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35話 ピアニスト・クライシス③
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自分の心臓がなるのを感じた。俺は焦りはじめた。
「それ、俺にはどうしたら良いかわからないんですけれど、先生たちはなにかあります?」
「ない。とりあえず、車に乗せて渋滞覚悟で病院に向かうしかない。一度、奏さんのお父様に連絡をいれたい。電話番号を教えてもらえないか」
電話番号を控えた九鬼先生は、東条先生に渡す。
東条先生は雪姫のお父さんに電話をかけた。いまの状態を、話し始めた。
すぐにどうすることもできないらしい。
暗い、いやな雰囲気だった。
「東条先生、奏さんのお父さんと電話を代わっていただきたいです」
美月が立ち上がる。ほんとうによく通る声で、言った。
なにか思いついたんだとすぐにわかるような言い方だった。
東条先生があわてて電話の相手に説明してから、美月に電話を代わる。先生もたじたじだった。
「病院にヘリポートはありますか? はい。それでしたら、ヘリでいきます」
美月は用件だけ告げる。
それだけ言うと、雪姫のとなりに戻って、また雪姫の手を握る。自分の携帯電話で、電話をかけはじめた。
「ほまれ、ヘリを出して。学校まで。友達を病院へ連れて行きたいの。……そう、ありがとう。10分から15分ほどで病院に着きます。学校へ5分後にヘリが来ます。医師も乗ってくるそうです」
俺は言葉もでなかった。
美月の、とんでもない行動の前に、ただただ、すごいとしか思えなかった。
目には、力強い意思を浮かべている。
だれが反対してもわたしはやる。そう思わせるぐらいの決意と行動力だった。
デジャヴだ。この暴力的な行動力、身に覚えがある。俺は、知っている気がする。この無茶苦茶な行動力と周りのことなんてお構いなく自分はいくから、みたいなスタンス。
俺の頬が、けいれんしたようにピクピク動いた。
なにかの間違いかもしれない。俺の、勘でしかない。ただ、その考えがあってる気がしてならない。予感が確信にかわりつつある。
九鬼先生と東条先生が、急いで保健室を離れる。
寝ている雪姫と、それを見守る美月と俺だけが残った。
「美月、あとで話したいことがある」
「わかったわ」
それだけで、悟ったように美月が応えた。
「皇樹、ありがと。いま、なにかしてくれただろ?」
「いいのよ。ちょっとだけ力添えしただけだから。わたしたちが、なんとかするわ」
雪姫は安心したように、目を閉じた。
しばらくして、校内放送がなる。九鬼先生がグラウンドをあけるように言う。東条先生は、自分でグラウンドを走って誘導に行くらしい。
学校の校舎が振動する。
けたたましい音とともに、ヘリがやってきたみたいだ。
これ、雪姫がいつも通りなら一発で機嫌が悪くなってピアノを弾くのをやめてしまうだろうなと思う。雑音どころじゃない、とんでもない騒音が響き渡っている。しかも、いまからこれに乗るとなると、ぜったいにいい顔はしないだろうな。
そう思いながらも美月といっしょに、じっと雪姫を見つめながら待っていた。
軽快な足音が聞こえる。軽い足取りで、だれかが走ってくる。
「お嬢様、少年。お待たせしました。すぐに診察します」
「ありがとう、ほまれ」
「到着が遅れ、申し訳ございません。よし、バイタル」
紫電さんと、男の人がひとり入って来て雪姫に処置を施す。
男の人が、雪姫の指や腕に機械を取り付ける。紫電さんは、雪姫の目に光を当てたり、目で指を追わせたり、耳の中をみたり、テキパキと動いていた。
「美月、まさか紫電さんって」
「そうそう、ほまれってじつは医師免許もってるのよね」
「そんな人が何で警備会社にいるんだよ」
「それこそただの肩書よ。いまは、わたしの秘書さんだもの」
「車で送ってもらうのが申し訳なくなってきた。いや、それでも送ってもらうけれど」
紫電さんが、スーツ姿で美月の前にたつ。
「すぐに状態が悪くなる可能性は低いと思います。ヘリに乗っていただくのも、問題ないでしょう」
「では、行きましょうか。ほら、しぐれ、行くわよ」
「了解」
紫電さんといっしょに来た警備会社の人と俺は、担架を持って外へ運ぶ。
