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謎の生き物
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とてつもない歓声が上がり続け、皆が皆戦いに集中しているので、こっそりと私が抜け出すことは誰も気にも留めなかった。
隣に座っていたスイレンですら立ち上がって前のめりになり、片手を上げて叫んでいたので私のことに気付いていないのかもしれない。あんなにもアオーンに怯えていたのに、そのアオーンの気配にも気付かないならなおさらだ。
それにしてもスイレンのあんなに叫ぶ姿はレアだ。この国に来たことは、スイレンの成長にとって良いことなのかもしれない。
筋肉談義の場は、決められたコートがある訳でも土俵がある訳でもない。なので常人ではない動きの応酬で、観客席の方に来る危険な可能性もあるわけだ。
筋肉の塊たちが来ないかと時折振り返りながらお屋敷の方へ歩くと、アオーンたちも尻尾を振ってついて来る。可愛すぎて危険だわ。
途中で私を追い越したニコライさんの昔なじみのアオーンは、エスコートするように私の前を歩き、私がちゃんとついて来ているかを確認しながら歩く。
そして子アオーンは、私の足にじゃれつくように尻尾を振りながら後ろからアタックしてくる。見事なまでの膝カックンだ。何回よろけたか分からない。だが可愛いので全力で許そう。
人の目がないお屋敷の裏側まで連れて来られると、アオーンたちは並んでお座りをした。
残像が見えるほどに激しく尻尾を振っている父親アオーンと子アオーン、普通に尻尾を振る子アオーン、控えめに尻尾を振る子アオーンと、それぞれ性格が違うようだ。
母親アオーンは少し離れた場所からジッとこちらを見ているが、どうやら敵意はないようだ。
「オン!」
早く遊べ、もう待てない、と言わんばかりに、父親アオーンが飛んだり跳ねたりし始めた。この落ち着きのなさと愛想の良さは、飼い主のニコライさんに似たのだろう。
ひとまず私は、やりたかったことをやらせていただく。そう、存分にモフりたいのだ。
「よーしよしよしよしよし!」
日本ではお馴染みの、動物王国を設立した某おじいちゃんのようにワシワシと全身を撫で、そして父親アオーンに抱きついた。
「……」
見た目からはモフモフのフワフワのワサワサを想像していたが、ペットという概念が有るのか無いのか、そしてペットを洗うという概念が無いのか、毛量はあるが全体的にしっとりと……いや、ベッタリとしている。そして何よりも野生的な獣臭がすごいのだ。
だがあまりにも嬉しそうに尻尾を振るものだから、途中で触るのをやめることが出来ない。今夜は寝る前に念入りに体を拭かねばならないわ。
長めの草の葉や茎を集め、簡易の玩具を作っていると私の周りにアオーンたちが座り不思議そうに見ている。
ひねったりねじったりをし、噛りやすそうな塊を作り放り投げてみた。
「キャン!」
一頭が反応して走り出すと、他のアオーンもそれに続く。奪い合いを制した父親アオーンはそれを咥え、私の元に走って来る。それをまた放り投げると、みんながその方向へ走り出す。
なんとも楽しい時間を過ごしていると、アオーンたちがピタリと動きを止め、金網の奥を見つめている。
「どうしたの?」
今の今まで楽しい時間を過ごしていたのに、急に何かに気を取られているのが気になり、私も金網に近付いた。何かあったとしても、ニコライさんが誇るこの金網が私たちを守ってくれるだろう。
金網越しに周囲を観察するが、何かが見えるわけでもない。しかし半野生の父親アオーンが反応しているのだ。何もないわけがない。
しばらくキョロキョロとしていると、ガサガサと茂みの中を何かが歩く音がする。思わず警戒したが、アオーンたちは臨戦態勢になることもなく静かにお座りを始めたので、私も観察を続けた。
ガサガサ音が止むと、今度はガリガリゴリゴリ、カリカリコリコリ、ショリショリパキパキと、美樹ですら聞いたことがない音が聞こえる。
音の正体が知りたくて、足音を立てないように見えそうな位置へ移動をすると、ようやく何者かのお尻が見えた。ベージュのような茶色のお尻はかなり大きく、ずんぐりむっくりしている。
「お嬢さんは! 生き物が! お好きなのか!?」
何の生き物なのかと夢中になっていると、突然の大声に驚き軽く飛び跳ねてしまった。振り向くと顔が腫れ、傷だらけのエドワードさんとオヒシバが肩を組んで立っているではないか。
いつの間にか試合が終わったようで、二人の遥か後方では大人たちが楽しそうに談笑している。この二人にも何かが芽生えたようだ。
