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恵み
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私が感情的に泣きわめいたせいで、大人たちがギリギリ保っていた細い細い我慢の糸が切れてしまったのだろう。大人も子どもも、夫婦も友人も関係なく全員が声を上げて泣いた。ひとしきり泣いて落ち着く頃には全員が固まって座り込み、大小様々な墓石を眺めていた。
「……整備しないと森に飲まれてしまうわね……」
小さな声で呟くと大人たちは静かに首を振る。
「森の一部になることが森の民にとって最高の誉れなのだ。あとは自然に任せよう」
その言葉を聞き、森の民にとって死は恐れることではなくむしろ喜ばしいことなのだと悟る。森で産まれ森で生き、そして最後にはその森になるのだ。けれどどうしても身近な人の死は耐えられず悲しいことだ。あの昔話はあまり悲しんではいけないという教訓も含んでいるのかもしれない。泣いてしまった今日のこのことは私たちだけの秘密となった。
────
森へと入る時に持ってきたカゴの中はカッシとナーラの若木でいっぱいになっている。それでも炭焼きの場に植えるにはまだまだ足りないだろう。一度広場近くへと戻り若木を降ろし、そしてまた森へと足を踏み入れる。今日二度目となる若木の採取は、なんとなく墓とは逆方向に進み全員で固まりながら歩く。やはり大人たちは簡単に若木を見つけひょいひょいとカゴに入れていく。私は早々に探すのを諦め大人たちの後ろをついて歩いていたが、ある木の根元に釘付けになる。
「エノキ!?」
木の根元にはスーパーで見るような白いエノキのような細長いキノコが何本か生えていた。
「カレンたちはそう呼んでいたのか?」
私の言葉に反応した大人たちが集まってくる。森の民は『木の子ども』という意味で『木の子』から転じて『キッコ』と呼んでいるそうだ。私はそのキッコの中で食べられるものの一部の名前だと伝える。森の民は食べられるキッコか、食べられないキッコかくらいで他に名前はないと言う。
「ただな、キッコは危険なのだ」
やはりこの世界でも毒キノコならぬ毒キッコが多く、死亡例は聞いたことはないが腹を下すとお父様は語る。
「子どもの頃、興味に負けて何種類か食べたが大変な思いをした」
皆が止める中、お父様は煮て食べたり焼いて食べたりしたがそのどれもで腹を下し、その度にハコベさんが下痢止めの薬草で作った茶を飲ませていたらしい。
「私はもうキッコは懲りごりだが、どうしても食べたいのならじいやに聞くと良い。じいやの採るキッコは確実に食べられるぞ」
美樹もよく山でキノコ採りをしていたが、同じキノコでも地面に生えているものと木の幹に生えるものとでは若干色や大きさが違い、毒キノコに似ているものがあった。危険を回避する為によほど間違えようのないもの以外は採らないようにしていた。ご近所のキノコ採りの名人と一緒に山へ入る時だけは安心して採取出来たのだが。
「そうね、後でじいやに聞くわ。種類にもよるけれど、ミィソの汁に入れたり炒めたり食べ方はたくさんあるのよ」
ただ今までこの森でキッコを見たことがないのでまだ菌は少ないのだろう。地表に出てくるものがもう少し増え、頻繁に見かけるようになってからじいやに聞くことにしよう。
その後もカッシとナーラを採取し続けていると風に乗って春を思い起こさせる香りが漂って来る。もうすぐ森を抜けるのだろう。けれどお父様とタデは「臭い臭い」と騒ぐ。
「もう二人とも! ナーのおかげで油を作ることが出来たのよ! いい加減に慣れてちょうだい!」
そうなのだ。風に混ざる香りはナーの花の独特な香りだ。お母様とハコベさんはもう慣れたというと、お父様たちはしかめっ面をしながらも口を閉ざす。そのまま森を突き進むとナーの花畑の前へと出た。
「臭いが……」
「圧巻の光景だな……」
青空の下で黄色の絨毯が広がっている。お父様とタデは息を止めながらもその美しいコントラストに見入っている。花が終わった畑では種を採取したり新しく植え付けたりと民たちはてきぱきと作業をしている。畑作業の者たちも独特の香りに慣れ、むしろ最近は油を恵んでくれる植物だからと大事に扱っている。
「姫様ー!」
ナーの畑の中からエビネの声がする。手を振りながら向かって来るということは、私たちを見つけて声をかけただけではないようだ。
「どうかしたー?」
名指して呼ばれた私は声を張り上げ畑へと向かう。エビネはニコニコと笑いながら上を指さしているが、空はどこまでも高く青く雲はない。
「姫様、違いますよ」
合流したエビネはくすくすと笑っている。
「ほら、ここを見上げてください」
エビネの指の先を見ると、鼻呼吸から口呼吸に変えたお父様とタデ、それにお母様とハコベさんも「あ!」と声を上げた。