グラウンドの真ん中に、大きなヘリが止まっている。眺めている暇はない。担架を揺らさないように必死にヘリまでたどり着いた。階段数段ぐらいの高さがあるヘリの入り口に担架ごと乗り込む。一度、雪姫を担架から降ろして座席に座らせて、シートベルトで固定した。
案の定、雪姫はこの状況に目を丸くしていた。俺も愛想笑いをするしかなかった。
ヘリの中はせまかった。座席も運転席を含めて、6つぐらいしかない。
ここまでくるとローターの音がうるさすぎて、まともに会話ができなかった。乗り込んだ美月が慣れた手つきでヘッドセットを引っ張って来て、かぶれとジェスチャーしてくる。警備会社の人と紫電さんが、前の席に座り、美月と俺と雪姫、それと九鬼先生がヘリに乗り込んだ。東条先生がローターの音に負けないように大きな声を出して、なにか言って来るけれど、さすがに聞こえなかった。でも、気を付けてというように見送りの言葉をもらったんだろうなとわかる。
ヘリの扉がしまる。
間もなく、ヘッドセットから声が届いた。
「ヘリ内では、お互いの声が聞こえないのでヘッドセットをして話します。すぐに目的地に着きますので安心して、落ち着いて乗っていてください」
とりあえず雪姫に親指をたててサムズアップしておいた。もう、何とかなることを信じろ。
雪姫は目で話した。
「どうにでもなれ」
俺たちは頷いた。
乗っている機体が揺れて、動き出す。
乗り物が浮くとき独特の、ふわっとした感じがある。
飛んでる、飛んでる? あれっ、飛んでる?
俺は胸をぐっと掴まれた気分になる。
ここにきて思い出した。俺、高い所ダメなんだ。ふわっとした感じもダメなんだ。
目を閉じて、うずくまるように下を向いた。美月と雪姫がそれを見て、俺の肩を撫でてくれる。飛んでいる間、隠し切れない美月の笑い声がヘッドセットから漏れてきていた。
ヘリが揺れて、もうダメかと思ったとき、ヘリが着陸したんだと気づく。
「俺、生きてる?」
「なにバカなことを言っとるか。さっさと降りろ」
九鬼先生がマイク越しに叱咤してくる。
ちらっと横目で雪姫をみた。片目で、心底呆れたような目で俺を見つめてくる。
雪姫のシートベルトを外した。ゆっくりとお姫様抱っこでヘリから降りる。すぐに病院の車輪付きの担架で迎えが来る。
「ストレッチャーに娘を寝かせてください。ほんとうに、なんとお礼を言っていいかわかりません。ありがとうございます」
白衣を着た人が言う。ガッシリした体型の男の人は腰を曲げながら、声を張っていた。雪姫のお父さんだとおもう。吊り下げている名札には、奏と書いてあった。
ストレッチャーに雪姫をのせたまま、病院の建物に移動して、広いエレベーターに乗り込んだ。紫電さんが、雪姫のお父さんにむずかしいことを言っている。どこかの狭窄がないだとか、バイタルが安定しているだとかを伝えていた。
「わかりました。初期対応ありがとうございます。それにしても、まさか民間のヘリコプターで来られるとは思いませんでした。とても良いお友達を持ちましたね」
「ん、父さん。ごめん」
力なく雪姫が言う。目を閉じて、光が眩しいみたいに腕を当てていた。
「構いませんよ。なにも、おまえから聴力を取らなくてもいいのにね。一番、大事なものじゃないですか。これから、ぼくと耳鼻科の先生で考えて、耳が聞こえるように頑張りますからね。ちょっと、待っててくださいね」
ストレッチャーの横で雪姫の顔の高さまでしゃがんでいた父親は、立ち上がる。
「みなさん、ありがとうございました。娘はこれから検査に回ってもらった後、しばらく入院加療を要すると思います。頭部の検査をしてみないと、わからないところですけれど、はやければ2週間ぐらいで復学の目途が立つと思います」
エレベーターが1階で開く。扉を開き続けるボタンを押して、みんなエレベーターから降りた。
雪姫は看護師さんたちにストレッチャーを押してもらって、救急治療室へと運ばれようとしていた。
最後に雪姫がこっちを見てることに気が付いて、俺は手を振った。
「うん、うん。また、な。ありがと」
それだけ言われると満足した。俺は何もしてないけれど。
雪姫は父親と一緒に、救急治療室へ行った。
残った4人で、病院のロビーに出る。見たことのある制服の男の人がいた。紫電さんのもとに小走りで来て、なにかのカギを渡してくる。
「車を用意しました。皆さん、学校まで戻りますよね」
九鬼先生ですら申し訳なさそうにするぐらい、行き届いた配慮だった。紫電さんが恰好良すぎる。