「二人とも大丈夫!? ごめんなさい、試合中に抜け出してしまって……」
集中していたとはいえ、物音一つ立てずにこちらに来た二人はさすがというか何というかだ。
そんな二人の試合も見ずにアオーンの誘惑に負けてしまったことを申し訳なく感じていると、オヒシバは顔を強張らせて一点を見つめ、及び腰になり始めている。
その視線の先を辿ると、私の背後でアオーンたちがピョンピョンと垂直に飛び跳ねている。私が先ほど驚いて飛び跳ねたのを、新しい遊びだと思って真似ているようだ。そしてアオーンたちは何を思ったのか、尻尾を振りながらオヒシバに突撃していった。
「っ!!」
青天の霹靂といった表情でオヒシバが逃げ出すと、アオーンたちはまた違う遊びだと思ったのかオヒシバに追従する。あれだけの試合直後に全力疾走できるのも感心だが、必ず動物と何かしらが起こるのも不思議なものだ。
そしてオヒシバとアオーンたちに気付いたお父様は怯えるスイレンを肩車し、迷うことなく楽しそうにそれに参加している。スイレンからすれば謎の生き物に追いかけられ、不安定な肩車でのお父様の全力疾走に、今まで味わったことのない恐怖を体験していることだろう……。
そんな私たちのいつもの騒ぎを見ているエドワードさんの表情は、とても優しげで楽しそうだ。
そういえば先ほどの質問に答えていなかったなと思い、不思議な音と大きなお尻を見たことを伝えると、エドワードさんの表情は一変した。
「ついに、ここまで来たか……バービーが……」
あの大声のエドワードさんが困ったような表情で小声になった。小声といっても、ようやく普通の人と同じ声量だ。
しかし私は『バービー』という言葉が気になってしまった。この世界での動物の名称の法則からすると、おそらくあの生き物に間違いない。見たい! なんとしても確かめたい!
「あの、エドワードさん? あれは危険な生き物なのかしら?」
「人を襲ったりはしないが、人を困らせる習性がある。……そうだ! 今日はここへ泊まるなら! 明日一緒に確かめに行ってみよう!」
軽くため息を吐いていたエドワードさんは、途中から生き生きとした表情に変わり、熱いお誘いをしてくれた。そんな嬉しいお誘いならお断りするわけがない。二つ返事で了承した。
「ならば! 今日はたくさん食べ! ゆっくり休むといい!」
そうして私たちは屋敷の中へと戻ることにした。
隣に座っていたスイレンですら立ち上がって前のめりになり、片手を上げて叫んでいたので私のことに気付いていないのかもしれない。あんなにもアオーンに怯えていたのに、そのアオーンの気配にも気付かないならなおさらだ。
それにしてもスイレンのあんなに叫ぶ姿はレアだ。この国に来たことは、スイレンの成長にとって良いことなのかもしれない。
筋肉談義の場は、決められたコートがある訳でも土俵がある訳でもない。なので常人ではない動きの応酬で、観客席の方に来る危険な可能性もあるわけだ。
筋肉の塊たちが来ないかと時折振り返りながらお屋敷の方へ歩くと、アオーンたちも尻尾を振ってついて来る。可愛すぎて危険だわ。
途中で私を追い越したニコライさんの昔なじみのアオーンは、エスコートするように私の前を歩き、私がちゃんとついて来ているかを確認しながら歩く。
そして子アオーンは、私の足にじゃれつくように尻尾を振りながら後ろからアタックしてくる。見事なまでの膝カックンだ。何回よろけたか分からない。だが可愛いので全力で許そう。
人の目がないお屋敷の裏側まで連れて来られると、アオーンたちは並んでお座りをした。
残像が見えるほどに激しく尻尾を振っている父親アオーンと子アオーン、普通に尻尾を振る子アオーン、控えめに尻尾を振る子アオーンと、それぞれ性格が違うようだ。
母親アオーンは少し離れた場所からジッとこちらを見ているが、どうやら敵意はないようだ。
「オン!」
早く遊べ、もう待てない、と言わんばかりに、父親アオーンが飛んだり跳ねたりし始めた。この落ち着きのなさと愛想の良さは、飼い主のニコライさんに似たのだろう。
ひとまず私は、やりたかったことをやらせていただく。そう、存分にモフりたいのだ。
「よーしよしよしよしよし!」
日本ではお馴染みの、動物王国を設立した某おじいちゃんのようにワシワシと全身を撫で、そして父親アオーンに抱きついた。
「……」
見た目からはモフモフのフワフワのワサワサを想像していたが、ペットという概念が有るのか無いのか、そしてペットを洗うという概念が無いのか、毛量はあるが全体的にしっとりと……いや、ベッタリとしている。そして何よりも野生的な獣臭がすごいのだ。
