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第6章の7「明日もグッと行くぞ!」
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学園の南駅のロータリー。
七月を見送った全員が揃って歩いていた。
「今頃は…か。」
呟く甲に対して鏡がニコやかに答える。
「そうですね。でもあの人…ちゃんと言えますかね?」
「言ってもらわな困るでっ。」
「ふぅ~、そうね。でないと砕け散った隆正くんが浮かばれないわ。」
「俺粉々?!」
隆正の綺麗なツッコミ。
「そうですよぅ。咲子だって困りますぅ。」
「やんな、咲ちゃん。」
「ですね、山嵐先輩っ。」
「ねー。」
隆正は咲子と顔の高さを合わせ、二人揃って首を傾けて可愛く共感し合う。隆正、かなり気持ち悪い。
それを見てかなりムスッとする高瀬。
「ぷっ。ま、あいつはやるときゃやる…そんな奴だろ?」
隆正らの絡みを見てふき出した後、そう言う学美。
「そうですね。でもこの件に関してだけは…かなり心配ですが。」
そう言う鏡や皆の頭には、あの男の事が浮かんでいた。
その頃電車内の七月は、もう扉付近からは移動して両親と向かい合って座っていた。
「…ふぅ。」
窓枠に肘を付いて、窓の外を見ながらため息をつく七月。
「なっちゃん…」
「すまんな、七月。お父さんのせいで何回も引っ越す事に…」
「えっ?…な、何言ってんの?お父さんは何も悪くないよ。お母さん、何も泣かなくても。」
七月が落ち込んでいるのを見て、気にしていた両親。ハンカチを目尻に当てて泣いている母親に対し、苦笑いの七月。
「ホント、違うの。別に…引っ越しの事がどうこうじゃなくて…」
「神侍くんの事ね?」
七月の母、笹月(さつき)が言う。
「へっ?!」
小恥ずかしくて赤面する七月。
「神侍くんが好きなんだな七月は。なのに見送りに来てなかった…か。」
七月の父、二吹(ふぶき)がそう言うと更に顔が赤くなる七月。
「ち、違うってっ。ふ、二人とも恥ずかしいこと言わないでよっ。」
口を尖らせ、再び窓の外を見る七月。その時、両親が急に立ち上がった。
「…?」
ちょっと気になった七月だが、両親がすぐに声を掛けたので再び外に眼をやった。
「なっちゃん、お母さん達ちょっと洗面所に行って来るわね。」
かなりニコやかな表情で席を立つ笹月と二吹。
『二人で行くって…どんだけ仲良しだよ』としか思わなかった七月だが、実はそうではなかった。
「ココ、イイデスカー?」
「え?」
片言で話し掛けてきた誰かの方を見る七月。そこには…
「し………神ちゃんっ?!」
思わず声を出して立ち上がる七月。その声に、他の乗客の目線が集まる。
「あ、や、ご、ごめんなさい。」
慌ててしゃがむ七月。前の席に座る竜沢。
「ちょ、ちょっと、何で?」
前屈みになって、何故か小声でしゃべる七月。七月の表情は少し引きつってはいるものの、やや笑顔であった。
「い、いやー、アレがソレでなー。」
七月は、竜沢の顔が傷だらけな事に気付いた。
「そ、その傷…どうしたの?」
「うーん…隆正にな。」
「え?隆正くん?」
駅からの帰り道、ボロボロになった自転車を押している…いや、押しているというより引きずっている隆正と、一緒に歩いている鏡達。
「あいつが標識に突っ込んだ時は…笑ったぞ。」
「笑ったんなやっ。」
悪い顔をしてニヤリとする甲にツッコむ隆正。
「ほんとにもぅ。間に合わないかと冷や冷やしたわ。」
ちょっと怒ったように話す流香。
「咲子さんにもらったアイデアを実行して、竜沢くんと殴り合って…それですっきりしたんですか?ま、その顔見れば聞かなくても分かりますけど。」
ニコニコしている鏡。
「おう。…ま、分かってたけど。」
あの時、竜沢に戦いを挑んだ隆正は…
「勝負や、神侍!」
「な、なんで?!」
「行くで!」
竜沢が納得しきれていないまま、隆正は殴りかかってきた。そのまま隆正の右拳を顔面で受ける竜沢。
「何で避けへんねん!」
「い、痛ぇー。」
「神侍!戦えや!」
次は蹴りを出す隆正。更にもう一発。竜沢は右膝、横っ腹と連続で蹴りをくらい、地に膝をつく。
「オー!痛そう!」
顔を覆うブリオ。
「こいや、神侍!」
「お、お前いい加減に…」
と言いながら、またしても顔面に拳をもらう竜沢。遂に後ろに倒れた。
「神侍!」
「い、いや…なんでお前と殴り合わにゃならんのだ。」
口を切ったのか、少し口から出た血を拭う竜沢。
「言うたやろ?七月さんを賭けて、や。」
「それが意味分からん。第一七月を賭けてって…七月の気持ちはどうなるんだよ?七月が誰を好きかって部分が抜けてるじゃねーかっ!」
