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29話 焼肉奉行、天宮時雨
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厚くカットされた牛のタンが、白い皿の上にたくさん盛りつけられてきた。皿の上に、カットされたレモンもある。
「焼いていい? 焼いていい?」
「だめ、だめ。網があたたまってない。30秒ぐらい待ってから」
待ちきれない俺は、雪姫に待てをくらってしまった。唇を尖らせて美月を見る。
「そんな顔しても、ダメよ。ダメなんだから。……ねえ、奏さん、ちょっと火が強いし20秒ぐらいでいいんじゃないかしら」
「甘い、甘いよ皇樹」
「……だってぇ~。すっごい見つめてくるんだもん」
「なあ、雪姫。……いいだろ?」
俺はチワワのように雪姫を見つめてみる。
雪姫は氷のような目をする。
「こっち見んな」
「ひっでえ」
見事に一蹴されてしまった。
「雑音、よしっ」
正確に時間を測っていたらしい雪姫は、俺に向かってゴーサインを出してくる。
「よっしゃ」
俺は網の上に肉をのせる。網の上に9枚、肉を敷いた。網の上が肉で埋まりしあわせになった。
火力の強い網の真ん中と、火力の弱い網の端の肉を交換し、タンを裏返しながらカリッカリに焼き上げる。
「わあ、わあ、顔に似合わずいい仕事する」
「任せろ。肉を焼くのは慣れてるんだ」
「しぐれが、なんでお肉焼くの慣れてるの?」
「絶対に自分で肉を焼かない肉食動物と焼肉にくるから。しかもすげー食う」
雷堂とかいう、トラな。
「んー? んー? ……皇樹?」
「ちがうもん! わたし、そんな食べないもん」
「美月はほら、みんなの前で食べないタイプだから。実は食べれると思う」
「だって、いっぱい食べるとはしたないって思われそうなんだもの」
「気にしない、気にしない。そんな小さいこと気にする男、付き合わないほういい」
「俺はいっぱい食べる女子のほうが好きだ。理想のタイプはいっしょに牛丼屋いってくれる女の子」
雪姫が「おっ」と声を出して、言う。
「雑音、雑音。あたし1日3食牛丼でも大丈夫」
「雪姫、今度、牛丼屋でデートしよう。卵おごる」
「いく、いく。豚汁もいい?」
「しょうがねえ、おごってやるよ」
「うん、うん。やった、ごちそうだ」
機嫌よく頭を揺らしたおかげで、ポニーテールが左右に揺れていた。
「しぐれぇ……わたし、牛丼屋にいったことないわ。わたしも行くぅ」
さみしそうに美月が言っていた。お嬢様って牛丼屋にも行かないんだ。いや、そうだよなと思う。
「美月、今度、牛丼いこう。ちなみにクレジットカード使えないから」
「だ、大丈夫よ。ちゃんとお金、持ち歩いてるもの」
「えらいじゃん。進歩したな」
「でしょー? えへへー」
目を細めてほほを染めながら、美月は笑う。
「雑音、雑音、たべれる? たべていい? というか、もう、生でもたべる。お前ら見てると、いつまでたっても煮え切らなさそう」
ハサミで肉に切れ込みを入れてみた。外はカリカリキツネ色、中身はわずかに一部だけ、ピンク色になっている。
それを見た雪姫がさっと網の上で箸をうごかして一口で肉を食べた。
「あっふぁ、あっふぁ、ふぁーおいしーっ」
珍しく素直な雪姫がそういう。焼肉を食べたい欲が満たされたようだ。
俺はトングからレモンに持ち替える。
自分が食べる肉にレモンをかけた。九鬼先生がやっていたように、皮を下にしてキュッとしぼる。
俺も、がまんできない。
鉄製の重い箸で、念願のタンを食らった。おいしい。ほんとうにおいしい。よくかんで、噛めば噛むほどあふれ出てくるうまみがおいしい。前にそう言ったときに雷堂に「牛とのディープキス」って言われたのを忘れるぐらい美味しい。
となりでは、美月がすこしだけ塩をふるような味付けでお肉を食べていた。
「んっ、んん~~~~っ」
おいしいとは言ってないけれど、おいしいっていうのが伝わってくる。
