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◆第1章 おまけの神子とラインハルト
受難の始まり③
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――試練の日。
「お二人には、これから十日間をかけてこの試練をうち破っていただきます。と言っても、十日間すべてを使い切る必要はありません。神具を手に入れた後は速やかに脱出して結構です。試練が終わり神子がどちらか分かった段階で、監視者の方がもうお一人の候補の方を連れて脱出してくださいます。また、命を落とされない様に、監視者の方が守護してはくださいますが、脱出に関する事を手伝う事と神具を代わりに手にする事は出来ませんのでご注意ください」
あくまで身の安全を守る事と食事などの補助が監視者の役割ですと、細身ではあるが、背の高い白いローブの男性が丁寧に説明してくれる。
俺は大人しく聞きつつも、乾いた笑みで何とか、はい、と答えた。
心なしか説明してくれた男性の表情が引きつっているのは、今この場に流れている空気が氷のように冷たいからだろう。
(いや、俺は悪くないぞ……!)
あえてソレを視界に入れない様にして俺は安寧を保っていたが、右隣から感じるのは間違いなくどす黒い怒りのオーラである。
中々見かけない美少年である伊藤は、美貌も台無しになりかねい程に俺を射殺しそうな目で睨みつけている。
(……顔が怖ぇわ!)
俺の左側には、ラインハルトが伊藤の事など視界にも入っていませんとばかりに優雅に立っており、その腕は俺の腰を抱き寄せるように回されている。
少し離れた位置には、伊藤の監視者になったという騎士のアンヘルが、にこやかな笑みを浮かべつつも突っ立っているだけで、俺たちの仲を取り持ってくれるつもりはないようである。
明らかに面白がっているのが分かるのが腹立たしいが、このアンヘルという男は柔らかな雰囲気の優男に見えて結構な腹黒であり、藪蛇を突っつきたくない為に俺は極力関わらないようにしていた。
(まぁ、ラインハルトも好きじゃなさそうなんだよな、アンヘルの事)
それでも、神子の取り巻きの中では俺に対する態度も常識的であり、まともなタイプではあるんだけどな。
「ラインハルト様、僕が神子だったらその……っ」
「行くぞ、徹」
伊藤は俺とラインハルトの間に割り込もうと甘えた声で強請るが、ラインハルトは嫌そうに手で拒絶すると、俺の腰から肩へと場所を変えてそのまま試練のダンジョンへとズンズンと進んでいく。
「え、ちょ……!」
数日前まで、一応伊藤の取り巻きだったはずなんだけどな、さすがに無視は酷い話である。
俺は伊藤ははっきり言って好きではないけれど、別に嫌いという訳でもないんだ。
いや、態度はむかつくよ、それは。
でも、相手はまだ十五歳の少年だぞ。
対する俺は30歳を超えていて何なら彼のご両親と年が近い筈だし、ラインハルトだって一回り以上違う。
もう少し優しくしてやってもいいんじゃないか、と思う訳で……。
ちらりと後ろを見ると、伊藤は少し寂しそうな顔をした後、俺の事を悔しそうに見ていた。
「なぁ、お前最初はもうちょっと伊藤に優しかったじゃん? なんでいきなりそんな冷たくなったんだよ」
ダンジョンの入り口に、鍵となる宝玉をはめ込むラインハルトに俺はそう尋ねた。
ダンジョンの入り口は一つではなく、俺と伊藤は別々の入り口から入るんだ。
紋章が壁に浮かび上がり、入り口が開くと、ラインハルトは俺の手を掴むと中へと入っていく。
振り返ると、背中の扉はまるで最初から存在しなかったように消えていた。
「おい……!」
無言のラインハルトに俺がそう大きな声で言うと、ラインハルトが魔法で生み出した灯りを魔法のランプの中に入れながらやっと口を開いた。
「……徹、お前は分かっているか? 今、王城内に居る人間でお前の味方は、私だけだという現実が。陛下は中立だが、立場上、お前をはっきりと庇護する事はできないし、若い騎士や文官はあの少年に夢中な者ばかりだ。装備も明らかにお前とあの少年では差を付けられているだろうが」
どこか呆れた様なラインハルトの言葉に、俺は少し気まずそうに視線を逸らす。
そう、一応はしきたりの為に俺も試練を受けてはいるのだが、過去の事例からして、俺が神子ではない確率が本当に高い。
さすがに、俺は受けなくていいとまではいかないものの、無意識なのか嫌がらせなのかは分からないが、俺と伊藤に配給される物の差は結構酷い。
俺に渡されるのは、基本的にお古というか……。
ダンジョンに付いてきてくれる監視者の人は、皆一流の実力者ばかりで、俺たちの命が損なわれることは無いため、まぁ大丈夫だろうという見解が透けて見えるのはきついなとは思う。
(うん、でも国としてどうなんだろう、それ)
正直、その辺りが釈然としないというか、なんかおかしいんだよな。
ちなみに、今日の為の衣装やマジックアイテムも、ラインハルトが全部別に用意してくれた物である。
「うん、でも命の危険はないなら良いかなぁなんて……」
出来る限り喧嘩とかもしたくないし、何より何かちょっと惨めじゃないか?