立ち上がる竜沢。
「お前はホンマ、ムカつくこと言うなぁ。…七月さんの気持ちは分かっとる!七月さんはお前が好きなんや!けど、俺は七月さんが好きなんや!」
「………はぁ?」
かまぼこ型の目を細める竜沢に、ブリオが両手を広げ、首を左右に動かしながら言葉を付け加える。
「オー、ミーがお教えしまショー。…つまりハリネズミは気に入らないのデース。リューザワがナツキさんに好かれてるのに、ハッキリしない友情ウドンなことにデスます。ま、ミーもナツキさんの事チョーラブだったんですけど、もうハリモグラに任せたネ!ハッハァ!」
「ヤマアラシや!お前ワザとやろ?!ほんで優柔不断や!何やねん友情とうどんって!どんなつながり?!」
「………はぁ?」
隆正とブリオの勝手な話しに、やっぱり納得がいかない竜沢。
「いや、七月が好きなのは鏡なんじゃないのか?それに…何故それで殴られにゃいかんのだ!」
「鏡?何とぼけたこと言うとんねん。とにかく勝った奴が七月さんに告白するんや!」
またしても身勝手な事を堂々と叫びながら殴りかかる隆正。
「この…いい加減にしろ!」
「うぐっ!」
竜沢が殴り返し、地面に転がる隆正。
「…いいだろう。それでお前が納得するなら…付き合ってやる!」
「へっ、やっとその気になったんかい!行くで神侍!」
二人は防御なしで殴り合った。そして…決着はすぐだった。
「はぁ、はぁ…あ、あかん、もう…。さっさと行け、神侍。」
ボコボコになって倒れている隆正を見てブリオが自転車から降りる。アスファルトに寝転がったままそのブリオの自転車を指差す隆正。
「はぁ、はぁ…」
竜沢はその場に座り込んだ。まだ顔にはアザが残っている。
喧嘩が強いという印象が無い隆正が、ブラックマスクと互角以上の戦いをした竜沢とまともに戦えていた理由…それは隆正の実家である飛脚一家の掟、山嵐家・十の家訓のひとつである『喧嘩御法度』を隆正が守っている為である。なんせ十の家訓を一つでも破ろうものなら祖父からの想像を絶する凄まじいお仕置きが待っているので、大きな理由が無い限り喧嘩はしない。というか余程の覚悟が無い限り体が拒否反応を起こして喧嘩出来ない。
実は龍青学園に入学した理由は、龍青学園の『喧嘩御法度』が山嵐家の信念と被り、そこが気に入った祖父の勧めによるもの。
しかし過去、学美の為に戦った時、甲が強化プラスチックを破る時間を稼ぐ時…そんな時には迷う事無く本気で戦う隆正。そして今回の竜沢との戦いは同じ女性を好きになった男同士の神聖な勝負であり、家訓を破るものではない…と、勝手に判断。例え竜沢が本気で戦っていなかったにせよ、隆正もそれなりに強いのである。
そして…
「はぁ、はぁ…お、俺は七月が好きだ。どうやら本気で好きだ。だから…やっぱ譲れねー。お前にも、鏡にも…誰にも譲る訳にいかねー。」
「…そんなもんとっくに分かっとる。つーか鏡は関係ないで。まあ何でもええから、とにかく早よ行け。」
「分かった、じゃあ…」
竜沢は隆正を引っ張り起こす。
「な、何やっ?!」
驚く隆正。竜沢は隆正を起こし、ブリオの自転車にまたがった。
「遠慮なく借りるぞブリオ。さあ隆正…グッと行くぞ!」
「…はぁ?!」
「実は俺、学園の南駅までの道を知らんのだ。」
ニカっと笑う竜沢。
「な、何言うとんねん?!さっきお前…」
「だから先導してくれっ。」
「なるほど…ヤーッハッハッハァッ!こりゃおかしいネー!」
「…神侍、お前なぁ。」
竜沢の考えを理解し、大笑いのブリオと呆れる隆正。
「急ぎで頼む。」
「タクシーか?!いや違う、そうやなくて!」
「早くしろ隆正。遅れるじゃねーか。」
「だ、だいたい来んの遅いねん!しかも走ってって!」
「う、うるせぇよ!自転車がパンクしてんの忘れてたんだよ!」
「相変わらずズボラやな!パンクした時に修理しとけや!」
「んだとぉ?!お前が勝負挑んで来なけりゃ間に合う計算だったんだよ!」
「自分のズボラを人のせいにすんなや!」
竜沢と隆正のやり取りを聞き、笑い出すブリオ。
「ハッハァ!さすがリューザワ!ミスター音根も惚れ込む訳ネ!さぁ、カンベンして走るね、タカアラシ!」
「観念やろ?!あと名前略すな!」
その後暫くドタバタが続いたが、竜沢が絶対引かないと分かった隆正は渋々竜沢の言う通り先導する羽目になる。
時間があまりない為、ブリオを置いてぶっ飛ばす隆正と竜沢。
そして急に止まれずに駅ロータリー内の標識に激突する羽目になる隆正と、その後ろから同じ様に突っ込む竜沢。そう、危うく自転車に激突されそうになった隆正であった。
「そこを甲に見られた…って訳か?」
学美が言う。
「あのぶつかり方…竜沢じゃないと直ぐ動けなかっただろうな。」
