瑞稀の季節

compo

文字の大きさ
上 下
31 / 56
陸前浜街道

こっちでどうかね

しおりを挟む
「社長!ミーティング終わったよぉ。」

ミーティングというか、社長の扱い方を改めてお姉ちゃんに伝授した時間ですが、まぁお姉ちゃん的に納得してくれた様なので。



「なんでお姉ちゃん、社長にそんなにびびってるの?」
「だってねぇ。まだお若いのに、なんか人生に投げやりと言うか…。」
「ほほぅ。私と言う女を飼っている辺りが投げやりだと。」
「むしろ、あんな人に全てを投げ出している理沙の方が投げやりよね。」

「あのね。人の暗部を覗いてしまって、それでも真っ直ぐに生きようとしている人に惚れちゃったら、泥沼から足なんか簡単には抜けないのよ。」
「そこよ。何故自分で暗部とか泥沼とか言えちゃうのよ。」
「お姉ちゃん、そんなに自分は清廉潔白で正しい人間と言える?」
「私のだらしが無さを赤の他人に見せびらかす羽目になったけどね。私も相当黒い女な自覚はあるわよ。それにしてもねぇ。」
「社長は、それを全部知ってフラットなの。感情もフラット。未来予想図もフラット。今日も昨日も明日もフラット。そんな人を1人くらい支えてあげても良いでしょ。お義父さんにはお義母さんがいてくれる様に、社長には私がいるの。そう決めたの。」
「そこら辺が、私には全部怖いの。そうか、先生がなんか怖いのは、私の周りにそんな覚悟を決めた男の人、いないからだ。」

「社長はね。私が重しになってるの。私が社長の奥さんに立候補して、社長に世話を焼かせているから、社長は私の為に生きているの。私がいなかったら、自殺とまではいかないにしても、無茶して自分が壊れても、多分何の後悔もしない人だよ。」
「なんでそんな人の面倒を見ようと思ったの?」

「見本があるから。お義父さんとお義母さんって言う。お義父さんも社長も、単純に人間のスキルレベルで言えば相当上位な人だよ。それを本人達は自覚も活かそうともしない。だったら、惚れた女がそばで操縦してあげれば、当の本人達は幸せな生活が送れる。だったらそれで良いじゃん。
「社長、あの通りイケメンとは言えないけど、まぁ爽やか系で人当たりが良いのよね。第一印象を良く取る人が多くて、よく道を聞かれたり、話しかけられるの。動物だって良く懐くし。
「だったら、女として先に唾付けといて外れは無いと思うわけよ。」

「…だんだん、先生より理沙の肝の座り方が恐ろしくなって来たわ。」
「うるさいよ、私はあんたの妹じゃ。あんたとおんなじDNA持ってんじゃ。」
「私もそうだと言うの?」
「多分、温度差や格差で耳キーンなるかもしれないけど、対男性という面では、そう大差ないかと。」
「ええと。小一時間思い出すので、反省の時間をくれるかしら。」

という事で、お姉ちゃんが長考に入ってしまったので、私は愛する社長のところに来ています。
お姉ちゃんってああなると、一昔前のオセロや麻雀ゲームのCOMみたいになるんだよね。
わりかしあれで、反省魔だから。
精神的にSとMが割と脆く発動しちゃうのよね。

躁鬱とまでは行かなくても、私もその気はあるし、落ち込みやすいタイプなのは自分の欠点としてわかってる。
でもそんな時に、それこそいつでもフラットな社長に甘えられるから、私は簡単に復活出来る。
社長に褒められれば、それだけで鬱状態なんか吹き飛ぶ!
女にとって、「絶対的」な男に仕えられるってのはありがたい話。
私は社長を一生支えて行くつもりだけど、私はその分自分の全部社長に投げ出して行く所存だから。

★  ★  ★

「あちち。」
そんな女達の厄介な本音トークよりも、社長には干し芋をいかに美味しく焼けるかの方が大事なんだな。コレが。

「おや、葛城さんはどうしたの?」
「お姉ちゃんなら、社長に叱られたから反省してます。」
「???。」
「って捉えているんですよ。お姉ちゃんの提案に、社長が色良い返事をしてもらえなかったから。」
「あぁ、あれね。まぁ、南さんを通じて欲しかったねぇ。''葛城理沙''の縁故を使うと贔屓になっちゃうし。」

ほらやっぱり。
社長は人と人の繋がりを大切にしているから、こういうとこ頑固なんだよね。

「あと、お姉ちゃんは社長が怖いそうですよ。」
「僕が?何処が?まったく威厳の欠片も無い顔なのに?」

自分で自分の顔をグニャグニャいじり倒す社長。
 
「普段まったく怒らない人が否定すると、それだけで怖いよ社長。うちのお姉ちゃん、あれで打たれ弱いし。」
「そんなもんかねぇ。僕はこれっぽっちも気分を害していないんだけど。」