俺にも、もう少し良い対応してくれませんかなんて。
「お前はもう少し我儘を言っていいんだ! 良いか? あの伊藤は私をお前から引き離したいのだ。私がお前から離れれば、お前が独りになることが分かってるからな。だから、ああいうあからさまな態度を人前でしてくるのだ。私が少しでも少年に優しい対応をすると、周りも私と少年を一緒に居させるように行動してくるんだからな、始末に負えん」
だから私はアレを相手にしないのだと、吐き捨てるようにラインハルトが言った。
「最初は私もここまで態度を変えていなかったがな。親しくないとはいえ、同じ世界の者同士なのに、あの少年のお前への態度はあまりにも目に余る。いくら子供でもだ」
「う、確かにちょっと辛辣だとは思う……」
確かに伊藤の俺へと態度は、ちょっと異常ともとれるところはあるんだ。
嫌味を言われたり、足を踏まれるくらいなら別に良いのだが、伊藤は俺が公式の場などで失敗するように誘導しようとしてくるし、悪意のある噂を流しているのだ。
幸いにして、城内の全員が全員伊藤の味方という訳ではないのが救いだ。
所謂ご年配の方々は俺にも良くしてくれるし、侍従さんたちも俺の味方をしてくれている。
ただ、その反面、若い屈強な男性は大抵が伊藤の味方であり、俺への態度はかなり冷たいのだけれど。
アンヘルとラインハルトくらいなんだよな、俺にも普通なのは。
(いや、ラインハルトは完全に俺びいきか、今は)
まぁ、でも憂鬱なんだよな、本当に……。
俺が神子でなかった場合、正直俺がどうなるのかが本当に怖い。
伊藤が神子なら、神子が大事だと思うし……。
忌々しそうな表情のラインハルトだったが、俺が沈んだ表情なのに気づくと、すぐに表情を和らげて、慌てた様子で俺の顔を覗きこんだ。
ランプを持っていない方の手を俺の頬にそっと当てると、ラインハルトは安心させるように優しく微笑んで言った。
「大丈夫だ。アレがどんな手段を使ってきても、私が力業で何とかしてやる」
「は、はは……ありがと。でも、伊藤が神子だったとしても、過激な事はしないでくれよ? ラインハルトも貴族なんだしさ、あんまりやりすぎると立場悪くなっちゃうからさ」
ブラックジョークだとは思うんだけれど、ラインハルトの笑みが悪役の笑みに見えて、俺は思わずそんなフォローを入れていた。
「お二人には、これから十日間をかけてこの試練をうち破っていただきます。と言っても、十日間すべてを使い切る必要はありません。神具を手に入れた後は速やかに脱出して結構です。試練が終わり神子がどちらか分かった段階で、監視者の方がもうお一人の候補の方を連れて脱出してくださいます。また、命を落とされない様に、監視者の方が守護してはくださいますが、脱出に関する事を手伝う事と神具を代わりに手にする事は出来ませんのでご注意ください」
あくまで身の安全を守る事と食事などの補助が監視者の役割ですと、細身ではあるが、背の高い白いローブの男性が丁寧に説明してくれる。
俺は大人しく聞きつつも、乾いた笑みで何とか、はい、と答えた。
心なしか説明してくれた男性の表情が引きつっているのは、今この場に流れている空気が氷のように冷たいからだろう。
(いや、俺は悪くないぞ……!)
あえてソレを視界に入れない様にして俺は安寧を保っていたが、右隣から感じるのは間違いなくどす黒い怒りのオーラである。
中々見かけない美少年である伊藤は、美貌も台無しになりかねい程に俺を射殺しそうな目で睨みつけている。
(……顔が怖ぇわ!)