あっという間に網の上に肉がなくなり、網が見えてしまう。
「雑音、つぎだ、つぎ」
雪姫がそういうと、店員さんが聞いていたかのようにロースを持ってくる。「上ロースです」と置かれたお皿は、綺麗に白い線の入った赤い肉が並べられていた。
「こんな感じか」
俺は皿を持ち、肉を並べる。網の上は均等に並べるのが正解でない。焼き加減を調整して置くのが正解だ。ロースはさっと焼くと思っていたが、このロース、厚くて脂が多い。表面に焼き色がついたロースを網の中央に移動させる。高温で焼き上げ、しっかり焼き目をつける。
やっと、食べごろのベストタイミングになったと思った。
顔を上げると雪姫と美月が俺を見ていた。
「どうしたよ」
「料理できる男子って素敵だなーって思って」
「そう、そう。雑音と焼肉に来て正解だった。楽できる」
「う、うっせえ。ほら、焼けたぞ。たんと食え」
カリッと焼いたロースを焼肉のたれをつけて食べる。口のなかで幸せが広がった。柔らかいロースが噛みしめることなく、口の中で甘いうまみが広がっていく。フルーティーでコクのきいた焼肉のたれが牛肉のうまみを引き立てる。
ああ、おいしい。
雪姫は、はやいピッチで焼けた肉を食べる。味付けはなにもせず、そのまま食べている。口の中で常に肉を味わっていないと落ち着かないみたいに、つぎつぎに肉を箸で運んでいた。
美月はわさびと大根おろしをまぜたソースをつくり、精いっぱい味を楽しんでいた。
「雪姫、次なに頼むよ」
「カルビ、カルビ。10……いや、30人前」
「うん? 奏さん、いま何人前って?」
「えっと、えっと。ひとりあたま10人前」
そのぐらいたべるだろ?
きらきらした目で見つめながら首をかしげてみせる雪姫。
「カルビ、10人前で頼んだ」
タッチパネルを操作して特上カルビなる肉をたのんだ。
となりを見ると美月が口をポカンと開けて俺を見ている。
「いける、いける。あたしひとりで30人前いけるし」
もくもくと、網の上を掃除するように肉を食べながら雪姫が言った。俺の口もポカンと空いた。
「美月も遠慮しないでいいぞ。いっぱい食べよう、いっぱい食べて、帰って寝よう」
「うん、そうしましょう。 よーっし、食べるわよ」
となりで美月が拳を握り、ぐっと力を入れて気合を入れなおした。
大皿に盛りつけられたカルビがテーブルに到着する。
花のようにきれいに盛り付けられた四角くカットされたサシのはいった肉は、置いておくだけでうまみのつまった脂が浮いてきそうなほど輝いていた。
我慢のできない俺は見て楽しむのをやめて、網の上にその肉を並べた。
脂の多い肉を焼くのに時間がかかるからと言い訳をしながら、はやく食べたいという衝動のままにトングを動かした。
カルビを焼くときに、大事なことはひとつだけ。ひっくり返すのは一回だけにすること。そのタイミングを間違えなければ、おいしく焼ける。
肉から脂が落ち、少しちいさくなる。肉からしたたり落ちる脂に、炎が赤く燃え上がり、ちらつきはじめた。頃合いだと思い、肉を裏返す。すこし焦げ目がつき、いい感じの焼き色になっていた。すばやく肉を裏返す。裏面は軽くあぶるだけ。もう、肉は食べれる状態になった。
俺がトングを置くと、みんなの箸がうごく。
「ああ、おいしい、おいしい。やっぱり、焼肉は最高だよー」
雪姫が笑った。
笑みをこぼし、体をくねらせながら、喜びながら高い声を出す。
焼肉、最高かよ。
興奮した美月が俺の肩を叩いてくる。口元に手を当てながら、頷いて目を見開いている。
なんだ、みんな喜んでくれてよかった。
口を開けば「おいしい」しか言わない3人で、焼肉を食べ続けた。みんなたべることや、焼くことに真剣になっていた。
雪姫は、ほんとうにカルビ10人前を3回おかわりして、さらに食い続けた。雪姫が言う30人前は食べる宣言は、すくなめに見積もられた数字だったことだけはいっておきたい。
