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しおりを挟む「っ…… 」
あらわになった白い肌を、男の手が這うたびに女は眉根を寄せ、唇を噛んだ。
結い上げてあった黒髪がいつの間にか解け、白いリネンのシーツに波打って広がり、女が吐息を漏らすたびにかすかにうごめく……
「……声、我慢しなくていいんだよ? 」
その女の耳元に顔を寄せると、ウォティは女の耳朶を甘噛みして、そっと囁く。
「……嫌よ…… 」
その言葉に女は表情を引き締めると身をよじり男から身を引こうとする。
しかし、男の大きな躯に組み敷かれたこの体勢では身動きすることもできない。
窓には厚いカーテンが引かれ、ベッドの天蓋から下がる帳も下ろされていたが、それでもどこからともなく入り込んだ光が女の胸を白く浮かび上がらせる。
それだけでも、羞恥が女の肌を紅く染めた。
「大丈夫だよ、使用人はこの棟にはしばらく近寄らないように言ってある」
「でもっ…… 」
更に執拗に肌を這う男の手と唇に女の肌は更に紅く染まってゆく……
「……もう、行ってしまうの」
ベッドを降りる男のけはいに、枕に頭を預けたまま、気だるげにその背中に視線を向け女が訊いた。
「ごめん。
そろそろ行ってやらないと…… 」
部屋の中にはようやく薄闇が広がり始めていた。
それでもカーテンを開ければまだもう少し明るいはずだ。
「誰かに代わってもらうことはできないの? 」
少し非難がましく言う。
「ん? ああ……
考えているんだけどね。心当たりが無いんだよ」
身支度を整えると男は女の額に軽く唇を落とす。
「そんなの、放っておくわけには行かなくて? 」
「……君がさ、結婚前にいきなり誘拐監禁されて、見も知らない年寄りに乱暴されたら、どう? 」
「大げさね」
「でも、あの娘にはそれと同じだよ。
連れてこられた場所が少しばかり豪華だったってだけだ。
知らない場所にいきなり了承も無く放り込まれ、もう二度とあの場所から出られなくて、確実に命は削られる。
だからね、せめて怖い思いだけはさせたくないんだよ」
「あなたはよくっても、わたくしはどうなって?
事実はどうあれ夫が毎晩他の女のベッドに通って妻はほったらかしだなんて、そんなことが父に知れたら…… 」
「だから、こうして時間を作っているだろう…… 」
なだめるように言うと男は女のその紅く染めた唇に自分のそれを重ねる。
「君だって、もうタニアのような姿見たくないだろう? 」
その言葉に女の脳裏にひとつの少女の笑顔が浮かぶ。
侍女のタニア。
この国に嫁いで来た時からずっと身の回りの面倒を見てくれていた少女。
何故か気があって、妹みたいに思えていた。
なのに……
去年巫女に選ばれて神殿に上がった翌日、鐘楼から身を投げた。
……あんなことになるとわかっていたら、王太子妃の権限で絶対に神殿になど差し出さなかったのに。
女の顔がわずかに険しく歪み、唇を噛む。
巫女に選ばれた娘の実家には国から多額の金銭が下賜される。
タニアの家は丁度、父親が借金を抱えて疲弊していた。
「だからだよ、きっと……
だから父上も今回のお役目を降りたんだと思う。
表向きは息子と同じ女を抱く気にはなれないとか何とかもっともらしいことを言っていたけどね。
『空白の巫女』をこれ以上立て続けに出したくなかったんだろう」
男はやんわりと笑みを浮かべた。
『空白の巫女』
巫女としての功績を残せなかった娘は、在位だけ残してその存在が抹消されることから、そう呼ばれていた。
「心配しなくてもいい。
あの娘は大事な妹みたいなものだから。
第一、あっちに全くその気が無い。
初日に危うく噛みつかれそうになったくらいだからね」
「あなた相手に噛みつく女の子なんて…… 」
女は軽く笑い声をあげた。
「そう言うわけだから、悪いけど……
もう少しだけ、我慢していてくれるかな? 」
ベッドの端に腰掛けたまま上体を倒し、枕の上にある女の頬に手を伸ばすと優しく口付ける。
「あなたの、『しばらく』がいつまでか、なんてお訊きしても答えてはくださらないわよね? 」
涙の浮かんだ瞳を男に向け、女は呟いた。
男が部屋を出てゆく背中を見送って、女はそっと息をつく。
「豊かな国だよ…… 」
輿入れが決まった時に父王に言われた言葉がよみがえる。
「豊かな国だよ。
あの国はわが国と違い何故か『神子』の出現率が高いんだ。
『神子』の力自体も強いらしくて、『神子』不在の間でも前の神子の残した力で次の神子出現までの間も疲弊することが無い。
幸せな国だ。
だからお前もきっと幸せになれる…… 」
そう言ってどこか辛そうな笑みを浮かべて笑った父。
確かに豊かな国だった。
自分の生まれた国はちょっとした旱や気温変化で農地の実りが激減する。
それがどの国でも普通だと思っていたのに。
対するこの国では、めったなことでは飢饉も無く、家畜は肥え太り実りも豊穣。そのため交易も曳きも切らない。
……その豊かさが、自分よりも幼い少女たちの運命の上に成り立っていたなんて、よもや夢にも思わなかった。
夫となった王太子は穏やかで優しく、いつも自分を気遣ってくれる。
「巫女に手を出していない」という言葉もあながち嘘ではないようで、先日どんな娘かと気になって礼拝を口実に様子を探ったが、どう見ても二人に関係があるとは思えなかった。
ただ、やはり……
事実はどうであれ夫の夜の時間を独り占めされることに、プライドはひどく傷つく。
きっと巷では「夫に捨てられた女」と噂が立っているだろう事に、心が締め付けられた。
だから、本当は立場としても巫女になった少女をいたわってあげなければいけないのに、どうしてもその気になれない。
むしろ憎んでしまう……
せめて夫から一言でも、自分個人への愛情を示す言葉でももらえたら、こんな気持ちにはならないのかもしれない。
だけど、輿入れしてから一度たりとウォティの口からその言葉が貰えたことはない。
所詮国と国をつなぐための政略結婚なのだから、お互いに気持ちがなくても仕方がないのかも知れない。
それでも優しく丁重に扱ってくれるだけはまだいいのかも知れない。
けれど……
女は胸に引き寄せた毛布を知らずに握り締め唇を噛んだ。
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