仕方ないなぁと言いながら、社長は焼き上がった干し芋と、社長特製お茶(お~い、お茶)を淹れて部屋に戻って行った。

………だからってさぁ。
いい大人が、それも女性が土下座して良いもんじゃ無いと思うよ、お姉ちゃん。
あ、滅多に感情を出さない社長が怯えてる。

「改めましてお詫び致します。なんでしたら担当変えも…
「いやいやいやいや。」

あ、社長が珍しく引いてる。
相手の言葉を食って話す姿なんか初めて見るぞ。
いやね、髪の長い(妹が言う事じゃないけど)美人さんの土下座というのも、垂れ下がった髪の毛がなんとも艶めかしいけどさぁ。
銀河鉄道999のメーテルが土下座しているみたいだし。
でも、社長にそういうビジュアル面は通用しないよ?

って思ってけど、顔を上げたお姉ちゃん見てわかった。
この人、天然だ。
自分の姿態が周りにどんな破壊力をもたらすか、本当のところで理解してない。
頭を下げたかったから、下げただけだ。
しかも同性の実の妹にはクリティカルヒットしているのに、社長にはレベル1の勇者にひのきの棒で殴られるより効いていない。
女性に頭を下げさせた方に動揺してる。

…あぁなんだ。
色々な意味で可哀想だぞ。
コレでもう、お姉ちゃんは社長に逆らえない。
…あと、私の方が先に社長に知り合っておいて良かったわ。
こんなん見せられたら、私じゃ勝てないじゃん。

★  ★  ★

「Wikipediaを見ていて気がついたんだ。水戸街道や陸前浜街道よりも、僕が歩いていなくて、面白そうな道がある。」

「土下座女」と「干し芋男」とその「妹かつ愛人」という世紀末(21世紀はあと80年くらいあるけど)な組み合わせの会社を立て直すのは、私の役目。

「これさ。市川の国府台あるいは国分寺から、石岡の国分寺まで、残っている道を歩くのは面白いかも知れない。」

むしゃむしゃ。
なんだろな。
うちのお母さんの実家から送られてくる干し芋は同じなのに、なんでこんなに味が違うんだろ。

「それはなんでしょうか、ええと。松戸街道ってなってますね。」
「それは多分新しい道。左右に並行して道が走っているのがわかりますか?」

お姉ちゃんはタブレットのGoogle MAPを、私は紙の地図を開いている。
社長がソラで話しているのは、おそらく近辺の地理を把握しているからだ。

「それは多分、どちらかが律令制東海道の名残だと思います。」
「律令制…なんか遠い昔に習った覚えがありますね。」

多分お姉ちゃんは、高校の日本史以来、久しぶりに聞く単語かも知れない。
でも私はこの間まで女子高生(何故女子をつけた?私)だったからわかるぞ。
 
「大宝律令701年、だけは語呂合わせしなくても、わかりやすくて覚えてます。」
「五畿七道が明確に成立したとされているのは天武天皇代。大宝律令は文武天皇代。壬申の乱から50年くらいで古代から中世の日本の切り替えの準備が整ったわけだ。」

「そこで今回は、律令制東海道を歩いてみようと思う。」


………

「残っているんですか?」

お姉ちゃんの疑問はもっともだ。
水戸街道すら痕跡はかなり減っているというのに、そんな大昔の道筋なんか辿れるんだろうか。

「ええと、鳴くよ鶯、じゃなくてなんと大きな平城京だから、奈良時代以前?ていう事は大和時代?そんな昔?社長。無理無理無理。大体、全然脇街道じゃないじゃん。」
「僕が企画したのは歩くだけだし。なんならまだ世間的に発表されてないんだから、題名を変えちゃえばいいかな。」
「あの先生。一応もう予告は打たれています。来週頒布予定の小冊子に1ページだけ、写真と抜粋された文章が掲載されています。」

今更ながら、おずおずとカバンから見本で小冊子を取り出したお姉ちゃん。
また、しくじったか。

社長と私に一冊ずつ。
パラパラと捲ると、なるほどこれは面白い。
薄くて小さなグラビア誌だ。
目次ももう、きちんとレイアウトされている。
表紙には、社長の名前もある。

「脇街道を歩く」

ってしっかり印字されてるね。
…どうすんの?社長?

「だったらいきなり番外編にしよう。南さんには悪いけど、どうせ行き当たりばったりで始まった企画だし。」

なんなんだよ。
うちの社長は?

しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

王命を忘れた恋

恋愛 / 完結 24h.ポイント:141,943pt お気に入り:4,733

クーパー伯爵夫人の離縁

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:174,683pt お気に入り:3,022

第二王女の婚約破棄

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:122,582pt お気に入り:4,089

9番と呼ばれていた妻は執着してくる夫に別れを告げる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:95,659pt お気に入り:2,845

呪われ伯爵様との仮初めの婚姻は、どうやら案外楽しいようです。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14,668pt お気に入り:579

処理中です...