帰りの車のなかで、美月がつぶやいた。
「奏さん、はやく、良くなるといいわね」
静かなエンジン音だけが響く車のなかで、俺は同意した。
「それ、俺にはどうしたら良いかわからないんですけれど、先生たちはなにかあります?」
「ない。とりあえず、車に乗せて渋滞覚悟で病院に向かうしかない。一度、奏さんのお父様に連絡をいれたい。電話番号を教えてもらえないか」
電話番号を控えた九鬼先生は、東条先生に渡す。
東条先生は雪姫のお父さんに電話をかけた。いまの状態を、話し始めた。
すぐにどうすることもできないらしい。
暗い、いやな雰囲気だった。
「東条先生、奏さんのお父さんと電話を代わっていただきたいです」
美月が立ち上がる。ほんとうによく通る声で、言った。
なにか思いついたんだとすぐにわかるような言い方だった。
東条先生があわてて電話の相手に説明してから、美月に電話を代わる。先生もたじたじだった。
「病院にヘリポートはありますか? はい。それでしたら、ヘリでいきます」
美月は用件だけ告げる。
それだけ言うと、雪姫のとなりに戻って、また雪姫の手を握る。自分の携帯電話で、電話をかけはじめた。
「ほまれ、ヘリを出して。学校まで。友達を病院へ連れて行きたいの。……そう、ありがとう。10分から15分ほどで病院に着きます。学校へ5分後にヘリが来ます。医師も乗ってくるそうです」
俺は言葉もでなかった。
美月の、とんでもない行動の前に、ただただ、すごいとしか思えなかった。
目には、力強い意思を浮かべている。
だれが反対してもわたしはやる。そう思わせるぐらいの決意と行動力だった。
デジャヴだ。この暴力的な行動力、身に覚えがある。俺は、知っている気がする。この無茶苦茶な行動力と周りのことなんてお構いなく自分はいくから、みたいなスタンス。
俺の頬が、けいれんしたようにピクピク動いた。
なにかの間違いかもしれない。俺の、勘でしかない。ただ、その考えがあってる気がしてならない。予感が確信にかわりつつある。
九鬼先生と東条先生が、急いで保健室を離れる。
寝ている雪姫と、それを見守る美月と俺だけが残った。
「美月、あとで話したいことがある」
「わかったわ」
それだけで、悟ったように美月が応えた。
「皇樹、ありがと。いま、なにかしてくれただろ?」
「いいのよ。ちょっとだけ力添えしただけだから。わたしたちが、なんとかするわ」
雪姫は安心したように、目を閉じた。
しばらくして、校内放送がなる。九鬼先生がグラウンドをあけるように言う。東条先生は、自分でグラウンドを走って誘導に行くらしい。
学校の校舎が振動する。
けたたましい音とともに、ヘリがやってきたみたいだ。
これ、雪姫がいつも通りなら一発で機嫌が悪くなってピアノを弾くのをやめてしまうだろうなと思う。雑音どころじゃない、とんでもない騒音が響き渡っている。しかも、いまからこれに乗るとなると、ぜったいにいい顔はしないだろうな。
そう思いながらも美月といっしょに、じっと雪姫を見つめながら待っていた。
軽快な足音が聞こえる。軽い足取りで、だれかが走ってくる。
「お嬢様、少年。お待たせしました。すぐに診察します」
「ありがとう、ほまれ」
「到着が遅れ、申し訳ございません。よし、バイタル」
紫電さんと、男の人がひとり入って来て雪姫に処置を施す。
男の人が、雪姫の指や腕に機械を取り付ける。紫電さんは、雪姫の目に光を当てたり、目で指を追わせたり、耳の中をみたり、テキパキと動いていた。
「美月、まさか紫電さんって」
「そうそう、ほまれってじつは医師免許もってるのよね」
「そんな人が何で警備会社にいるんだよ」
「それこそただの肩書よ。いまは、わたしの秘書さんだもの」
「車で送ってもらうのが申し訳なくなってきた。いや、それでも送ってもらうけれど」
紫電さんが、スーツ姿で美月の前にたつ。
「すぐに状態が悪くなる可能性は低いと思います。ヘリに乗っていただくのも、問題ないでしょう」
「では、行きましょうか。ほら、しぐれ、行くわよ」
「了解」
紫電さんといっしょに来た警備会社の人と俺は、担架を持って外へ運ぶ。
グラウンドの真ん中に、大きなヘリが止まっている。眺めている暇はない。担架を揺らさないように必死にヘリまでたどり着いた。階段数段ぐらいの高さがあるヘリの入り口に担架ごと乗り込む。一度、雪姫を担架から降ろして座席に座らせて、シートベルトで固定した。
