英雄教科書

大山 たろう

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1-5 一日の終わり

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「覚えてたの」



 先ほどから変わらなかった顔がわずかに驚きの表情に染まる。



「もちろん。あの中で唯一、俺を警戒していたしな」

「! 気づいていたの」

「あれだけバリバリに警戒心をむき出しにされたらな。」



 実をいえばライズが覚えている理由はもう一つあるが、それを説明するわけはない。



「それで、お前も魔法理論か?」



 ライズはガイアをプライドの高い優等生だと思っていたが故に、ここにいることが不思議で仕方がなかった。



「そう、トルネ先生じゃないけど、あんなに理屈で説明されてもできっこない」



 実際は、ただ無口で、うまく言えないだけの少女なだけかもしれない。

 ライズの評価が変わった瞬間だった。



「まぁ、そんな人がそれを使えるようになるための授業をしようか」



「それは.....。本当?」



「あぁ、解決策はわかっている」



 そう言うと、ライズは前に出る。



「習うよりやれ、それがお前らにあった練習法だ」



 簡潔に言ったものの、やはり目の前の生徒たちは頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいるようだ。

 それもそうだろう。魔法理論を聞きに来たら、習うより慣れよと言い出したのだから。

 が、ライズはその困惑を無視して話を進めた。



「まず今主流なのは詠唱式だ。なぜかわかるか? 答えは簡単、魔法陣は焦って少しでもミスったらその時点でお釈迦だ。けれど詠唱さえすれば、大抵の魔法は発動する。例えば、こんな風に」



 人差し指を上に向け、詠唱を始める。



「我が願うは小さな火 『着火』」



 そうすると、指先からぱちっと火が出て、すぐに消えた。



「無詠唱は消費が増えるし、ミスったら大抵失敗する。あぁ、ミスるってのは、魔力放出して、顕現させて、それを射出する、っていう三つのうちの、顕現部分が失敗したら、だ。放出と射出はミスったらそりゃあ失敗だが、まぁ心配しなくていい。お前らが今日やった中級魔法を失敗する原因は、この顕現工程にある」



「どういうこと?」



「難しく考えすぎて、イメージがおろそかだって言ってんだ。理論その他はとりあえず置いといて、魔力に火属性を追加して、槍にするイメージで火槍はできんだよ。べつに、この詠唱がこれをこうして、なんていう理論は確かに効率化されている。が、それが大切になるのはせいぜい魔法師戦ぐらいだ。そしてその魔力という先天的な才のあるお前らはこれを一種の自己暗示、これを唱えることで自分はこれを発動できると思いこませるんだ。」



「つまり?」



「とりあえず難しいこと考えずにやってみろ、そのうち体が覚える」



「簡単でいい」



「なるほど!」



 ようやっと理解したのか、そこに来ていた人たちは一斉に部屋の移動を始める。



 運動場は部活動が使っているので、実習棟の部屋を借りて行った。





「さて、とりあえず唱えろ、発動できるよう試せ。頭で考えるよりも口と体を動かせ。その頭で理解できない分、もっと努力を詰め。それしかお前らは生き残る術を持ってない!」





「は、はい! 我が願うは火の槍!『火槍』」



「我が願うは土の槍!『土槍』」



「我が願うは風の槍!『風槍』」



「我が願うは水の槍!『水槍』」



 先ほどとは変わって、強い言葉を発したライズに驚きながらも、そこにいた生徒たちは詠唱を始める。が、まったくと言っていいほど魔法は発動しない。





「先生、これ、いつになったら魔法できるんですかね」



「さぁ? アドバイスも頭でっかちになってわかりにくいと思うからしてないしな」



 あれから数時間。ひたすら同じ魔法を唱えてはいるものの、誰一人として魔法が発動することはなかった。

 質問している様子を見たもうひとり―――――エアリも、質問をしてきた。



「あと先生、感覚に頼ってたら、オリジナル魔法、作れないですよね?」



 それは、その人だけが使える魔法。適正や魔力量といった先天的な理由から、魔法理論を秘匿したり発動媒体を限定したりといった後天的な理由はあるものの、様々な方法や理由で、一人しか使えないであろう魔法。その限定的な魔法の特性上、理論構築から詠唱の設定、そしてその効果などもすべて一人で研究しつくさなければならない。しかし、自身の価値を示すうえでオリジナルはこれ以上ない指標だ。皆一度は作るだろう。だからこそ、理論をすっ飛ばして発動させようとしている彼ら彼女らは、オリジナルが作れないのでは、と危惧しているわけだった。



