今日もまた孤高のアルファを、こいねがう

きど

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第一話

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「ねえリーテ、このドレスどうかしら?」

ドレスを見せるのに、その場で一回転すると彼女の銀の髪も揺らめく。彼女の番、殿下の髪と同じ金色のドレスは上品なデザインで、彼女の愛らしい顔や銀糸のように美しい髪を惹きたてていた。

「よくお似合いですよ」

「そう?良かったー!」

俺は彼女に思ったままを伝えると、彼女の顔には満面の笑みが浮かぶ。世話係になって1ヶ月が経つが、素直・無垢という言葉が、この人ほど似合う人を俺は知らない。

こんなに素直な姫君がシャロルのつがいなんだもんな。

目の前で屈託なく微笑む姫君、カリーノ様を見るたび思うことだ。その思いの半分は純粋な疑問だが、残りはきっと嫉妬なのだ。それを悟られないように、まだ着慣れない使用人服の裾を握りしめ心に蓋をした。

ーーー

数日前にハルバー侯爵子息、もといダンテに連れられ王宮に来た。到着してすぐダンテに大きな布で包まれ肩に担がれ、悲鳴をあげそうになった。

まるで盗賊の人攫いのような運ばれ方をして着いた先に居たのは、会いたくて恋焦がれていた、あいつだった。
美しい金髪に、整った顔立ち、均整の取れた体躯を持つ彼は、このリドール帝国の第一王子、シャロル・リドール。

「シャ…殿下」

再開した時に何て言葉をかけるか、何度もイメージしていたはずなのに、声は掠れ言葉はでなかった。名前を呼びそうになり、慌てて言い直す。そんな俺をシャロルは表情を変えず眺めていた。その眼差しの冷たさに身がすくむ。

「久しいなリディ。息災だったか?」

「…はい。…なぜ、おれ…僕をここに呼んだのですか?」

感情が見えない淡々とした口調で聞かれ、こんな話し方をするシャロルは知らないと心が震える。

「子爵がお前の身請け先を探しているとダンテから聞いた。私も番持ちで教養のあるオメガを探していたからな」

丁度良かったと言われ、心の片隅に抱いていた期待は打ち砕かれる。

お前に会いたかったから。

もしかしたら、そんな風に言ってくれるんじゃないかと思っていた自分が恥ずかしくなる。別れると決めた時に、シャロルをあれだけ傷つけたくせに、何を自惚れていたんだろう。

「そう…なんですね。ただ、僕に教養がないのは殿下もよく知ってらっしゃるのでは?」

だから、俺はあんたのお眼鏡にかなう人材ではないと暗に伝える。それを聞いたシャロルは嘲笑するように口の端を持ち上げる。

「確かに昔のお前の振る舞いは野良犬と変わらないレベルだったな。でも、子爵と番になってからは違うだろ?子爵の番は、あばずれオメガと噂されているが、野蛮だとは聞いたことはない。それは子爵に礼儀作法を叩き込まれたからだろう?」

そう言うシャロルは自分の推測がハズれるなんて微塵も思っていないのだろう。
そんなことありません。と否定してやりたかったが、子爵の顔に泥を塗るなんてできなくて、ただ静かに頷いた。それを見たシャロルが

「お前には私の番、カリーノの世話係になってもらう」

と言ったが、内容を理解できなかった。いいや、理解したくなかった。シャロルに番ができたのは知っていたけど、その事実から目を背けたかったんだ。だって俺はまだ…。

「…せわがかり?」

「そうだ。カリーノ専属の使用人だ。彼女は私の番だ。だから、どこの誰か分からない奴を近くに置くわけにはいかなかったので、今まで使用人を付けていなかったんだが、それでは不便だと言われてな。お前なら素性もはっきりしているし、他の貴族と結託してカリーノを陥れる危険もないからな」

シャロルが俺をここに呼びつけたのは、カリーノという番のため。番が使用人を欲しいと言わなければ、俺のことなど気にもしなかったのだろう。そう思うと鼻の奥がツンと痛み、目が潤んだので、咄嗟に下を向きシャロルから視線を外す。

