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第二章 恋に落ちた日
第九話
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「『普通』って怖い言葉だよね」
気がつけば、ぽつりと声を出していた。「『普通という正統』があるから、異端が生まれるんだと思う」
静寂が糸のように張りつめる。
返ってくる言葉はない。巴の目は美美子の顔を捉えたままで動かない。活き人形のように無機質なまなざしで、一心に見つめてくるばかりである。
内気な黒猫に似た彼女のしぐさを見て、美美子ははっと心づいた。私ってば、なんてことを口にしてしまったんだろう。こんなポエミーなセリフをさらりと呟いちゃうなんて、……ああもう、とっても恥ずかしい!
「ご、ごめんね。変なこと言って」
しかし、巴は笑いもしない。からかってもこない。たった一言、「変じゃないよ」と答えるのみだ。
美美子は相手の発言を待った。「変じゃない」と言ってくれたその根拠を確かめたかったからだった。
「変じゃないよ。『正統』があるから──『自分たちは正しいことをしている』と信じて疑わない人たちがいるから、『異端』が生まれる。人類の歴史ってそんなものだよ。『正しい人』が『間違っている人』を圧殺してきたこと、それはこれまでの歴史が証明しているんだもの」
美美子はすっかり驚いた。自分の知っている上月巴は、とてつもなく無口な子であったから。
けれど、このときの巴はなぜか饒舌だった。「正統と異端」について意見を述べたその直後に、別の持論を展開させたのだから──。
「みずからの正統性を主張する人たちが異端と名づけた人たちを圧殺して、自分たちが正しいっていうことを無理矢理認めさせて、歴史は発展してきたの。マジョリティからあぶれた人への救済策なんて、数えるほどしかないもんね。一部の正しい人たちが大勢の日和ってる人たちを洗脳して従えて、異端というレッテルを貼った人たちを容赦なく攻撃する。そして、征服する。人間がウィルスよりもひどい病に冒されている以上、正しさゆえの蛮行は消えない」
「ウィルスよりもひどい病って……、なんなの?」
問いかける。
すると、巴は目じりに儚い笑みを刻んで、事もなげに言った。
「"暴力"」
静寂が高潮のようにせり上がる。
予想もつかなかった回答を耳にした美美子は、一瞬、言葉を失った。
対する巴は、おもてに浮かべた微笑みを隠しもしない。赤子のように朗らかに微笑んでは、焦る美美子をまっすぐ見上げてくる。
「──暴力だよ、龍源寺さん。人間は生まれ落ちたそのときから、暴力という名の病に感染しているの。だから、私はいじめに遭っても特に落ち込まない。正しさに酔ってる人を見ても、そのせいで不利益をこうむっても、特になんとも思わない。はじめから他人に期待をしていないから、『裏切られた!』と憤ることもない。
人間の心は大なり小なり、暴力という逃れがたい病に罹患している。でなければ、差別もいじめも戦争もこの世に生まれなかったはず。──そうでしょ?」
否定したかった。
「そんなの間違ってるわ」と、声を大にして言いたかった。
なのに、胸のどこかに同意したがっている自分がいる。
正統が異端を生む限り、人の心が暴力という深刻な病気に汚染されている限り、差別もいじめも戦争も決してなくならない──「それは世の中における真理だ」と叫びたがる自分がいる。
【続く】
気がつけば、ぽつりと声を出していた。「『普通という正統』があるから、異端が生まれるんだと思う」
静寂が糸のように張りつめる。
返ってくる言葉はない。巴の目は美美子の顔を捉えたままで動かない。活き人形のように無機質なまなざしで、一心に見つめてくるばかりである。
内気な黒猫に似た彼女のしぐさを見て、美美子ははっと心づいた。私ってば、なんてことを口にしてしまったんだろう。こんなポエミーなセリフをさらりと呟いちゃうなんて、……ああもう、とっても恥ずかしい!
「ご、ごめんね。変なこと言って」
しかし、巴は笑いもしない。からかってもこない。たった一言、「変じゃないよ」と答えるのみだ。
美美子は相手の発言を待った。「変じゃない」と言ってくれたその根拠を確かめたかったからだった。
「変じゃないよ。『正統』があるから──『自分たちは正しいことをしている』と信じて疑わない人たちがいるから、『異端』が生まれる。人類の歴史ってそんなものだよ。『正しい人』が『間違っている人』を圧殺してきたこと、それはこれまでの歴史が証明しているんだもの」
美美子はすっかり驚いた。自分の知っている上月巴は、とてつもなく無口な子であったから。
けれど、このときの巴はなぜか饒舌だった。「正統と異端」について意見を述べたその直後に、別の持論を展開させたのだから──。
「みずからの正統性を主張する人たちが異端と名づけた人たちを圧殺して、自分たちが正しいっていうことを無理矢理認めさせて、歴史は発展してきたの。マジョリティからあぶれた人への救済策なんて、数えるほどしかないもんね。一部の正しい人たちが大勢の日和ってる人たちを洗脳して従えて、異端というレッテルを貼った人たちを容赦なく攻撃する。そして、征服する。人間がウィルスよりもひどい病に冒されている以上、正しさゆえの蛮行は消えない」
「ウィルスよりもひどい病って……、なんなの?」
問いかける。
すると、巴は目じりに儚い笑みを刻んで、事もなげに言った。
「"暴力"」
静寂が高潮のようにせり上がる。
予想もつかなかった回答を耳にした美美子は、一瞬、言葉を失った。
対する巴は、おもてに浮かべた微笑みを隠しもしない。赤子のように朗らかに微笑んでは、焦る美美子をまっすぐ見上げてくる。
「──暴力だよ、龍源寺さん。人間は生まれ落ちたそのときから、暴力という名の病に感染しているの。だから、私はいじめに遭っても特に落ち込まない。正しさに酔ってる人を見ても、そのせいで不利益をこうむっても、特になんとも思わない。はじめから他人に期待をしていないから、『裏切られた!』と憤ることもない。
人間の心は大なり小なり、暴力という逃れがたい病に罹患している。でなければ、差別もいじめも戦争もこの世に生まれなかったはず。──そうでしょ?」
否定したかった。
「そんなの間違ってるわ」と、声を大にして言いたかった。
なのに、胸のどこかに同意したがっている自分がいる。
正統が異端を生む限り、人の心が暴力という深刻な病気に汚染されている限り、差別もいじめも戦争も決してなくならない──「それは世の中における真理だ」と叫びたがる自分がいる。
【続く】
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