「いや、作れんこともないが、大抵ロマン砲だ、効率度外視の超火力。理由は簡単、大体がブチ切れてぶっ潰そうとするからだ。その代わり、心象武器は早いと言われている」



「心象武器?」



「そうだ、授業ではもう少し先で習うものだ。心を表した、心をかたどった武器。それは心折れぬ限り壊れず、心の望む強さで出力も変わる。別名『英雄武器』」



「英雄武器......!」



「心のまま魔法を操るお前らにぴったりな武器だろう、それを目指せ」



 そう、ライズは語った。それがこの学園で生きる方法だと。

 とはいえ、ライズも強い言葉と苦しい現実をこの穢れを知らぬ子供たちに発するのは躊躇いもあった。が、彼は知っている。どれだけ酷だろうが、それは現実である以上、いずれどこかで知ることとなる。

 ならば、今知っているほうが、まだ。まだ、救いも、どうにかする時間もいくらでもあるというものだ。



 彼は一人想う。言葉一つ一つが積み重なって、未来に役立つことを、己の体を蝕む毒にならないことを。そして願わくば、心の何かを変えて、英雄にならんことを.......

















 傾く太陽。赤い光差す校舎。声の消えた運動場。少し冷えた風と、藍の空が夜の訪れを告げる。かすかに聞こえる木々のささやきが心を満たしたころには、月は街を優しく包み、太陽はその姿を地の果てへ隠していた。



 ライズは一人、屋上で空を見つめる。





 雲一つない、だが街灯の明かりに負けて星も一つたりとも姿を見せない。



 そんな藍の夜空に手を伸ばす。



 何もつかめない。ライズの伸ばしたその手は空を切っただけだった。



「今日ばかりは、研究する気になれないな......」



 まだ十二、三の少年少女に強い言葉を使ったことに、後悔はない。

 ただ、未来へつながる引き金を引いた。

 それだけなのに、ライズはどこまでも深い闇に落ちていくような罪悪感を感じてしまった。大人のエゴを、醜い一面を教えることは、今必要だったのか......?



「きっと、その選択を間違っただなんて言う人はいない。英雄となった、グリードという方の言葉です。」



 ふと、声が聞こえた。



「ソフィア先生......」



「いつものお気に入りスポットに来てみれば、先客がいたようです。どうですか? この学園は。この世界は。」



 ソフィア先生は寝転んでいたライズの隣に座ると、そう問いかける。朝と違って、甘く、甘く。きっとそう見えているのは月明かりの魔力に当てられたからだろう。

 いつもと違い、すっと心に入ってきたその言葉。その言葉を理解したとき、心が答えを出していた。



「そうですね......美しい、そう思いましたよ」



 ライズの頭の中に真っ先に浮かんだのは、この風景と、どこまでも強い、生徒たちだった。



「正直、一日でここまで入れ込むことになるとは、思ってもみなかったです」



 きっと、この密度が違った生活は、今までの生活とは違うのだろう。未来を築く、そんな大層なものじゃないかもしれない。けれど、今を生きる生徒を、導いてあげたい。この知識をもって。



 そんな感情がライズの心に確かに生まれていた。



「ふふ、そうでしょう。まだまだ、捨てたもんじゃないな、って。私も、そう思います。」



 ソフィア先生の微笑みとその言葉を最後に、ライズたちは話を終え、夜空にそれぞれの思いを馳せるのだった。
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