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1章 死と出会い

初めて交わった視線

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30年近くに渡って続いた鉱石資源を巡る戦争がついに終結したとあって街は騒がしかった。本当に戦争が終わったのか、ダテナン人の捕虜の扱いなど、ベルヘザードの国内は様々な噂で色めき立っていた。


大通りから外れた小道に、落ちかけの看板がかけられた工房があった。『ダリ工房』と彫られた看板は文字が消えかけており、しばらく魔力を供給していないのがひと目で分かる様子だ。

閑散としている入り口の受付奥から繋がった工房に二人の男がいた。

ひとりはこの店の職人であるオキナ・ダリ。

赤味がかった白髪と褐色の肌は彼がこの国の人間ではないことを示している。朽ちかけた内壁と乱雑に置かれた客人向けの椅子に対して、丁寧に扱われていることがひと目で分かる作業台と、手入れの行き届いた工具類がこの男の性格を表しているようだった。

寡黙な印象を受ける老練な魔具技師のオキナは、片手でレンズのダイヤルを回しながら義脚を舐め回すように確認していた。

「何だこのざまは」

無骨な物言いと対照的に、魔具を検分する手つきは穏やかだった。

何度目かのため息をついたオキナは、目の前に立つ男を睨みつける。火傷の痕で爛れた黒い皮膚から覗く暗い瞳が鈍く光る。一見すると人を射殺しそうなその男の視線を、オキナは気にする素振りもなく義脚に向き直った。

「しばらく別の義脚で待てるか?」

特殊な泥の塊がありとあらゆる継ぎ目に入り込んだその義脚の魔具は、分離した槍を収納する余地が一切ない状態で持ち込まれた。

天井からかかっている網棚を引き下ろし、何度も工具を入れ替え魔具を調整しながら作業に取りかかるオキナの動きを青い瞳が追う。

「そっちは大丈夫だ。ちょっと関節部を取り替えるだけでいい」

オキナは魔槍に体を預けながら立っているニアハに目を向けることなく告げた。

「ちょっと待ってろ。これだけ済ませたら義脚を用意する」

オキナのしゃがれた声に対する返事はなく、寂れた部屋で平坦な機械音だけが雄弁に語り合っていた。

オキナはどろっとした液体に沈ませた義脚魔具を見つめる。すぐに背丈が伸びるニアハに合わせられる義脚を作るのは骨が折れた。


ニアハがここへ初めてやってきたのは18年前だ。

脚に巻いた包帯が真っ赤に染まった状態で、右眼辺りから髪の生え際まで続く酷い火傷を負っていた。

10歳そこらの少年の痛々しい姿に息を呑んだことを憶えている。戦争状態が続いたまま度々勃発する戦禍としては珍しいことではなかったが、ダテナン人の血が混ざっているとひと目で分かる褐色の肌で、この少年が特攻隊員だと容易に想像がついた。

