あなたの愛に溺れて眠りたい

きど

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第五話

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「すみません。遅くなりました」

あれからフィーナ嬢を家に送り届け、そのまま帰ろうとする私を、彼女はあれこれ理由をつけ中々帰してくれなかった。そのせいで出勤時間から大幅に遅れ、魔王棟に到着した。私は部屋に入って、すぐにこの部屋の主に遅れたことを詫びる。 

「執務の始業時間はとっくに過ぎてるぞ」

「すみません。色々とありまして…、次は無いようにしますので」

「朝のは、そんなに楽しかったか?」

口調こそ普段と変わらないが、言葉の端に棘を含ませる物言いで彼は私を冷ややかに見据える。その視線の冷たさも気になったが、それよりも彼がと言ったことに、ひっかかりを覚えた。

-フィーナ嬢といた所を見られたのか?でも、陛下は自室にいたはず…

「陛下が何のことを言っているのかは分かりませんが、今日の私には朝に何かを楽しむ時間なんて、ありませんよ。それは、あなたがよく知っているでしょう?」

「婚約者と仲睦まじく馬車に乗っていた癖によく言う。フィーナあの女との時間は楽しかったか?」

彼の低い声が執務室に冷たく響き、私は自分の心臓が凍りつくのを感じた。

-二人でいるところを見られていたのか。魔王棟から馬車乗り場が見えることを、失念していた。

「陛下がどんな想像されているのかは分かりませんが、フィーナ嬢とは、そんな甘い関係ではありません。彼女が私の部屋の前で待っていたので、屋敷まで送り届けただけです。」

フィーナあの女は、そう思ってはないだろ? 枢機卿たぬきジジイがわざわざ俺の部屋に来て、孫娘がお前にお熱で困っていると宣っていたぞ。しかも、あのジジイ、お前たちが馬車に乗り込む所を俺の部屋から見届けるまで、居座っていたからな。」

「フィーナ嬢から好意を感じることはありますが、私が彼女に抱くものは全く別物です。私にとって彼女は、でしかありません。」

「どうだかな。お前は口ではそう言うが、そのお孫さんとやらが、お前と結婚するといえば、気持ちがなくても、枢機卿《たぬきジジイ》の顔をたてて、結婚してやるんだろ?」

「…それが私の職務に必要なことと言われるなら、迷わずにしますよ」

-あなたのお目付け役だから、私はあなたと一緒にいられる。その立場を守るためなら、利用できるものは全て利用してやる。

でも、私の本当の気持ちなど知らない彼は、言葉をそのまま受け取った様だった。
瞳の奥に静かな怒りを灯し、私を見遣ると、私の首に彼の片方の手のひらと指が緩く食い込む。

「っ…」

息苦しさを感じるくらいの力で首を締められ、喉が詰まっていく。

「そうか…もし、お前に愛するものや、守るものができたら、そいつらの前でお前の体にかけている術をといてやろうか。愛する者達の前で、土に還るとき、お前はどんな表情をするんだろうな?」

そういうと、静かな怒りのままに、私に噛み付く様な口付けを落とす。

「んっ…、やっ、やめっ…ふっ…」

彼の胸を叩き抵抗するが、彼はそんなこと気に求めずに、私の口内を蹂躙していく。キスと同時に私を首を絞める手に、力が込められ、息苦しさに開いた口には舌がねじ込まれる。

「ひぁっ、んっ…」

彼の唇から逃れようとしても、執拗に追い立てられ逃げることすらままならない。それに首根から気道を絞められているせいで、体は酸素を求め耳のすぐ横に心臓があるかと思うほど、自分の鼓動がすぐ近くで聞こえる。

-あぁ、ダメだ…

酸素が足りなくなり充分な思考が出来ない頭でも、それだけは分かった。私は自分の限界を察するのと同時に、目の前が真っ白になり私は意識を手放した。

* * *
さらりと誰かに髪を撫でられる感覚で、深く沈んでいた意識がゆっくり浮き上がっていく。うっすらと開けた視界の中に、バツの悪そうな陛下の顔が見えた。

「…大丈夫か?」









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