美月はいちばん楽しんでいたと思う。調味料の工夫や食べ方の工夫でいろんな味わい方をしていた。となりでうれしそうに食べるものだから、俺までうれしくなった。
「ごちそうさま」の声を3人で合わせてから、席を立つ。
「焼いていい? 焼いていい?」
「だめ、だめ。網があたたまってない。30秒ぐらい待ってから」
待ちきれない俺は、雪姫に待てをくらってしまった。唇を尖らせて美月を見る。
「そんな顔しても、ダメよ。ダメなんだから。……ねえ、奏さん、ちょっと火が強いし20秒ぐらいでいいんじゃないかしら」
「甘い、甘いよ皇樹」
「……だってぇ~。すっごい見つめてくるんだもん」
「なあ、雪姫。……いいだろ?」
俺はチワワのように雪姫を見つめてみる。
雪姫は氷のような目をする。
「こっち見んな」
「ひっでえ」
見事に一蹴されてしまった。
「雑音、よしっ」
正確に時間を測っていたらしい雪姫は、俺に向かってゴーサインを出してくる。
「よっしゃ」
俺は網の上に肉をのせる。網の上に9枚、肉を敷いた。網の上が肉で埋まりしあわせになった。
火力の強い網の真ん中と、火力の弱い網の端の肉を交換し、タンを裏返しながらカリッカリに焼き上げる。
「わあ、わあ、顔に似合わずいい仕事する」
「任せろ。肉を焼くのは慣れてるんだ」
「しぐれが、なんでお肉焼くの慣れてるの?」
「絶対に自分で肉を焼かない肉食動物と焼肉にくるから。しかもすげー食う」
雷堂とかいう、トラな。
「んー? んー? ……皇樹?」
「ちがうもん! わたし、そんな食べないもん」
「美月はほら、みんなの前で食べないタイプだから。実は食べれると思う」
「だって、いっぱい食べるとはしたないって思われそうなんだもの」
「気にしない、気にしない。そんな小さいこと気にする男、付き合わないほういい」
「俺はいっぱい食べる女子のほうが好きだ。理想のタイプはいっしょに牛丼屋いってくれる女の子」
雪姫が「おっ」と声を出して、言う。
「雑音、雑音。あたし1日3食牛丼でも大丈夫」
「雪姫、今度、牛丼屋でデートしよう。卵おごる」
「いく、いく。豚汁もいい?」
「しょうがねえ、おごってやるよ」
「うん、うん。やった、ごちそうだ」
機嫌よく頭を揺らしたおかげで、ポニーテールが左右に揺れていた。
「しぐれぇ……わたし、牛丼屋にいったことないわ。わたしも行くぅ」
さみしそうに美月が言っていた。お嬢様って牛丼屋にも行かないんだ。いや、そうだよなと思う。
「美月、今度、牛丼いこう。ちなみにクレジットカード使えないから」
「だ、大丈夫よ。ちゃんとお金、持ち歩いてるもの」
「えらいじゃん。進歩したな」
「でしょー? えへへー」
目を細めてほほを染めながら、美月は笑う。
「雑音、雑音、たべれる? たべていい? というか、もう、生でもたべる。お前ら見てると、いつまでたっても煮え切らなさそう」
ハサミで肉に切れ込みを入れてみた。外はカリカリキツネ色、中身はわずかに一部だけ、ピンク色になっている。
それを見た雪姫がさっと網の上で箸をうごかして一口で肉を食べた。
「あっふぁ、あっふぁ、ふぁーおいしーっ」
珍しく素直な雪姫がそういう。焼肉を食べたい欲が満たされたようだ。
俺はトングからレモンに持ち替える。
自分が食べる肉にレモンをかけた。九鬼先生がやっていたように、皮を下にしてキュッとしぼる。
俺も、がまんできない。
鉄製の重い箸で、念願のタンを食らった。おいしい。ほんとうにおいしい。よくかんで、噛めば噛むほどあふれ出てくるうまみがおいしい。前にそう言ったときに雷堂に「牛とのディープキス」って言われたのを忘れるぐらい美味しい。
となりでは、美月がすこしだけ塩をふるような味付けでお肉を食べていた。
「んっ、んん~~~~っ」
おいしいとは言ってないけれど、おいしいっていうのが伝わってくる。
あっという間に網の上に肉がなくなり、網が見えてしまう。
「雑音、つぎだ、つぎ」
雪姫がそういうと、店員さんが聞いていたかのようにロースを持ってくる。「上ロースです」と置かれたお皿は、綺麗に白い線の入った赤い肉が並べられていた。