俺の左側には、ラインハルトが伊藤の事など視界にも入っていませんとばかりに優雅に立っており、その腕は俺の腰を抱き寄せるように回されている。
少し離れた位置には、伊藤の監視者になったという騎士のアンヘルが、にこやかな笑みを浮かべつつも突っ立っているだけで、俺たちの仲を取り持ってくれるつもりはないようである。
明らかに面白がっているのが分かるのが腹立たしいが、このアンヘルという男は柔らかな雰囲気の優男に見えて結構な腹黒であり、藪蛇を突っつきたくない為に俺は極力関わらないようにしていた。
(まぁ、ラインハルトも好きじゃなさそうなんだよな、アンヘルの事)
それでも、神子の取り巻きの中では俺に対する態度も常識的であり、まともなタイプではあるんだけどな。
「ラインハルト様、僕が神子だったらその……っ」
「行くぞ、徹」
伊藤は俺とラインハルトの間に割り込もうと甘えた声で強請るが、ラインハルトは嫌そうに手で拒絶すると、俺の腰から肩へと場所を変えてそのまま試練のダンジョンへとズンズンと進んでいく。
「え、ちょ……!」
数日前まで、一応伊藤の取り巻きだったはずなんだけどな、さすがに無視は酷い話である。
俺は伊藤ははっきり言って好きではないけれど、別に嫌いという訳でもないんだ。
いや、態度はむかつくよ、それは。
でも、相手はまだ十五歳の少年だぞ。
対する俺は30歳を超えていて何なら彼のご両親と年が近い筈だし、ラインハルトだって一回り以上違う。
もう少し優しくしてやってもいいんじゃないか、と思う訳で……。
ちらりと後ろを見ると、伊藤は少し寂しそうな顔をした後、俺の事を悔しそうに見ていた。
「なぁ、お前最初はもうちょっと伊藤に優しかったじゃん? なんでいきなりそんな冷たくなったんだよ」
ダンジョンの入り口に、鍵となる宝玉をはめ込むラインハルトに俺はそう尋ねた。
ダンジョンの入り口は一つではなく、俺と伊藤は別々の入り口から入るんだ。
紋章が壁に浮かび上がり、入り口が開くと、ラインハルトは俺の手を掴むと中へと入っていく。
振り返ると、背中の扉はまるで最初から存在しなかったように消えていた。
「おい……!」
無言のラインハルトに俺がそう大きな声で言うと、ラインハルトが魔法で生み出した灯りを魔法のランプの中に入れながらやっと口を開いた。
「……徹、お前は分かっているか? 今、王城内に居る人間でお前の味方は、私だけだという現実が。陛下は中立だが、立場上、お前をはっきりと庇護する事はできないし、若い騎士や文官はあの少年に夢中な者ばかりだ。装備も明らかにお前とあの少年では差を付けられているだろうが」
どこか呆れた様なラインハルトの言葉に、俺は少し気まずそうに視線を逸らす。
そう、一応はしきたりの為に俺も試練を受けてはいるのだが、過去の事例からして、俺が神子ではない確率が本当に高い。
さすがに、俺は受けなくていいとまではいかないものの、無意識なのか嫌がらせなのかは分からないが、俺と伊藤に配給される物の差は結構酷い。
俺に渡されるのは、基本的にお古というか……。
ダンジョンに付いてきてくれる監視者の人は、皆一流の実力者ばかりで、俺たちの命が損なわれることは無いため、まぁ大丈夫だろうという見解が透けて見えるのはきついなとは思う。
(うん、でも国としてどうなんだろう、それ)
正直、その辺りが釈然としないというか、なんかおかしいんだよな。
ちなみに、今日の為の衣装やマジックアイテムも、ラインハルトが全部別に用意してくれた物である。
「うん、でも命の危険はないなら良いかなぁなんて……」
出来る限り喧嘩とかもしたくないし、何より何かちょっと惨めじゃないか?
俺にも、もう少し良い対応してくれませんかなんて。
「お前はもう少し我儘を言っていいんだ! 良いか? あの伊藤は私をお前から引き離したいのだ。私がお前から離れれば、お前が独りになることが分かってるからな。だから、ああいうあからさまな態度を人前でしてくるのだ。私が少しでも少年に優しい対応をすると、周りも私と少年を一緒に居させるように行動してくるんだからな、始末に負えん」
だから私はアレを相手にしないのだと、吐き捨てるようにラインハルトが言った。
「最初は私もここまで態度を変えていなかったがな。親しくないとはいえ、同じ世界の者同士なのに、あの少年のお前への態度はあまりにも目に余る。いくら子供でもだ」
「う、確かにちょっと辛辣だとは思う……」
確かに伊藤の俺へと態度は、ちょっと異常ともとれるところはあるんだ。
嫌味を言われたり、足を踏まれるくらいなら別に良いのだが、伊藤は俺が公式の場などで失敗するように誘導しようとしてくるし、悪意のある噂を流しているのだ。
幸いにして、城内の全員が全員伊藤の味方という訳ではないのが救いだ。
所謂ご年配の方々は俺にも良くしてくれるし、侍従さんたちも俺の味方をしてくれている。
ただ、その反面、若い屈強な男性は大抵が伊藤の味方であり、俺への態度はかなり冷たいのだけれど。
アンヘルとラインハルトくらいなんだよな、俺にも普通なのは。
(いや、ラインハルトは完全に俺びいきか、今は)
まぁ、でも憂鬱なんだよな、本当に……。
俺が神子でなかった場合、正直俺がどうなるのかが本当に怖い。
伊藤が神子なら、神子が大事だと思うし……。
忌々しそうな表情のラインハルトだったが、俺が沈んだ表情なのに気づくと、すぐに表情を和らげて、慌てた様子で俺の顔を覗きこんだ。
ランプを持っていない方の手を俺の頬にそっと当てると、ラインハルトは安心させるように優しく微笑んで言った。
「大丈夫だ。アレがどんな手段を使ってきても、私が力業で何とかしてやる」
「は、はは……ありがと。でも、伊藤が神子だったとしても、過激な事はしないでくれよ? ラインハルトも貴族なんだしさ、あんまりやりすぎると立場悪くなっちゃうからさ」
ブラックジョークだとは思うんだけれど、ラインハルトの笑みが悪役の笑みに見えて、俺は思わずそんなフォローを入れていた。
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