「花……よね?」
「えぇ。あちらの畑でも花芽が出ていますよ」
ナーの畑の横へと植えたデーツ並木に花が咲き始めたようである。クリーム色に近い黄緑の、ほうきのような花を見て、私は密かに思っていたことを皆に話すことにした。
「……整備しないと森に飲まれてしまうわね……」
小さな声で呟くと大人たちは静かに首を振る。
「森の一部になることが森の民にとって最高の誉れなのだ。あとは自然に任せよう」
その言葉を聞き、森の民にとって死は恐れることではなくむしろ喜ばしいことなのだと悟る。森で産まれ森で生き、そして最後にはその森になるのだ。けれどどうしても身近な人の死は耐えられず悲しいことだ。あの昔話はあまり悲しんではいけないという教訓も含んでいるのかもしれない。泣いてしまった今日のこのことは私たちだけの秘密となった。
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森へと入る時に持ってきたカゴの中はカッシとナーラの若木でいっぱいになっている。それでも炭焼きの場に植えるにはまだまだ足りないだろう。一度広場近くへと戻り若木を降ろし、そしてまた森へと足を踏み入れる。今日二度目となる若木の採取は、なんとなく墓とは逆方向に進み全員で固まりながら歩く。やはり大人たちは簡単に若木を見つけひょいひょいとカゴに入れていく。私は早々に探すのを諦め大人たちの後ろをついて歩いていたが、ある木の根元に釘付けになる。
「エノキ!?」
木の根元にはスーパーで見るような白いエノキのような細長いキノコが何本か生えていた。
「カレンたちはそう呼んでいたのか?」
私の言葉に反応した大人たちが集まってくる。森の民は『木の子ども』という意味で『木の子』から転じて『キッコ』と呼んでいるそうだ。私はそのキッコの中で食べられるものの一部の名前だと伝える。森の民は食べられるキッコか、食べられないキッコかくらいで他に名前はないと言う。
「ただな、キッコは危険なのだ」
やはりこの世界でも毒キノコならぬ毒キッコが多く、死亡例は聞いたことはないが腹を下すとお父様は語る。
「子どもの頃、興味に負けて何種類か食べたが大変な思いをした」
皆が止める中、お父様は煮て食べたり焼いて食べたりしたがそのどれもで腹を下し、その度にハコベさんが下痢止めの薬草で作った茶を飲ませていたらしい。
「私はもうキッコは懲りごりだが、どうしても食べたいのならじいやに聞くと良い。じいやの採るキッコは確実に食べられるぞ」
美樹もよく山でキノコ採りをしていたが、同じキノコでも地面に生えているものと木の幹に生えるものとでは若干色や大きさが違い、毒キノコに似ているものがあった。危険を回避する為によほど間違えようのないもの以外は採らないようにしていた。ご近所のキノコ採りの名人と一緒に山へ入る時だけは安心して採取出来たのだが。
「そうね、後でじいやに聞くわ。種類にもよるけれど、ミィソの汁に入れたり炒めたり食べ方はたくさんあるのよ」
ただ今までこの森でキッコを見たことがないのでまだ菌は少ないのだろう。地表に出てくるものがもう少し増え、頻繁に見かけるようになってからじいやに聞くことにしよう。
その後もカッシとナーラを採取し続けていると風に乗って春を思い起こさせる香りが漂って来る。もうすぐ森を抜けるのだろう。けれどお父様とタデは「臭い臭い」と騒ぐ。
「もう二人とも! ナーのおかげで油を作ることが出来たのよ! いい加減に慣れてちょうだい!」
そうなのだ。風に混ざる香りはナーの花の独特な香りだ。お母様とハコベさんはもう慣れたというと、お父様たちはしかめっ面をしながらも口を閉ざす。そのまま森を突き進むとナーの花畑の前へと出た。
「臭いが……」
「圧巻の光景だな……」
青空の下で黄色の絨毯が広がっている。お父様とタデは息を止めながらもその美しいコントラストに見入っている。花が終わった畑では種を採取したり新しく植え付けたりと民たちはてきぱきと作業をしている。畑作業の者たちも独特の香りに慣れ、むしろ最近は油を恵んでくれる植物だからと大事に扱っている。
「姫様ー!」
ナーの畑の中からエビネの声がする。手を振りながら向かって来るということは、私たちを見つけて声をかけただけではないようだ。
「どうかしたー?」
名指して呼ばれた私は声を張り上げ畑へと向かう。エビネはニコニコと笑いながら上を指さしているが、空はどこまでも高く青く雲はない。
「姫様、違いますよ」
合流したエビネはくすくすと笑っている。
「ほら、ここを見上げてください」
エビネの指の先を見ると、鼻呼吸から口呼吸に変えたお父様とタデ、それにお母様とハコベさんも「あ!」と声を上げた。
「花……よね?」
「えぇ。あちらの畑でも花芽が出ていますよ」
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