その甲の言葉に、うなずく隆正。
「ブリオの自転車は再起不能やけどな…」
車輪は歪み、前輪のスポークはほぼ全破損。車体のフレームもひん曲がっている。
「弁償、高くつきそうですね。ついでにその顔面も。」
ニコやかに隆正を見る鏡。隆正の顔は腫れあがってきていた。
「し、神侍に弁償さしたろ。しっかしホンマ、世話の掛かる奴やでっ。俺は言うてみたらキューピットやな、キューピット。」
「きったない顔のキューピットが居たもんだねー。」
「言わんといてっ!」
キツめのツッコミを入れてきた学美に、涙目でツッコミ返す隆正。
「まぁでも…良かったよ。七月の奴さ…ずっと探してたんだよね、夏まつりの君を。」
「何です?夏まつりの君って。」
学美のいう『夏まつりの君』に首をかしげる鏡。
「私もついこの前、学美に聞いたところなんだけど…」
流香が話し出す。
七月が小学生の時、学園都市の夏祭りに来た際に親とはぐれ、不安で泣いていた時に出会った男の子に励まされたこと、その男の子にイヤリングをもらったこと、付き合う約束をしたこと…そしてその男の子が実は竜沢だったこと…等を、流香は皆に話した。
「そんな事があったんですか。初耳です。」
「ほぅ。」
「けど何でそれが神侍って分かったんや?」
隆正の質問に、学美が答える。
「イヤリングをもらった後に、遠くで誰かがその男の子を『しんじ』って呼んだんだってさ。で、あと…これがすっげーこそばゆいんだけどなっ!」
自分の事のように照れ笑いする学美。
「神侍に会った時、一目見て分かったんだとっ。」
その言葉で、一同ついついニヤける。
「私らも、何回も特徴とか聞かされてね。そりゃあもう、必ず見付けるって…凄かったんだよ。」
学美は自然と笑顔になっていた。
「だから争奪杯の時に神侍を見て、その名前と特徴で一発で分かったんだ。七月の言う夏まつりの君だ…ってね。」
「そうだったんですか。」
「んで龍青に来たら…なんと七月が居てさ。思わず出た言葉が『会えて良かったな』だった。」
下を見ながら嬉しそうに…だが少し、寂しそうに言う学美。
「今はスマホ持ってるけど、あの時は無かったからな。七月が夏まつりの君と会えていたとは知らなくて…ホント驚いたよ。」
「…。」
その学美の横顔を見て、流香は確信した。やはり学美は竜沢の事が好きなのだと。
「まっなみ!」
突然、学美に抱き着く流香。
「うわっ!なな、なんだよ流香?!」
「この後、みんなでモーニングでも食べに行かない?」
流香らしからぬテンションに、学美は何となく理解した。
『バレたな、こりゃ。』
苦笑いする学美。
「それええやん!行こや!」
「そうですね、行きましょうか。」
「…腹が減った。」
「この近くに外見の雰囲気がいいお店があったはず。」
「ぷっ。外見かよっ。」
笑い合う学美と流香であった。
「…さて、傷だらけの神侍くんと捻くれ者の七月ちゃんは、どんな話しをしてるのかな。」
その学美の言葉に全員が微笑む。
「ふぅ~、まぁ多分微笑ましい事になってるんだろうけど。」
流香もそう言って微笑んだ。
竜沢から話しを聞き、ふき出す七月。
「じゃあ、その傷は隆正くんに…?」
「おう。あいつ本気で殴りやがってな。」
顔の傷を押さえて言う竜沢。だがもうかなり回復している。
「ふぅん、そうだったんだ。…でも間に合って…来てくれて…嬉しいっ。」
「うっ!」
ニコッとする七月に、ドキッとする竜沢。
「な、七月…」
「は、はぃっ。」
急に真剣な表情をする竜沢に、今度は七月がドキッとした。七月、声裏返った。
「その…右耳の…」
「あ…」
竜沢に言われ、右耳に手をやる七月。
「それってあれ…だよな?」
「う、うん。」
竜沢は思い出したのだ。七月が水上平均台バレーボールに出場した時に見た、あの右耳のイヤリングの事を。見覚えがあった、その紫の玉のイヤリングの事を。
「夏祭りの夜に俺があげたもの…だよな。」
「…。」
無言で、顔を赤くしている七月。
「お母さんとはぐれて、泣いてたとこに急に現れたんだよね、神ちゃんが。」
「あの時、俺も姉ちゃんとはぐれてたんだよな、実は。」
「えっ?そうなの?」
びっくりする七月。竜沢は泣いてた七月と違って余裕だったからである。
「まぁどうとでもなるだろうと…」
苦笑いする竜沢。
「元々なんだね、お気楽な性格っ。」
思わずふき出す七月。
「言うなよ。…あの時ゲームソフトが欲しくてやったくじ引きで玩具のイヤリングが当たってな。その時、泣いてた女の子を見付けて…」
「お父さんが次の転勤先の職場近くでお祭りがあるって聞いてきて。あの時は学園都市に住んでた訳じゃなかったから、お母さんとはぐれて凄く不安になってた。」
