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お尻ペンペン
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朝が来てしまった。お父様の話を聞いたお母様も、まさかウキウキするとは思ってもいなかった。私だけがため息を吐き続けている。
ルーカス王に会えるのは純粋に嬉しい。ただあまりにも急だったため、髪や肌のお手入れどころではなかったし、心の準備もできていないのだ……。たった一夜ではどうにもならないこともある。
「モクレン、そろそろ行くぞ」
まだ朝食も食べていないというのに、タデが迎えに来たようだ。
昨夜お父様の話を聞いたタデは、ニコライさんとの約束を果たすか家庭をとるかで悩んでいたが、ハコベさんに「数日くらい行ってきたら良いでしょう」と正論を言われ、行くことを決意したようだ。
だがニコライさんはタデが行くことを知らない。それどころか、なぜか皆が盛り上がり、独身代表としてオヒシバが行くことも知らない。
さらに言うならば、じいやは納品の管理のためにヒーズル王国に残るのだ。この先、不安しかない。
私だけが食事が喉を通らない状態だったが、なんとか朝食を済ませ、荷車の上の木箱に腰かけた。
お父様とお母様は「旅だ!」とはしゃいでいるし、スイレンはブツブツと「学べること……」とつぶやいている。
タデはハコベさんに発破をかけられ、やる気が溢れすぎている状態だし、オヒシバは黒王と松風から尻尾攻撃を食らい睨み合っている。
あぁ……本当に不安しかないわ……。
────
「もうすぐ着きますぞ」
納品係兼お見送りのじいやの声で、ハッと我にかえった。もう移民の町に到着してしまうようだ。
「モクレン様ー! カレン嬢ー!」
ニコライさんの元気な声も聞こえ、今は開きっぱなしの門をため息まじりにくぐり抜けた。
「突然だが、私とこのオヒシバも同行させてもらう」
誰よりも先に荷車から降りたタデが、張り切ってニコライさんに宣言している。突然の申し出はニコライさんの方なのに……そう思いながら私も荷車から降りると、前方にいたニコライさんは「分かりました!」と、声は元気なのだが様子がおかしいのだ。
いや、常日頃から様子がおかしい人ではあるが、涙目で両手でお尻を押さえている。
「……ニコライさん? どうしたの?」
あまりにも不思議な光景に声をかけると、ニコライさんは「聞いてくださいよー!」とまくし立てる。
「昨日ちょっとここにお邪魔しただけなのに、ルーカス王にもサイモン大臣にも怒られてしまったんですよ! あんなに怒られたのは久しぶりだったんですが、一番怖いマークが怒ったんです!」
はて? マークさんに怖い印象を持ったことはない。
「マークが『また勝手なことをしてー!』とか『どれだけ心配したと思ってるんですかー!』と怒鳴りながら、マークの体力が尽きるまでお尻をペンペンと叩かれたんです! 子どもの頃からマークにたまに怒られていましたが、マークのお尻ペンペンは、誰よりも容赦がないんです!」
思わず笑ってしまった。自業自得ではあるが、この年齢でお尻ペンペンをされる人もなかなかいないだろう。
その話を聞いて豪快に笑っていたお父様だったが、ニコライさんに問いかけた。
「一応聞くが、そんなニコライがここにいるということは、テックノン王国へ行っても良いのだな?」
「もちろんです! ルーカス王にも急すぎると怒られましたが、招待したのなら丁重にもてなすようにと言われています!」
お尻を押さえたままピョンピョンと飛び跳ねるニコライさんだが、「ですが」と続けた。
「城の者たちなどはこの国の存在を知っていますが、城下町の人たちには秘密の国ですからね。あ、城下町もご案内しようと思っているんですよ」
その言葉を聞いたスイレンは、「文化や風習」とブツブツとつぶやきながらも目を輝かせている。
なぜかルーカス王に良い感情を持っていないようだが、テックノン王国へと行き、ブルーノさんに言われたことを学ぼうとやる気が出ているらしい。
「それでですね、その服装では色々と不都合がありますので、こちらに着替えてください。服の寸法が分からなかったので、複数持って来て良かったです」
そう言って笑いながらタデとオヒシバに話しかけているが、ニコライさんの荷物から出てきたものは見覚えのある服だった。
「これ……リーンウン国の服?」
「さすがカレン嬢です!」
クジャたちが着ているものよりも質素な、女中たちや兵士たちが着ていた普段着がそこにあった。
「皆さんの見た目は、リーンウン国の皆さんに似ていますからね。この国の存在を知らない者たちには、リーンウン国から来たということにします。こんなこともあろうかと、リーンウン国から仕入れておいて良かったです。クジャク嬢には『お前のためじゃない、カレンたちのためにじゃ!』としつこく言われましたがね」
テヘヘとニコライさんは笑うが、友人であるクジャとはあの時以来会っていない。もう少しこの国が落ち着いたなら、次はリーンウン国との国境作りだ。
「ではでは! 皆さん着替えましょう! ペーターさんのお宅を、着替えの場所として貸していただけることになりましたから」
ニコライさんがそう言うと、ちょうどペーターさんの声が聞こえた。
「おーい、まだか?」
「……え!?」
門へと向かって来たペーターさんだが、なぜか普段着ではなく、マークさんのような執事風の格好をしている。
「私も遊びに……いや、見学に行くことになった。カレンちゃんたちが来る前に、この服を持って来てもらった」
ここにもウッキウキの遠足気分の人がいる。自由人となったペーターさんを止めることは、もはや誰にもできないのだ。