だがあまりにも嬉しそうに尻尾を振るものだから、途中で触るのをやめることが出来ない。今夜は寝る前に念入りに体を拭かねばならないわ。
長めの草の葉や茎を集め、簡易の玩具を作っていると私の周りにアオーンたちが座り不思議そうに見ている。
ひねったりねじったりをし、噛りやすそうな塊を作り放り投げてみた。
「キャン!」
一頭が反応して走り出すと、他のアオーンもそれに続く。奪い合いを制した父親アオーンはそれを咥え、私の元に走って来る。それをまた放り投げると、みんながその方向へ走り出す。
なんとも楽しい時間を過ごしていると、アオーンたちがピタリと動きを止め、金網の奥を見つめている。
「どうしたの?」
今の今まで楽しい時間を過ごしていたのに、急に何かに気を取られているのが気になり、私も金網に近付いた。何かあったとしても、ニコライさんが誇るこの金網が私たちを守ってくれるだろう。
金網越しに周囲を観察するが、何かが見えるわけでもない。しかし半野生の父親アオーンが反応しているのだ。何もないわけがない。
しばらくキョロキョロとしていると、ガサガサと茂みの中を何かが歩く音がする。思わず警戒したが、アオーンたちは臨戦態勢になることもなく静かにお座りを始めたので、私も観察を続けた。
ガサガサ音が止むと、今度はガリガリゴリゴリ、カリカリコリコリ、ショリショリパキパキと、美樹ですら聞いたことがない音が聞こえる。
音の正体が知りたくて、足音を立てないように見えそうな位置へ移動をすると、ようやく何者かのお尻が見えた。ベージュのような茶色のお尻はかなり大きく、ずんぐりむっくりしている。
「お嬢さんは! 生き物が! お好きなのか!?」
何の生き物なのかと夢中になっていると、突然の大声に驚き軽く飛び跳ねてしまった。振り向くと顔が腫れ、傷だらけのエドワードさんとオヒシバが肩を組んで立っているではないか。
いつの間にか試合が終わったようで、二人の遥か後方では大人たちが楽しそうに談笑している。この二人にも何かが芽生えたようだ。
「二人とも大丈夫!? ごめんなさい、試合中に抜け出してしまって……」
集中していたとはいえ、物音一つ立てずにこちらに来た二人はさすがというか何というかだ。
そんな二人の試合も見ずにアオーンの誘惑に負けてしまったことを申し訳なく感じていると、オヒシバは顔を強張らせて一点を見つめ、及び腰になり始めている。
その視線の先を辿ると、私の背後でアオーンたちがピョンピョンと垂直に飛び跳ねている。私が先ほど驚いて飛び跳ねたのを、新しい遊びだと思って真似ているようだ。そしてアオーンたちは何を思ったのか、尻尾を振りながらオヒシバに突撃していった。
「っ!!」
青天の霹靂といった表情でオヒシバが逃げ出すと、アオーンたちはまた違う遊びだと思ったのかオヒシバに追従する。あれだけの試合直後に全力疾走できるのも感心だが、必ず動物と何かしらが起こるのも不思議なものだ。
そしてオヒシバとアオーンたちに気付いたお父様は怯えるスイレンを肩車し、迷うことなく楽しそうにそれに参加している。スイレンからすれば謎の生き物に追いかけられ、不安定な肩車でのお父様の全力疾走に、今まで味わったことのない恐怖を体験していることだろう……。
そんな私たちのいつもの騒ぎを見ているエドワードさんの表情は、とても優しげで楽しそうだ。
そういえば先ほどの質問に答えていなかったなと思い、不思議な音と大きなお尻を見たことを伝えると、エドワードさんの表情は一変した。
「ついに、ここまで来たか……バービーが……」
あの大声のエドワードさんが困ったような表情で小声になった。小声といっても、ようやく普通の人と同じ声量だ。
しかし私は『バービー』という言葉が気になってしまった。この世界での動物の名称の法則からすると、おそらくあの生き物に間違いない。見たい! なんとしても確かめたい!
「あの、エドワードさん? あれは危険な生き物なのかしら?」
「人を襲ったりはしないが、人を困らせる習性がある。……そうだ! 今日はここへ泊まるなら! 明日一緒に確かめに行ってみよう!」
軽くため息を吐いていたエドワードさんは、途中から生き生きとした表情に変わり、熱いお誘いをしてくれた。そんな嬉しいお誘いならお断りするわけがない。二つ返事で了承した。
「ならば! 今日はたくさん食べ! ゆっくり休むといい!」
そうして私たちは屋敷の中へと戻ることにした。
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