「思わず話し掛けたんだが、どうやって励ませばいいのか分からんくてな。持ってたイヤリングを渡したんだ。」
七月が右耳に髪をかけると、紫色のイヤリングが露わになる。
「あの時の神ちゃんの笑顔が凄く頼もしくて…イヤリングが綺麗で…。神ちゃんのあの言葉が、凄く嬉しくて…。」
目を少し細めて微笑む七月に、ドキッとする竜沢。
「な、七月、あ、あの…な。」
「う、うん…」
二人の間に物凄い緊張感が漂う。それを隣の車両から覗き見しようと必死で動きまくっている七月の両親だが、角度が際どく微妙に見えない。さすが七月の両親。
「あ、あの時の約束覚えてるか?」
「うん。」
「じゃ、じゃあ…いや、じゃあって言い方も変なんだが…」
なんとも歯切れの悪い竜沢。
「お、俺は、その、ずっと、ななな七月のこと…」
「う、うん。」
緊張しまくってうまく話せない竜沢と、息をのむ七月。と、その時『次は~学園端の駅~学園端の駅~』と車内アナウンスが流れた。
「……ぷっ。」
そのアナウンスがちょっと訛っていたので、緊張がほぐれて思わずふき出す二人。
「ははっは…。え、えっと…」
前屈みになっていた体を一度起こし、頭をかいてからもう一度前屈みになる竜沢。
「七月、俺…」
「は、はい。」
七月も竜沢に合わせて体を起こした後もう一度前屈みになり、竜沢と目線を合わす。どちらからという訳ではなく、二人の距離が徐々に近付いて行く。
「お、お前の事が…好きだっ。」
「うんっ。私も…大好きっ。」
そう言って自然と顔を近付けていく二人は、軽くキスをした。本当に軽く、唇が触れるか触れないかのキスだったが、二人は思いっ切り照れ笑い。
こっそり覗いていた両親は、ギリギリ見えたのか…悶えていた。さすが七月の両親。
「さ、さて…ど、どこで降りようかな~。」
照れながら体を起こしてそう言う竜沢に、七月が上目遣いで小悪魔的に言う。
「この際、引っ越しの手伝いでもしてもらおうかな~。」
「お?…おお!そ、それってお前のアレを俺が片付けても良いって事かね?」
「何よ、アレって?…ったく、相変わらず神ちゃんってスケベだよねっ。」
「はっ、ははっ。」
そしてまた照れ笑いし合う二人であった。
数日後。
龍青学園では真橙中学校との野球対決が行なわれていた。真橙中学校側で別の種目に出場していたGCSA達が全員駆け付け、試合に参加していた。
「甲!頼むぞ!」
ファーストベース上の竜沢が声を出す。サードベースには隆正、セカンドベースには鏡が居る。どうやら満塁のチャンスだ。その場面でバッターボックスには甲。そう、もはや最後のシーンという感じである。
「…。」
無表情でバットを構える甲。そこでキャッチャーが立ち上がった。真橙のピッチャーは、悔しそうにボールをストライクゾーンから大きく外して投げた。敬遠である。一点は失うものの、甲には前の打席でホームランを打たれている事もあり、次のバッターで勝負する方がマシ…という真橙側の判断であった。が…
「ぬぅん!」
バットを片手で握り、極限まで遠くに届くよう伸ばし、更に飛び付いて大きく外してきたボールを無理矢理打つ甲。
快音が響く。そんな無理矢理な体勢で打ったにも関わらずボールはスコアボードに直撃した。
その物凄いパワーに巻き起こる歓声。流香や学美も大喜びしている。その試合を見に来ていた鳴尾国雄と、その横で一緒に喜んでいる深雪。近くには音根兄弟や道後達も居た。アナウンス室の咲子もマイクに向かって大歓声。
ボールが飛んで行った時点では、スコアボードの表示は『龍青1点、真橙4点』となっていたが『龍青5点、真橙4点』に変わった。九回裏龍青側の攻撃だった為、試合は龍青学園の勝ちである。
そしてスコアボードに当たってから地面に落ちてきたボールの近くには…
「ふっ、さすがだな。良い試合だったぞ。」
大きな手でボールを拾い上げたのは鏡の兄、翔であった。
「さて、と…」
その場から離れながらスマホを出す翔。画面には『908』と表示が出ていた。
「…おう、新しい職場はどうだ。…ははっ、我慢しろよ。あ?ああ、勝ったぞ。あいつらが揃ってて負けるかよ。…ああ。…ああ。…ふん、そうはさせねぇよ。その為に俺達が居る…そうだろ?」
誰かと話しながら去って行く翔。
グランドでは、甲がホームベースを踏んだ瞬間に駆け寄る龍青選手達の姿があった。
竜沢、鏡、隆正も満面の笑みである。そしてどさくさに紛れて甲を何度もコツいていた竜沢と隆正は、更にコツこうとした時に甲から反撃のダブルラリアットをくらい、その場に揃って沈んだ。それを見て大爆笑の龍青の生徒達。もう真橙の生徒達も一緒に笑っていた。
これこそが龍青学園GCSAの強さである。何でも楽しくしてしまう、竜沢の強さである。
