけてしまう。なんだか楽しい。けれど「会いたいな」とはメッセージが打てなかった。ちょっとの勇気がなくてつらい思いをする。けど、メッセージが来るたびにうれしくなる。この浮き沈みはままならなかった。
「うわーーーんっ、しぐれーーーーっっ」
「どうした? いや、なんて恰好してんだ美月」
美月が走ってきた。手にシャンプーを持って、バスタオル姿で走ってくる。
こいつ、バスタオルしか身に着けてないぞ。
「しぐれー、これなにー!? 染みるー。シャンプーじゃないの? なんだかとっても痛いのよ」
「これ俺のシャンプーじゃん。スーッとするシャンプー」
俺の夏用シャンプー。爽快感がクセになって年中使っている。
「なんでそんなの置いてるのよ」
「これ慣れると気持ちいいから。けど、前、花恋もシャンプー切らしてさ、使ったときスゲー怒られた。髪ゴワゴワになるって」
「イヤーッ、それはイヤー」
バスタオルの重なってるところを、きっちり手で持ちながら美月が叫ぶ。
きっちり持っているけれど、濡れた太ももとか、バスタオル越しでもわかるおっぱいの大きさとか、雫がしたたる谷間とかを見えてしまう。いや、見つめてしまう。美月の肌が水を弾くせいで、水滴が粒になって体の上を滑っている。その水滴に光が反射し、光るせいで思わず目で追ってしまっている。それに、濡れた髪の毛が体に張り付いていてエロかった。
「おまえ、無防備すぎるぞ」
「しぐれが起きなかったり、変なシャンプー置いたりしてるせいじゃないのー。一応、言っておくわ。しぐれ以外にこんなことしないんだからね?」
美月はイタズラにそんなこと言う。
「はやく洗わなきゃ、もーっ」
そう言いながら美月は風呂場へ戻る。戻る背中から一瞬たりとも目線を外せなかった。
俺が見ていることに美月は気づいているらしい。風呂場のほうから、バスタオルを持った白い腕が伸びてくる。バスタオルが一枚、広げて持たれていた。ということは美月のやつ、いま裸……?
「からかいがいがあって好きよ」
笑い声とそんな声が聞こえてきて、バスタオルがはらりと落ちる。落ちると思ったら美月がひょっこり顔を出してくる。「えっち」口の形だけでそう言った。足音が遠ざかった。足音が小さくなって、俺の鼓動が大きくなっているのに気が付いた。すごくドキドキしている。
「あいつはやっぱり小悪魔だ」
興奮を収めようとして、そう言った。
ブルームーンとメッセージのやりとりにドキドキしているのか、美月の裸に近い姿を見たからドキドキしているのかわからない。
よくよく考えると、同級生と住むことになったって、とんでもなく刺激的な出来事だった。
突然のことで面倒くさいな、ぐらいしか思ってなかったけれどこれってもしやラッキーなのでは。そう思いながら、長い黒髪のピアニストの姿を思い出す。
だめだ、だめだ。
美月といると、なんていうか、勘違いしそうになる。ブルームーンを忘れそうになる。すこし気を引き締めたほうがいいかもしれない。
そう思いながらもブルームーンとチャットをしていて、にやける俺だった。
チャットに夢中になると、どうも時間の感覚がなくなってしまう。美月が風呂からあがって歩いてきていた。
「ただーいまっ。たのしそうね?」
「そりゃな。あ、そうだ美月」
「んーっ?」
氷の入ったグラスを傾けながら、美月は携帯を見ている。その横顔を見ながら美月に聞いてみたいことがあったんだと思い出した。さっきホストに言われたことだ。
「美月さ、G60って心当たりある?」
カチン。
美月が固まった。グラスの氷が澄んだ音を立てる。
花恋がたまにやるロボットダンスみたいに、不自然な動きで首を動かしてこちらを見てくる。口は少し空いていて、唇を震わせていた。
「……の……ズよ……それ」
「えっ、なんて?」
美月でもこんな表情するんだと驚いた。いつも元気で楽しそうな美月の表情が固まっている。恥ずかしそうで、でも驚いているような顔をしていた。
「わたしの、ブラのサイズよ、それーーーっ。しぐれのおっぱいスカウターッ」