シャロルに番ができた当初、そのセンセーショナルな話題は、噂好きの淑女から果ては郊外の子爵邸の使用人まで知る所となった。
シャロルが自ら望み番にした姫君がいると。自身の誕生日パーティーに小国の姫君を招待し、その晩には番にした。そこまで詳細に噂されるほど、貴族も使用人も皆、シャロルの番に興味関心を向けていた。でも俺はそれを聞いて心が押しつぶされ、子爵邸の私室で声を押し殺して泣いた。

俺を忘れないで。

身勝手な思いをふりかざし、心の内でシャロルをなじっていた。あれから1年が経ち、シャロルから直接、番について聞くことになるなんて。運命の悪戯だとしたら、神様はなんて意地悪なんだろう。

「そう…ですか…」

声は上擦り、涙が床に落ちていく。感情が上手く制御できない自分が情け無い。せめて嗚咽は漏らさないように奥歯をキツく噛み締める。その時、前方から衣擦れの音がして、下を見つめる俺の視界に誰かの足が入った。顔を上げようとしたら、体を後ろに引っ張られ肩を抱かれる。

「シャロル。リディは子爵を亡くしたばかりで傷心しているんだ。感傷に浸る時間もなく、そんな話をされたら混乱するだろ」

ダンテが俺の肩を抱いて、俺のすぐ目の前に来ていたシャロルに注意する。

「…そうか。すまなかった」

俺の顔を見たシャロルの表情が微かに歪んだ気がした。でもそれも一瞬でシャロルは中途半端に上げていた手を下げる。

「カリーノ様の世話係の件は、リディの気持ちが落ち着いたら俺から伝えるな」

「ああ。構わない。リディも色々あって疲れただろう。世話係の件は数日休んでからで構わない」

シャロルに言い含めるようにダンテが伝えると、シャロルは冷静に返事をする。王太子のシャロルにこういった進言をできるのは、ダンテが幼馴染だからだ。あとは、この場には居ないもう一人の幼馴染くらいだ。

シャロルとの再開のインパクトが大きくて、今更、もう一人の幼馴染が居ないことに気づいた。でも、居なくて良かったと心の底から思い安堵する。

「じゃあ、俺たちはこれで」

ダンテはシャロルにそう告げると、俺の肩を抱いたまま部屋を後にした。帰路に着いても涙はとめどなく溢れ止まらない。この涙は嫉妬と安堵どちらのものなのか自分でもよく分からなかった。

* * *
シャロルと再開した数日後ダンテから説明を受け、正式にカリーノ様の世話係になった。
説明の際に、リディの名は子爵を誑かしたオメガだと知れ渡っているから偽名を使い身分を決して明かさないようにとダンテから釘を刺された。でもそれだと、当初シャロルが提示した条件に反するのでは?と聞いたら、シャロルも了承済みだと言うから意味が分からない。

悪評が知れ渡っているだけじゃなく、昔の恋人だった俺を大事な番の世話係にするなんて、何を考えているんだろう。カリーノ様に俺たちの過去を話す危険性だってあるのに。
意気地なしの俺はそんなことはしないと思っているのか。

「リーテ、そういえばね近々発情期ヒートが来ると思うの」

多くのオメガの発情期は3か月に一度の周期でくる。俺が世話係になってから、カリーノ様に発情期が来るのは、これが初めてだ。

「そうなんですね。何か準備しておくものとかはありますか?」

「それは大丈夫なんだけど…あの…」

カリーノ様が口元に手を当て、言いづらそうにモジモジする

「どうされました?」

「発情期の間は、シャロルが部屋に来るの…それで、その…」

発情期に番とすることといえば、一つしか思い浮かばない。シャロルがこの部屋に来るのは、カリーノ様を抱きに来るということだ。その状況を想像してしまい、心が押しつぶされそうになる。

「あぁ、言い辛いことをすみません。カリーノ様の発情期の間、寝室には近寄らないようにしますね」

カリーノ様の世話係は俺しかいないので、寝室のベッドメイクも普段は俺がしている。

「あの、音が漏れてたら恥ずかしいから、発情期の間は部屋に入らないで欲しいの」

「え?僕はそれでも大丈夫ですが…」

「ありがとう。発情期が始まる予兆があったら伝えるわね」

カリーノ様は安心したように笑う。俺はその笑顔を見ながら、内心は嫉妬で身を焦がしていた。








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