「よーし!これで緑茶ワンケース頂きだ!…明日もグッと行くぞ!」
即行で復活した竜沢の声が、青空に響き渡る。
七月を見送った全員が揃って歩いていた。
「今頃は…か。」
呟く甲に対して鏡がニコやかに答える。
「そうですね。でもあの人…ちゃんと言えますかね?」
「言ってもらわな困るでっ。」
「ふぅ~、そうね。でないと砕け散った隆正くんが浮かばれないわ。」
「俺粉々?!」
隆正の綺麗なツッコミ。
「そうですよぅ。咲子だって困りますぅ。」
「やんな、咲ちゃん。」
「ですね、山嵐先輩っ。」
「ねー。」
隆正は咲子と顔の高さを合わせ、二人揃って首を傾けて可愛く共感し合う。隆正、かなり気持ち悪い。
それを見てかなりムスッとする高瀬。
「ぷっ。ま、あいつはやるときゃやる…そんな奴だろ?」
隆正らの絡みを見てふき出した後、そう言う学美。
「そうですね。でもこの件に関してだけは…かなり心配ですが。」
そう言う鏡や皆の頭には、あの男の事が浮かんでいた。
その頃電車内の七月は、もう扉付近からは移動して両親と向かい合って座っていた。
「…ふぅ。」
窓枠に肘を付いて、窓の外を見ながらため息をつく七月。
「なっちゃん…」
「すまんな、七月。お父さんのせいで何回も引っ越す事に…」
「えっ?…な、何言ってんの?お父さんは何も悪くないよ。お母さん、何も泣かなくても。」
七月が落ち込んでいるのを見て、気にしていた両親。ハンカチを目尻に当てて泣いている母親に対し、苦笑いの七月。
「ホント、違うの。別に…引っ越しの事がどうこうじゃなくて…」
「神侍くんの事ね?」
七月の母、笹月(さつき)が言う。
「へっ?!」
小恥ずかしくて赤面する七月。
「神侍くんが好きなんだな七月は。なのに見送りに来てなかった…か。」
七月の父、二吹(ふぶき)がそう言うと更に顔が赤くなる七月。
「ち、違うってっ。ふ、二人とも恥ずかしいこと言わないでよっ。」
口を尖らせ、再び窓の外を見る七月。その時、両親が急に立ち上がった。
「…?」
ちょっと気になった七月だが、両親がすぐに声を掛けたので再び外に眼をやった。
「なっちゃん、お母さん達ちょっと洗面所に行って来るわね。」
かなりニコやかな表情で席を立つ笹月と二吹。
『二人で行くって…どんだけ仲良しだよ』としか思わなかった七月だが、実はそうではなかった。
「ココ、イイデスカー?」
「え?」
片言で話し掛けてきた誰かの方を見る七月。そこには…
「し………神ちゃんっ?!」
思わず声を出して立ち上がる七月。その声に、他の乗客の目線が集まる。
「あ、や、ご、ごめんなさい。」
慌ててしゃがむ七月。前の席に座る竜沢。
「ちょ、ちょっと、何で?」
前屈みになって、何故か小声でしゃべる七月。七月の表情は少し引きつってはいるものの、やや笑顔であった。
「い、いやー、アレがソレでなー。」
七月は、竜沢の顔が傷だらけな事に気付いた。
「そ、その傷…どうしたの?」
「うーん…隆正にな。」
「え?隆正くん?」
駅からの帰り道、ボロボロになった自転車を押している…いや、押しているというより引きずっている隆正と、一緒に歩いている鏡達。
「あいつが標識に突っ込んだ時は…笑ったぞ。」
「笑ったんなやっ。」
悪い顔をしてニヤリとする甲にツッコむ隆正。
「ほんとにもぅ。間に合わないかと冷や冷やしたわ。」
ちょっと怒ったように話す流香。
「咲子さんにもらったアイデアを実行して、竜沢くんと殴り合って…それですっきりしたんですか?ま、その顔見れば聞かなくても分かりますけど。」
ニコニコしている鏡。
「おう。…ま、分かってたけど。」
あの時、竜沢に戦いを挑んだ隆正は…
「勝負や、神侍!」
「な、なんで?!」
「行くで!」
竜沢が納得しきれていないまま、隆正は殴りかかってきた。そのまま隆正の右拳を顔面で受ける竜沢。
「何で避けへんねん!」
「い、痛ぇー。」
「神侍!戦えや!」
次は蹴りを出す隆正。更にもう一発。竜沢は右膝、横っ腹と連続で蹴りをくらい、地に膝をつく。
「オー!痛そう!」
顔を覆うブリオ。
「こいや、神侍!」
「お、お前いい加減に…」
と言いながら、またしても顔面に拳をもらう竜沢。遂に後ろに倒れた。
「神侍!」
「い、いや…なんでお前と殴り合わにゃならんのだ。」
口を切ったのか、少し口から出た血を拭う竜沢。
「言うたやろ?七月さんを賭けて、や。」
「それが意味分からん。第一七月を賭けてって…七月の気持ちはどうなるんだよ?七月が誰を好きかって部分が抜けてるじゃねーかっ!」
立ち上がる竜沢。
「お前はホンマ、ムカつくこと言うなぁ。…七月さんの気持ちは分かっとる!七月さんはお前が好きなんや!けど、俺は七月さんが好きなんや!」
「………はぁ?」