改めてテックノン王国行きのメンバーを確認し、あまりの不安さから久しぶりに白目をむいたのは言うまでもない。
ルーカス王に会えるのは純粋に嬉しい。ただあまりにも急だったため、髪や肌のお手入れどころではなかったし、心の準備もできていないのだ……。たった一夜ではどうにもならないこともある。
「モクレン、そろそろ行くぞ」
まだ朝食も食べていないというのに、タデが迎えに来たようだ。
昨夜お父様の話を聞いたタデは、ニコライさんとの約束を果たすか家庭をとるかで悩んでいたが、ハコベさんに「数日くらい行ってきたら良いでしょう」と正論を言われ、行くことを決意したようだ。
だがニコライさんはタデが行くことを知らない。それどころか、なぜか皆が盛り上がり、独身代表としてオヒシバが行くことも知らない。
さらに言うならば、じいやは納品の管理のためにヒーズル王国に残るのだ。この先、不安しかない。
私だけが食事が喉を通らない状態だったが、なんとか朝食を済ませ、荷車の上の木箱に腰かけた。
お父様とお母様は「旅だ!」とはしゃいでいるし、スイレンはブツブツと「学べること……」とつぶやいている。
タデはハコベさんに発破をかけられ、やる気が溢れすぎている状態だし、オヒシバは黒王と松風から尻尾攻撃を食らい睨み合っている。
あぁ……本当に不安しかないわ……。
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「もうすぐ着きますぞ」
納品係兼お見送りのじいやの声で、ハッと我にかえった。もう移民の町に到着してしまうようだ。
「モクレン様ー! カレン嬢ー!」
ニコライさんの元気な声も聞こえ、今は開きっぱなしの門をため息まじりにくぐり抜けた。
「突然だが、私とこのオヒシバも同行させてもらう」
誰よりも先に荷車から降りたタデが、張り切ってニコライさんに宣言している。突然の申し出はニコライさんの方なのに……そう思いながら私も荷車から降りると、前方にいたニコライさんは「分かりました!」と、声は元気なのだが様子がおかしいのだ。
いや、常日頃から様子がおかしい人ではあるが、涙目で両手でお尻を押さえている。
「……ニコライさん? どうしたの?」
あまりにも不思議な光景に声をかけると、ニコライさんは「聞いてくださいよー!」とまくし立てる。
「昨日ちょっとここにお邪魔しただけなのに、ルーカス王にもサイモン大臣にも怒られてしまったんですよ! あんなに怒られたのは久しぶりだったんですが、一番怖いマークが怒ったんです!」
はて? マークさんに怖い印象を持ったことはない。
「マークが『また勝手なことをしてー!』とか『どれだけ心配したと思ってるんですかー!』と怒鳴りながら、マークの体力が尽きるまでお尻をペンペンと叩かれたんです! 子どもの頃からマークにたまに怒られていましたが、マークのお尻ペンペンは、誰よりも容赦がないんです!」
思わず笑ってしまった。自業自得ではあるが、この年齢でお尻ペンペンをされる人もなかなかいないだろう。
その話を聞いて豪快に笑っていたお父様だったが、ニコライさんに問いかけた。
「一応聞くが、そんなニコライがここにいるということは、テックノン王国へ行っても良いのだな?」
「もちろんです! ルーカス王にも急すぎると怒られましたが、招待したのなら丁重にもてなすようにと言われています!」
お尻を押さえたままピョンピョンと飛び跳ねるニコライさんだが、「ですが」と続けた。
「城の者たちなどはこの国の存在を知っていますが、城下町の人たちには秘密の国ですからね。あ、城下町もご案内しようと思っているんですよ」
その言葉を聞いたスイレンは、「文化や風習」とブツブツとつぶやきながらも目を輝かせている。
なぜかルーカス王に良い感情を持っていないようだが、テックノン王国へと行き、ブルーノさんに言われたことを学ぼうとやる気が出ているらしい。
「それでですね、その服装では色々と不都合がありますので、こちらに着替えてください。服の寸法が分からなかったので、複数持って来て良かったです」
そう言って笑いながらタデとオヒシバに話しかけているが、ニコライさんの荷物から出てきたものは見覚えのある服だった。
「これ……リーンウン国の服?」
「さすがカレン嬢です!」
クジャたちが着ているものよりも質素な、女中たちや兵士たちが着ていた普段着がそこにあった。
「皆さんの見た目は、リーンウン国の皆さんに似ていますからね。この国の存在を知らない者たちには、リーンウン国から来たということにします。こんなこともあろうかと、リーンウン国から仕入れておいて良かったです。クジャク嬢には『お前のためじゃない、カレンたちのためにじゃ!』としつこく言われましたがね」
テヘヘとニコライさんは笑うが、友人であるクジャとはあの時以来会っていない。もう少しこの国が落ち着いたなら、次はリーンウン国との国境作りだ。
「ではでは! 皆さん着替えましょう! ペーターさんのお宅を、着替えの場所として貸していただけることになりましたから」
ニコライさんがそう言うと、ちょうどペーターさんの声が聞こえた。
「おーい、まだか?」
「……え!?」
門へと向かって来たペーターさんだが、なぜか普段着ではなく、マークさんのような執事風の格好をしている。
「私も遊びに……いや、見学に行くことになった。カレンちゃんたちが来る前に、この服を持って来てもらった」
ここにもウッキウキの遠足気分の人がいる。自由人となったペーターさんを止めることは、もはや誰にもできないのだ。
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