その頃のベルへザードでは、ダテナン系娼婦の生んだ子どもを強制的に取り上げては、対ダテナン兵用の戦闘兵器として育成を行っていた。

同民族の子どもが武器と魔具を持たされ、自分たちに明確な殺意を持って特攻してくるのだ。怒りや悲しみ、言い表せない無念があっただろう。

ーーーもはや人の所業ではない。

その頃のオキナは腹に煮え立つ怒りや悲しみを仕事にぶつけるしかなかった。

『脚が必要だ』

掠れた声でそう呟いた少年は、全てを諦めたような、何にも期待することの無い虚無を瞳に宿していた。

「そうか。そこに座れ」

オキナが返した言葉に、少し動揺したように目が動いたことを憶えている。

後から別の客の話で知ったのは、少年がニアハ混ざり者と呼ばれていること。

そして魔法の才能を認められて特攻隊から前線魔法部隊へと編入されたが、初陣で味方からの攻撃に晒されて右脚を失ったということだった。

ニアハ混ざり者の魔具を整備する魔具技師などいない、と続けざまに面白おかしく話していた青年兵の魔具を整備しているときは力が入った。

3度店の場所が変わっても、変わらずニアハはオキナの店を訪ねてきた。変わる度に貧相になる店内を気にする素振りもなく、無愛想な顔で店の入口に立ち尽くしているのだ。


心なしか口元の緩んだオキナは、思い出を振り払うように立ち上がり、代わりの義脚を探すため工房奥の天井に収納されている倉庫を引き降ろそうとした。

緑がかった黄色の石がはめ込まれた円盤を回して魔力を送り込むが、動作せず解錠することが出来ない。

ーーー魔力を通しても作動しない。

オキナが額に皺を寄せるのとニアハが立ち上がったのは同時だった。


数人の足音が響いて呼び鈴が鳴らされる。

黙っているようにニアハに目配せして、オキナが受付へと向かう。


工房入り口に吊るされた感知玉が赤く点灯しているのを睨みつけながら扉をくぐる。入り口に立っていたのは、ベルへザード軍の兵士とひと目でわかる格好の男たちだった。

「どういったご要件で」

まるで歓迎していない店主の無愛想な口上に、苛立った様子でひとりが答える。

「ここに隻脚のニアハが来ただろう」

「脚は預かっておりますが、」

ここには居ないと言う間もなく、兵士たちは目配せをすると工房内への入口に手をかけた。

「勝手なことをするな!」

尋常ではない行いに、オキナが声を荒らげて反論する。しかし抵抗も虚しく、ベルへザード兵士たちはオキナの腕を荒々しく抑え込んだまま工房内に踏み入った。

先頭の兵士がきょろきょろと狭い工房内を見回している。

「いないぞ」

「いや、そんなはずは無い。必ずここにいるはずだ」

前のふたりがやり取りをしているのを見てオキナがほっと息をついたのも束の間。

「なんだってんだ、離してくれ」

それに応えるように兵士に突き放されたオキナは、よろめきながら痺れる腕を手でさすった。

「奴はどこへ行った?まさか隠している訳じゃないだろうな」

自身を睨みつけて吐き捨てるように言う兵士に、負けじと睨み返すオキナ。

「脚を置いて帰ったと、言う前から工房に踏み込みやがって。なんだってあいつを探すんだ?」

オキナの眉間の皺には積年の嫌悪感が深く刻まれていた。

「命令が下った。お前も隠し立てるつもりであれば処分する」

「知らねえな」

オキナは首をかしげながら、兵士が腰の帯剣にゆっくりと手を伸ばすのを黙って見ていた。

「元々お前は気に入らないんだじじい」

緊張の続く中、先程までオキナの腕を押さえ込んでいた壮年の男が忌々しそうに呟いた。

応戦に使えそうな工具を探す。ニアハは作業台の裏か、どこかに隠れているのだろう。

「庇っているに違いない。吐くまでここで面倒を見てやる」

そう言って男がオキナの頭を台に叩きつけた。

その瞬間槍が男の胸を貫く。男は何が起きたか理解できないように自分の胸に触れた。

一瞬遅れて残りの3人が魔力を込めたのが分かった。片脚で天井からぶら下がったニアハが飛び降りて槍を抜き取ると、薙ぎ払うようにもう1人を仕留める。

残りのふたりがニアハに向かって魔法を放つよりもはやくオキナが球体の魔具軸を投げつける。放電を食らったふたりは地面に突っ伏した。

「お前…何故出てきた」

槍を支えにするニアハに手を貸そうとオキナが手を差し出す。

「見つかるのも時間の問題だった。
お前が居なくなると俺の脚が無いままだ」

ニアハはオキナの手を取ることなく作業台に身を預けながら立ち上がった。

オキナは地面に転がった兵士たちを一瞥した。微妙な違和感を感じて兵士を仰向けにひっくり返す。腹鎧に奇妙なものが差し込まれている。赤く点滅するそれを見て、オキナはすぐに入り口に目をやった。

ふたりは違和感の正体をすぐに知ることになる。徐々に音量をあげたそれは、酷く高い音となり耳をつんざく。

密室でしか使えないが強力な種類の魔具だった。

じきに完全に体に力が入らず身動きが取れなくなるだろう。工房の入り口には既に新手が迫っていた。



新手から隠すようにニアハの前に座り込みその顔を覗き込んだ。

オキナは初めてニアハ自身と目を合わせた気がした。



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