美月はにげだした。
顔を真っ赤にして、逃げるように階段を上る。ドアを閉める大きな音が聞こえた。
俺はグーグルでG60と検索してみる。アンダーバストとカップの関係を知ることになるとは思わなかった。
このあとすぐに、機嫌を損ねた美月に謝罪した。「びっくりしたんだから」と戸惑う美月は、どうにか許してくれたらしい。
そんなこんなを終えて、ようやく自分の部屋に帰ってくる。ちょうど携帯が震えた。
ブルームーンからチャットが飛んできた。
「ゲームしよう」
「オッケー」
これには二つ返事で答えた。
「ディスコードで待ってる」
そう連絡を受け、連絡手段をディスコに移動する。
パソコンから音声通話ソフトを立ち上げる。紫色のソフトは俺らみたいなゲーマー向けのソフトだった。
ヘッドセットをつけて、通話に入る。
「おっそい」
さわやかな男の声が響いた。いつもボイチェンで声を変えているブルームーンの声がまた変わっている。声質だけじゃなくて、たぶん話す口調とかも変えてるんだろうなと思う。
「わり、ちょっと色々あってな。ボイチェン変えた?」
「変えたよ、こっちのほうが好みだから。今日なにする?」
わざわざ声をかえるのに、好みまで反映するのはいかがなものなのか。最初のころの甲高い機会音声よりはマシか。
「FPSかTPSかMOBAかな」
「サドンかAVA? CODかBF? 戦車か航空機か舟か? それともLOLか? なにがいいって聞けばいいか?」
「いろんなゲームやってきたよな。ランクとかレベル、ティアやプレステージ目標にやっててもすぐ上がるからなあ」
「しかもうちら、1つのゲーム極める系のゲーマーじゃないからな。キルレも1超えてれば気にしないし」
俺のサボり期間、ブルームーンは毎日のようにゲームに付き合ってくれた。思い返すとバカみたいに遊んでいた。良く付き合ってくれたと思う。
「よし、バトロワやりたい」
「どのドン勝いく?」
「チャンピオンになるぞ」
「わかった。ヒーラーもらう」
「スカウトで出るわ、ウルト強いし。チャンプとかウルトとか言ってるとLOLっぽい」
「ジャングルでドラゴンと遊んでろ。勝つとき空気、負けるとき戦犯野郎」
「ジャングルからすべてのレーンを動かすから。あのゲーム、ジャングルゲーだから」
「バカいってないで、いくぞ。招待送ったから」
「うし、いくかー。アイテム多いとこ降りような」
「開幕さ、アイテム多いとこ行ってるのに、いつも銃ないって叫びまわって、銃持ってる敵プレイヤーを格闘で殺しに行ってるだろ」
「俺が負けても、ブルームーンが撃ち勝って蘇生してくれるからな」
「ふん、立ち上がりの悪いやつ」
ゲーム画面が切り替わる。
バトルロワイヤルがはじまり、マップに降りた。
俺は「銃が無い銃が無い」と叫んで回って、やっぱり殺された。
周りに敵が6人もいる状態で、俺は死んだ。俺の上に銃弾が通る。敵のチーム同士がドンパチやっている。
そんな中、俺だけが見えるブルームーンのアイコンが近づいてきていた。
「見えてるだけで6人はいるぞ、ムリムリ」
「98人相手にしてるのに6人ぐらいでひるむかよ。愛銃拾ったからgank決める」
ブルームーンがまたたく間に割って入り、一帯を制圧し、俺を蘇生してくれる。
「無茶しすぎだろ、ふつう凸るか、そこ」
「黙って蘇生されてろ」
蘇生の間、ひまだったので聞いてみた。
「G60って聞いてさ、なにかわかる?」
「……60? ARにそんなのあった?」
「だよなー」
マガジンって聞いたら少年誌より早く、弾倉のことを思い浮かべる俺らだ。おっぱいのサイズとは思わないだろう。
そんなことを言いながら、ときに真剣にゲームをしていた。俺の出番はほぼ無く、ブルームーンがひとりで試合を決めてしまったのはいつも通りだ。そしてまた言われてしまった。
「勝ったとき、マジで空気だな」
このセリフに激怒した俺は、次の試合こそはと意気込んだ。
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