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プロローグ
はじまり②
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◆◇◆
「……っ!」
僕は、久しぶりに見た悪夢から目覚めると同時、引きつった悲鳴を上げていた。
まるで最近の出来事の様に鮮明に見た夢だったが、何度も大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ければ、その夢の出来事が数年前のものである事を思い出し、僕は安堵の息を吐いた。
寝台からゆっくりと起き上がり、ベッドサイドに置かれた水を口に含むと、ささくれだった心が癒されて行くのが分かる。
「……ん、トーマ大丈夫?」
「あ、ごめん……起こしてしまった?」
思いの外、僕の悲鳴が大きかったのか、隣の寝台に眠っていた友人のミネアが眠い目をこすりながらも、心配そうに僕の顔を見つめているのに気付き、僕は慌てて謝った。
「……ううん、ちょうど起きた所だったから、大丈夫」
ミネアは優しくそう笑ってくれたが、間違いなく僕が起こしてしまったのだろう。
窓から差し込む月の光から考えて、まだ夜が明けるには早い時間だと分かる。
寝台から小柄な体躯を起こすと、ミネアは可愛らしく首を傾げた。
「トーマが悲鳴上げるなんて、そんなに怖い夢だったの?」
「……うん、ちょっと昔の、ね」
僕はそう言葉を濁した。
恋人だった筈のナオヤ先輩に別れを告げられたのは、今からおよそ7年前の話だ。
高校の先輩であったナオヤ先輩とは、僕が高校一年生の時から付き合っていたのだが、大学を卒業した22歳の頃に、結婚するからと捨てられた。今思えば、最初から僕たちは付き合ってなんかいなくて、ただのセックスをするだけの関係だったんだろう。
当時の僕は、とても内気な性格だった。
今も内向的なのは変わらないのだが、当時はとにかく悪い意味で一途すぎて、浮気されても冷たくされても、本心ではナオヤ先輩が僕の事を愛してくれていると勘違いしていたのだ。
僕の両親は幼い頃に離婚したのだが、二人はそれぞれ新しいパートナーを見つけると、僕が不要だと押し付け合った。
結局どちらも僕を引き取らず、最低限の金銭援助だけを受ける事にはなったが、正直辛い子供時代だった。
僕も最初から内向的な性格だった訳じゃない。
少なくとも両親の仲が良好だった、八歳くらい迄はどこにでもいるような明るい子供だった。
目立ちはしなかったが、それなりに友人も居た、と思う。
だが、両親が不仲になり始めたころから、僕はゆっくりと変わって行った。
口数は少なくなり、学校でも笑えなくなっていた僕に、周りの子たちは戸惑ったのだろう。
虐められることこそ無かったが、自然と僕を避けるようになり、気づいた頃には僕には親しい友人さえ、居なくなってた。
そして、両親が離婚する頃には、僕は完全に孤立してしまっていた。
大学に行くまでの金は父親が出してはくれたが、その金を出してもらう際にも「卒業後は一切援助をしないし、会いもしない」とまで約束をさせられていたし、実際大学を卒業してからは一切音沙汰は無い。
母に至っては、離婚後には一度も会った事がないのだから、僕の家庭環境が最低だったのは明白だ。
高校の時にナオヤ先輩と付き合った時も、甘酸っぱい恋愛などはなく、殆ど強引に事を進められたし、その後の恋人だった筈の期間でも、僕の扱いは最低だったので、多分僕には愛情に関する運が一切ないのだろう。
ナオヤ先輩と別れた僕は、正直ズタボロだった。
ナオヤ先輩には利用された形ではあったけれど、僕は彼の事が好きだった。
誰も話しかけようとしない地味な僕に積極的に話しかけてくれて、映画やゲームセンターに遊びに行ったり、僕に色々な事を教えてくれたのは、ナオヤ先輩だった。
浮気をしていた時も、記念日とかは絶対に一緒に居てくれたし、良い所だってある人だった。
つまらない日常も、ナオヤ先輩が居たから僕は耐えられたのだと、捨てられてから僕は自覚したくらい、それくらい好きだった。
だからだろう。
教師として赴任する筈だった高校への通勤電車の前で、僕の心に魔が差したのは。
死にたいと強く思った訳ではないけれど、はっきり言って当時の僕はそれからの事をどうでも良いと考えていた。少なくとも、生きたいと言う理由が無くなってしまったのだ。憧れて、やっとなれた筈の教師という仕事でさえ、僕の生きる気力にはならなかった。
そして気づけば僕は、ホームからその身を投げていた。
――ただ、通常と違うのは僕のその後の話だ。
電車に轢かれて終わる筈だった僕の人生は、異世界に転移すると言うとんでもないイレギュラーな展開を迎えてしまったのだから。
そう。
今の僕が居る場所は、僕が育った地球という青い星ではない。