「こんな感じか」
俺は皿を持ち、肉を並べる。網の上は均等に並べるのが正解でない。焼き加減を調整して置くのが正解だ。ロースはさっと焼くと思っていたが、このロース、厚くて脂が多い。表面に焼き色がついたロースを網の中央に移動させる。高温で焼き上げ、しっかり焼き目をつける。
やっと、食べごろのベストタイミングになったと思った。
顔を上げると雪姫と美月が俺を見ていた。
「どうしたよ」
「料理できる男子って素敵だなーって思って」
「そう、そう。雑音と焼肉に来て正解だった。楽できる」
「う、うっせえ。ほら、焼けたぞ。たんと食え」
カリッと焼いたロースを焼肉のたれをつけて食べる。口のなかで幸せが広がった。柔らかいロースが噛みしめることなく、口の中で甘いうまみが広がっていく。フルーティーでコクのきいた焼肉のたれが牛肉のうまみを引き立てる。
ああ、おいしい。
雪姫は、はやいピッチで焼けた肉を食べる。味付けはなにもせず、そのまま食べている。口の中で常に肉を味わっていないと落ち着かないみたいに、つぎつぎに肉を箸で運んでいた。
美月はわさびと大根おろしをまぜたソースをつくり、精いっぱい味を楽しんでいた。
「雪姫、次なに頼むよ」
「カルビ、カルビ。10……いや、30人前」
「うん? 奏さん、いま何人前って?」
「えっと、えっと。ひとりあたま10人前」
そのぐらいたべるだろ?
きらきらした目で見つめながら首をかしげてみせる雪姫。
「カルビ、10人前で頼んだ」
タッチパネルを操作して特上カルビなる肉をたのんだ。
となりを見ると美月が口をポカンと開けて俺を見ている。
「いける、いける。あたしひとりで30人前いけるし」
もくもくと、網の上を掃除するように肉を食べながら雪姫が言った。俺の口もポカンと空いた。
「美月も遠慮しないでいいぞ。いっぱい食べよう、いっぱい食べて、帰って寝よう」
「うん、そうしましょう。 よーっし、食べるわよ」
となりで美月が拳を握り、ぐっと力を入れて気合を入れなおした。
大皿に盛りつけられたカルビがテーブルに到着する。
花のようにきれいに盛り付けられた四角くカットされたサシのはいった肉は、置いておくだけでうまみのつまった脂が浮いてきそうなほど輝いていた。
我慢のできない俺は見て楽しむのをやめて、網の上にその肉を並べた。
脂の多い肉を焼くのに時間がかかるからと言い訳をしながら、はやく食べたいという衝動のままにトングを動かした。
カルビを焼くときに、大事なことはひとつだけ。ひっくり返すのは一回だけにすること。そのタイミングを間違えなければ、おいしく焼ける。
肉から脂が落ち、少しちいさくなる。肉からしたたり落ちる脂に、炎が赤く燃え上がり、ちらつきはじめた。頃合いだと思い、肉を裏返す。すこし焦げ目がつき、いい感じの焼き色になっていた。すばやく肉を裏返す。裏面は軽くあぶるだけ。もう、肉は食べれる状態になった。
俺がトングを置くと、みんなの箸がうごく。
「ああ、おいしい、おいしい。やっぱり、焼肉は最高だよー」
雪姫が笑った。
笑みをこぼし、体をくねらせながら、喜びながら高い声を出す。
焼肉、最高かよ。
興奮した美月が俺の肩を叩いてくる。口元に手を当てながら、頷いて目を見開いている。
なんだ、みんな喜んでくれてよかった。
口を開けば「おいしい」しか言わない3人で、焼肉を食べ続けた。みんなたべることや、焼くことに真剣になっていた。
雪姫は、ほんとうにカルビ10人前を3回おかわりして、さらに食い続けた。雪姫が言う30人前は食べる宣言は、すくなめに見積もられた数字だったことだけはいっておきたい。
美月はいちばん楽しんでいたと思う。調味料の工夫や食べ方の工夫でいろんな味わい方をしていた。となりでうれしそうに食べるものだから、俺までうれしくなった。
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