かまぼこ型の目を細める竜沢に、ブリオが両手を広げ、首を左右に動かしながら言葉を付け加える。
「オー、ミーがお教えしまショー。…つまりハリネズミは気に入らないのデース。リューザワがナツキさんに好かれてるのに、ハッキリしない友情ウドンなことにデスます。ま、ミーもナツキさんの事チョーラブだったんですけど、もうハリモグラに任せたネ!ハッハァ!」
「ヤマアラシや!お前ワザとやろ?!ほんで優柔不断や!何やねん友情とうどんって!どんなつながり?!」
「………はぁ?」
隆正とブリオの勝手な話しに、やっぱり納得がいかない竜沢。
「いや、七月が好きなのは鏡なんじゃないのか?それに…何故それで殴られにゃいかんのだ!」
「鏡?何とぼけたこと言うとんねん。とにかく勝った奴が七月さんに告白するんや!」
またしても身勝手な事を堂々と叫びながら殴りかかる隆正。
「この…いい加減にしろ!」
「うぐっ!」
竜沢が殴り返し、地面に転がる隆正。
「…いいだろう。それでお前が納得するなら…付き合ってやる!」
「へっ、やっとその気になったんかい!行くで神侍!」
二人は防御なしで殴り合った。そして…決着はすぐだった。
「はぁ、はぁ…あ、あかん、もう…。さっさと行け、神侍。」
ボコボコになって倒れている隆正を見てブリオが自転車から降りる。アスファルトに寝転がったままそのブリオの自転車を指差す隆正。
「はぁ、はぁ…」
竜沢はその場に座り込んだ。まだ顔にはアザが残っている。
喧嘩が強いという印象が無い隆正が、ブラックマスクと互角以上の戦いをした竜沢とまともに戦えていた理由…それは隆正の実家である飛脚一家の掟、山嵐家・十の家訓のひとつである『喧嘩御法度』を隆正が守っている為である。なんせ十の家訓を一つでも破ろうものなら祖父からの想像を絶する凄まじいお仕置きが待っているので、大きな理由が無い限り喧嘩はしない。というか余程の覚悟が無い限り体が拒否反応を起こして喧嘩出来ない。
実は龍青学園に入学した理由は、龍青学園の『喧嘩御法度』が山嵐家の信念と被り、そこが気に入った祖父の勧めによるもの。
しかし過去、学美の為に戦った時、甲が強化プラスチックを破る時間を稼ぐ時…そんな時には迷う事無く本気で戦う隆正。そして今回の竜沢との戦いは同じ女性を好きになった男同士の神聖な勝負であり、家訓を破るものではない…と、勝手に判断。例え竜沢が本気で戦っていなかったにせよ、隆正もそれなりに強いのである。
そして…
「はぁ、はぁ…お、俺は七月が好きだ。どうやら本気で好きだ。だから…やっぱ譲れねー。お前にも、鏡にも…誰にも譲る訳にいかねー。」
「…そんなもんとっくに分かっとる。つーか鏡は関係ないで。まあ何でもええから、とにかく早よ行け。」
「分かった、じゃあ…」
竜沢は隆正を引っ張り起こす。
「な、何やっ?!」
驚く隆正。竜沢は隆正を起こし、ブリオの自転車にまたがった。
「遠慮なく借りるぞブリオ。さあ隆正…グッと行くぞ!」
「…はぁ?!」
「実は俺、学園の南駅までの道を知らんのだ。」
ニカっと笑う竜沢。
「な、何言うとんねん?!さっきお前…」
「だから先導してくれっ。」
「なるほど…ヤーッハッハッハァッ!こりゃおかしいネー!」
「…神侍、お前なぁ。」
竜沢の考えを理解し、大笑いのブリオと呆れる隆正。
「急ぎで頼む。」
「タクシーか?!いや違う、そうやなくて!」
「早くしろ隆正。遅れるじゃねーか。」
「だ、だいたい来んの遅いねん!しかも走ってって!」
「う、うるせぇよ!自転車がパンクしてんの忘れてたんだよ!」
「相変わらずズボラやな!パンクした時に修理しとけや!」
「んだとぉ?!お前が勝負挑んで来なけりゃ間に合う計算だったんだよ!」
「自分のズボラを人のせいにすんなや!」
竜沢と隆正のやり取りを聞き、笑い出すブリオ。
「ハッハァ!さすがリューザワ!ミスター音根も惚れ込む訳ネ!さぁ、カンベンして走るね、タカアラシ!」
「観念やろ?!あと名前略すな!」
その後暫くドタバタが続いたが、竜沢が絶対引かないと分かった隆正は渋々竜沢の言う通り先導する羽目になる。
時間があまりない為、ブリオを置いてぶっ飛ばす隆正と竜沢。
そして急に止まれずに駅ロータリー内の標識に激突する羽目になる隆正と、その後ろから同じ様に突っ込む竜沢。そう、危うく自転車に激突されそうになった隆正であった。
「そこを甲に見られた…って訳か?」
学美が言う。
「あのぶつかり方…竜沢じゃないと直ぐ動けなかっただろうな。」
その甲の言葉に、うなずく隆正。
「ブリオの自転車は再起不能やけどな…」
車輪は歪み、前輪のスポークはほぼ全破損。車体のフレームもひん曲がっている。
「弁償、高くつきそうですね。ついでにその顔面も。」