科学の存在しない、剣と魔法の世界、ミスリルメイズ。
それが今僕が、生きている世界の名前だ。
「……っ!」
僕は、久しぶりに見た悪夢から目覚めると同時、引きつった悲鳴を上げていた。
まるで最近の出来事の様に鮮明に見た夢だったが、何度も大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ければ、その夢の出来事が数年前のものである事を思い出し、僕は安堵の息を吐いた。
寝台からゆっくりと起き上がり、ベッドサイドに置かれた水を口に含むと、ささくれだった心が癒されて行くのが分かる。
「……ん、トーマ大丈夫?」
「あ、ごめん……起こしてしまった?」
思いの外、僕の悲鳴が大きかったのか、隣の寝台に眠っていた友人のミネアが眠い目をこすりながらも、心配そうに僕の顔を見つめているのに気付き、僕は慌てて謝った。
「……ううん、ちょうど起きた所だったから、大丈夫」
ミネアは優しくそう笑ってくれたが、間違いなく僕が起こしてしまったのだろう。
窓から差し込む月の光から考えて、まだ夜が明けるには早い時間だと分かる。
寝台から小柄な体躯を起こすと、ミネアは可愛らしく首を傾げた。
「トーマが悲鳴上げるなんて、そんなに怖い夢だったの?」
「……うん、ちょっと昔の、ね」
僕はそう言葉を濁した。
恋人だった筈のナオヤ先輩に別れを告げられたのは、今からおよそ7年前の話だ。
高校の先輩であったナオヤ先輩とは、僕が高校一年生の時から付き合っていたのだが、大学を卒業した22歳の頃に、結婚するからと捨てられた。今思えば、最初から僕たちは付き合ってなんかいなくて、ただのセックスをするだけの関係だったんだろう。
当時の僕は、とても内気な性格だった。
今も内向的なのは変わらないのだが、当時はとにかく悪い意味で一途すぎて、浮気されても冷たくされても、本心ではナオヤ先輩が僕の事を愛してくれていると勘違いしていたのだ。
僕の両親は幼い頃に離婚したのだが、二人はそれぞれ新しいパートナーを見つけると、僕が不要だと押し付け合った。
結局どちらも僕を引き取らず、最低限の金銭援助だけを受ける事にはなったが、正直辛い子供時代だった。
僕も最初から内向的な性格だった訳じゃない。
少なくとも両親の仲が良好だった、八歳くらい迄はどこにでもいるような明るい子供だった。
目立ちはしなかったが、それなりに友人も居た、と思う。
だが、両親が不仲になり始めたころから、僕はゆっくりと変わって行った。
口数は少なくなり、学校でも笑えなくなっていた僕に、周りの子たちは戸惑ったのだろう。
虐められることこそ無かったが、自然と僕を避けるようになり、気づいた頃には僕には親しい友人さえ、居なくなってた。
そして、両親が離婚する頃には、僕は完全に孤立してしまっていた。
大学に行くまでの金は父親が出してはくれたが、その金を出してもらう際にも「卒業後は一切援助をしないし、会いもしない」とまで約束をさせられていたし、実際大学を卒業してからは一切音沙汰は無い。
母に至っては、離婚後には一度も会った事がないのだから、僕の家庭環境が最低だったのは明白だ。
高校の時にナオヤ先輩と付き合った時も、甘酸っぱい恋愛などはなく、殆ど強引に事を進められたし、その後の恋人だった筈の期間でも、僕の扱いは最低だったので、多分僕には愛情に関する運が一切ないのだろう。
ナオヤ先輩と別れた僕は、正直ズタボロだった。
ナオヤ先輩には利用された形ではあったけれど、僕は彼の事が好きだった。
誰も話しかけようとしない地味な僕に積極的に話しかけてくれて、映画やゲームセンターに遊びに行ったり、僕に色々な事を教えてくれたのは、ナオヤ先輩だった。
浮気をしていた時も、記念日とかは絶対に一緒に居てくれたし、良い所だってある人だった。
つまらない日常も、ナオヤ先輩が居たから僕は耐えられたのだと、捨てられてから僕は自覚したくらい、それくらい好きだった。
だからだろう。
教師として赴任する筈だった高校への通勤電車の前で、僕の心に魔が差したのは。
死にたいと強く思った訳ではないけれど、はっきり言って当時の僕はそれからの事をどうでも良いと考えていた。少なくとも、生きたいと言う理由が無くなってしまったのだ。憧れて、やっとなれた筈の教師という仕事でさえ、僕の生きる気力にはならなかった。
そして気づけば僕は、ホームからその身を投げていた。
――ただ、通常と違うのは僕のその後の話だ。
電車に轢かれて終わる筈だった僕の人生は、異世界に転移すると言うとんでもないイレギュラーな展開を迎えてしまったのだから。
そう。
今の僕が居る場所は、僕が育った地球という青い星ではない。
科学の存在しない、剣と魔法の世界、ミスリルメイズ。
それが今僕が、生きている世界の名前だ。
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