案の定、雪姫はこの状況に目を丸くしていた。俺も愛想笑いをするしかなかった。
ヘリの中はせまかった。座席も運転席を含めて、6つぐらいしかない。
ここまでくるとローターの音がうるさすぎて、まともに会話ができなかった。乗り込んだ美月が慣れた手つきでヘッドセットを引っ張って来て、かぶれとジェスチャーしてくる。警備会社の人と紫電さんが、前の席に座り、美月と俺と雪姫、それと九鬼先生がヘリに乗り込んだ。東条先生がローターの音に負けないように大きな声を出して、なにか言って来るけれど、さすがに聞こえなかった。でも、気を付けてというように見送りの言葉をもらったんだろうなとわかる。
ヘリの扉がしまる。
間もなく、ヘッドセットから声が届いた。
「ヘリ内では、お互いの声が聞こえないのでヘッドセットをして話します。すぐに目的地に着きますので安心して、落ち着いて乗っていてください」
とりあえず雪姫に親指をたててサムズアップしておいた。もう、何とかなることを信じろ。
雪姫は目で話した。
「どうにでもなれ」
俺たちは頷いた。
乗っている機体が揺れて、動き出す。
乗り物が浮くとき独特の、ふわっとした感じがある。
飛んでる、飛んでる? あれっ、飛んでる?
俺は胸をぐっと掴まれた気分になる。
ここにきて思い出した。俺、高い所ダメなんだ。ふわっとした感じもダメなんだ。
目を閉じて、うずくまるように下を向いた。美月と雪姫がそれを見て、俺の肩を撫でてくれる。飛んでいる間、隠し切れない美月の笑い声がヘッドセットから漏れてきていた。
ヘリが揺れて、もうダメかと思ったとき、ヘリが着陸したんだと気づく。
「俺、生きてる?」
「なにバカなことを言っとるか。さっさと降りろ」
九鬼先生がマイク越しに叱咤してくる。
ちらっと横目で雪姫をみた。片目で、心底呆れたような目で俺を見つめてくる。
雪姫のシートベルトを外した。ゆっくりとお姫様抱っこでヘリから降りる。すぐに病院の車輪付きの担架で迎えが来る。
「ストレッチャーに娘を寝かせてください。ほんとうに、なんとお礼を言っていいかわかりません。ありがとうございます」
白衣を着た人が言う。ガッシリした体型の男の人は腰を曲げながら、声を張っていた。雪姫のお父さんだとおもう。吊り下げている名札には、奏と書いてあった。
ストレッチャーに雪姫をのせたまま、病院の建物に移動して、広いエレベーターに乗り込んだ。紫電さんが、雪姫のお父さんにむずかしいことを言っている。どこかの狭窄がないだとか、バイタルが安定しているだとかを伝えていた。
「わかりました。初期対応ありがとうございます。それにしても、まさか民間のヘリコプターで来られるとは思いませんでした。とても良いお友達を持ちましたね」
「ん、父さん。ごめん」
力なく雪姫が言う。目を閉じて、光が眩しいみたいに腕を当てていた。
「構いませんよ。なにも、おまえから聴力を取らなくてもいいのにね。一番、大事なものじゃないですか。これから、ぼくと耳鼻科の先生で考えて、耳が聞こえるように頑張りますからね。ちょっと、待っててくださいね」
ストレッチャーの横で雪姫の顔の高さまでしゃがんでいた父親は、立ち上がる。
「みなさん、ありがとうございました。娘はこれから検査に回ってもらった後、しばらく入院加療を要すると思います。頭部の検査をしてみないと、わからないところですけれど、はやければ2週間ぐらいで復学の目途が立つと思います」
エレベーターが1階で開く。扉を開き続けるボタンを押して、みんなエレベーターから降りた。
雪姫は看護師さんたちにストレッチャーを押してもらって、救急治療室へと運ばれようとしていた。
最後に雪姫がこっちを見てることに気が付いて、俺は手を振った。
「うん、うん。また、な。ありがと」
それだけ言われると満足した。俺は何もしてないけれど。
雪姫は父親と一緒に、救急治療室へ行った。
残った4人で、病院のロビーに出る。見たことのある制服の男の人がいた。紫電さんのもとに小走りで来て、なにかのカギを渡してくる。
「車を用意しました。皆さん、学校まで戻りますよね」
九鬼先生ですら申し訳なさそうにするぐらい、行き届いた配慮だった。紫電さんが恰好良すぎる。
帰りの車のなかで、美月がつぶやいた。
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