ニコやかに隆正を見る鏡。隆正の顔は腫れあがってきていた。
「し、神侍に弁償さしたろ。しっかしホンマ、世話の掛かる奴やでっ。俺は言うてみたらキューピットやな、キューピット。」
「きったない顔のキューピットが居たもんだねー。」
「言わんといてっ!」
キツめのツッコミを入れてきた学美に、涙目でツッコミ返す隆正。
「まぁでも…良かったよ。七月の奴さ…ずっと探してたんだよね、夏まつりの君を。」
「何です?夏まつりの君って。」
学美のいう『夏まつりの君』に首をかしげる鏡。
「私もついこの前、学美に聞いたところなんだけど…」
流香が話し出す。
七月が小学生の時、学園都市の夏祭りに来た際に親とはぐれ、不安で泣いていた時に出会った男の子に励まされたこと、その男の子にイヤリングをもらったこと、付き合う約束をしたこと…そしてその男の子が実は竜沢だったこと…等を、流香は皆に話した。
「そんな事があったんですか。初耳です。」
「ほぅ。」
「けど何でそれが神侍って分かったんや?」
隆正の質問に、学美が答える。
「イヤリングをもらった後に、遠くで誰かがその男の子を『しんじ』って呼んだんだってさ。で、あと…これがすっげーこそばゆいんだけどなっ!」
自分の事のように照れ笑いする学美。
「神侍に会った時、一目見て分かったんだとっ。」
その言葉で、一同ついついニヤける。
「私らも、何回も特徴とか聞かされてね。そりゃあもう、必ず見付けるって…凄かったんだよ。」
学美は自然と笑顔になっていた。
「だから争奪杯の時に神侍を見て、その名前と特徴で一発で分かったんだ。七月の言う夏まつりの君だ…ってね。」
「そうだったんですか。」
「んで龍青に来たら…なんと七月が居てさ。思わず出た言葉が『会えて良かったな』だった。」
下を見ながら嬉しそうに…だが少し、寂しそうに言う学美。
「今はスマホ持ってるけど、あの時は無かったからな。七月が夏まつりの君と会えていたとは知らなくて…ホント驚いたよ。」
「…。」
その学美の横顔を見て、流香は確信した。やはり学美は竜沢の事が好きなのだと。
「まっなみ!」
突然、学美に抱き着く流香。
「うわっ!なな、なんだよ流香?!」
「この後、みんなでモーニングでも食べに行かない?」
流香らしからぬテンションに、学美は何となく理解した。
『バレたな、こりゃ。』
苦笑いする学美。
「それええやん!行こや!」
「そうですね、行きましょうか。」
「…腹が減った。」
「この近くに外見の雰囲気がいいお店があったはず。」
「ぷっ。外見かよっ。」
笑い合う学美と流香であった。
「…さて、傷だらけの神侍くんと捻くれ者の七月ちゃんは、どんな話しをしてるのかな。」
その学美の言葉に全員が微笑む。
「ふぅ~、まぁ多分微笑ましい事になってるんだろうけど。」
流香もそう言って微笑んだ。
竜沢から話しを聞き、ふき出す七月。
「じゃあ、その傷は隆正くんに…?」
「おう。あいつ本気で殴りやがってな。」
顔の傷を押さえて言う竜沢。だがもうかなり回復している。
「ふぅん、そうだったんだ。…でも間に合って…来てくれて…嬉しいっ。」
「うっ!」
ニコッとする七月に、ドキッとする竜沢。
「な、七月…」
「は、はぃっ。」
急に真剣な表情をする竜沢に、今度は七月がドキッとした。七月、声裏返った。
「その…右耳の…」
「あ…」
竜沢に言われ、右耳に手をやる七月。
「それってあれ…だよな?」
「う、うん。」
竜沢は思い出したのだ。七月が水上平均台バレーボールに出場した時に見た、あの右耳のイヤリングの事を。見覚えがあった、その紫の玉のイヤリングの事を。
「夏祭りの夜に俺があげたもの…だよな。」
「…。」
無言で、顔を赤くしている七月。
「お母さんとはぐれて、泣いてたとこに急に現れたんだよね、神ちゃんが。」
「あの時、俺も姉ちゃんとはぐれてたんだよな、実は。」
「えっ?そうなの?」
びっくりする七月。竜沢は泣いてた七月と違って余裕だったからである。
「まぁどうとでもなるだろうと…」
苦笑いする竜沢。
「元々なんだね、お気楽な性格っ。」
思わずふき出す七月。
「言うなよ。…あの時ゲームソフトが欲しくてやったくじ引きで玩具のイヤリングが当たってな。その時、泣いてた女の子を見付けて…」
「お父さんが次の転勤先の職場近くでお祭りがあるって聞いてきて。あの時は学園都市に住んでた訳じゃなかったから、お母さんとはぐれて凄く不安になってた。」
「思わず話し掛けたんだが、どうやって励ませばいいのか分からんくてな。持ってたイヤリングを渡したんだ。」
七月が右耳に髪をかけると、紫色のイヤリングが露わになる。
「あの時の神ちゃんの笑顔が凄く頼もしくて…イヤリングが綺麗で…。神ちゃんのあの言葉が、凄く嬉しくて…。」
目を少し細めて微笑む七月に、ドキッとする竜沢。
「な、七月、あ、あの…な。」
「う、うん…」
二人の間に物凄い緊張感が漂う。それを隣の車両から覗き見しようと必死で動きまくっている七月の両親だが、角度が際どく微妙に見えない。さすが七月の両親。
「あ、あの時の約束覚えてるか?」
「うん。」
「じゃ、じゃあ…いや、じゃあって言い方も変なんだが…」
なんとも歯切れの悪い竜沢。
「お、俺は、その、ずっと、ななな七月のこと…」
「う、うん。」
緊張しまくってうまく話せない竜沢と、息をのむ七月。と、その時『次は~学園端の駅~学園端の駅~』と車内アナウンスが流れた。
「……ぷっ。」
そのアナウンスがちょっと訛っていたので、緊張がほぐれて思わずふき出す二人。
「ははっは…。え、えっと…」
前屈みになっていた体を一度起こし、頭をかいてからもう一度前屈みになる竜沢。
「七月、俺…」
「は、はい。」
七月も竜沢に合わせて体を起こした後もう一度前屈みになり、竜沢と目線を合わす。どちらからという訳ではなく、二人の距離が徐々に近付いて行く。
「お、お前の事が…好きだっ。」
「うんっ。私も…大好きっ。」
そう言って自然と顔を近付けていく二人は、軽くキスをした。本当に軽く、唇が触れるか触れないかのキスだったが、二人は思いっ切り照れ笑い。
こっそり覗いていた両親は、ギリギリ見えたのか…悶えていた。さすが七月の両親。
「さ、さて…ど、どこで降りようかな~。」
照れながら体を起こしてそう言う竜沢に、七月が上目遣いで小悪魔的に言う。
「この際、引っ越しの手伝いでもしてもらおうかな~。」
「お?…おお!そ、それってお前のアレを俺が片付けても良いって事かね?」
「何よ、アレって?…ったく、相変わらず神ちゃんってスケベだよねっ。」
「はっ、ははっ。」
そしてまた照れ笑いし合う二人であった。
数日後。
龍青学園では真橙中学校との野球対決が行なわれていた。真橙中学校側で別の種目に出場していたGCSA達が全員駆け付け、試合に参加していた。
「甲!頼むぞ!」
ファーストベース上の竜沢が声を出す。サードベースには隆正、セカンドベースには鏡が居る。どうやら満塁のチャンスだ。その場面でバッターボックスには甲。そう、もはや最後のシーンという感じである。
「…。」
無表情でバットを構える甲。そこでキャッチャーが立ち上がった。真橙のピッチャーは、悔しそうにボールをストライクゾーンから大きく外して投げた。敬遠である。一点は失うものの、甲には前の打席でホームランを打たれている事もあり、次のバッターで勝負する方がマシ…という真橙側の判断であった。が…
「ぬぅん!」
バットを片手で握り、極限まで遠くに届くよう伸ばし、更に飛び付いて大きく外してきたボールを無理矢理打つ甲。
快音が響く。そんな無理矢理な体勢で打ったにも関わらずボールはスコアボードに直撃した。
その物凄いパワーに巻き起こる歓声。流香や学美も大喜びしている。その試合を見に来ていた鳴尾国雄と、その横で一緒に喜んでいる深雪。近くには音根兄弟や道後達も居た。アナウンス室の咲子もマイクに向かって大歓声。
ボールが飛んで行った時点では、スコアボードの表示は『龍青1点、真橙4点』となっていたが『龍青5点、真橙4点』に変わった。九回裏龍青側の攻撃だった為、試合は龍青学園の勝ちである。
そしてスコアボードに当たってから地面に落ちてきたボールの近くには…
「ふっ、さすがだな。良い試合だったぞ。」
大きな手でボールを拾い上げたのは鏡の兄、翔であった。
「さて、と…」
その場から離れながらスマホを出す翔。画面には『908』と表示が出ていた。
「…おう、新しい職場はどうだ。…ははっ、我慢しろよ。あ?ああ、勝ったぞ。あいつらが揃ってて負けるかよ。…ああ。…ああ。…ふん、そうはさせねぇよ。その為に俺達が居る…そうだろ?」
誰かと話しながら去って行く翔。
グランドでは、甲がホームベースを踏んだ瞬間に駆け寄る龍青選手達の姿があった。
竜沢、鏡、隆正も満面の笑みである。そしてどさくさに紛れて甲を何度もコツいていた竜沢と隆正は、更にコツこうとした時に甲から反撃のダブルラリアットをくらい、その場に揃って沈んだ。それを見て大爆笑の龍青の生徒達。もう真橙の生徒達も一緒に笑っていた。
これこそが龍青学園GCSAの強さである。何でも楽しくしてしまう、竜沢の強さである。
「よーし!これで緑茶ワンケース頂きだ!…明日もグッと行くぞ!」
即行で復活した竜沢の声が、青空に響き渡る。
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