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しおりを挟む「巫女様、今日はこの辺りにしてはいかがでしょう? 」
声を掛けられエミリアは顔を上げる。
庭中に絡まる植物の枝を整えていた手を止め周囲を見渡すと日が暮れ始めていた。
「そうね…… 」
答えたものの頭の端を先ほどの大神官の顔がよぎった。
反射的に部屋に戻りたくないと思ってしまう。
「巫女様? 」
「え? ああ…… うん。
終わりにして」
曖昧に返事をしたところを『どうとっていいのかわからない』と言いたそうに手を貸してくれていた少年が訊いて来る。
本当は部屋には戻りたくないのだけれど……
自分が終わりにしなければ手伝ってくれている皆が作業をやめることができない。
「お疲れ様でした。
今日はありがとう」
お礼の代わりに笑みを向ける。
「また明日もよろしくね」
結局のところ、今日一日作業しても終わらなかった。
元の状態に戻るまでには何日掛かるんだろう?
エミリアはそっと息を吐く。
自分のしたこととは言え、手のかかることになってしまったものだ。
手伝いの人間を帰した後でもエミリアは草をむしり続けていた。
部屋に戻る気にもなれなかったこともあるが、こうして無心に草をむしっていると何も考えずに居られた。
「巫女様。
まだ、こちらにいらっしゃったんですか? 」
少し困惑した声に顔を上げると、侍女が立っていた。
「え? うん…… 」
「もう見えないんじゃないですか?
今日はその辺りにしておいたらいかがですか? 」
確かにそのとおりで迫り来る夕闇に、手元はもうほとんど見えなくなってきていた。
「でも、手触りとか影でなんとなく、雑草かそうでないかわかるのよ? 」
エミリアは座り込んだまま目の前に立つ女の顔を見上げた。
「殿下もそろそろいらっしゃいますし、湯浴みをなさってお食事を済ませてしまってくださいませ」
なんとなく動きたくなくてまだその場所にかがみこんでいたエミリアの手を取り女は立ち上がらせる。
「こんなにお手を汚してしまって…… 」
少し迷惑そうに眉根を寄せた。
「いつも言っているでしょ? 手なんて洗えばいいのよ」
「そういう問題ではありません。
わたしが言っているのは、こんなに荒らしてしまってということです」
汚れを落とし湯船から上がったエミリアの手に香油を刷り込みながら女は非難がましく口にする。
「……そんなこと言い出したら何もできないじゃない」
エミリアはそれが悔しくて少しばかり頬を膨らませて抗議する。
「そんなに、じっとさせておきたかったらもっといいお家の娘を巫女にすべきだったのよ」
「そうしたいところだったのですがね……
何故か巫女の力を持っているお嬢さんって庭師とか農園主のお家の方がほとんどなんですよね」
ため息混じりに言って侍女は首をかしげた。
「それって、もしかして生まれながらに植物に接していたせい? 」
「さぁ? そこまでは私どももわかりませんけど。
けど、巫女様の地位に着くと大概はそれらしく振舞ってくださるものなのですけど? 」
「だから、言ったでしょ?
そう言うのはわたしの性分に合わないって。
人に皆やってもらって自分は動かないで居るのってなんだか落ち着かないのよね? 」
「……本当に。
巫女様は今までどおりなら評判の働き者だったんでしょうね」
女は気の毒そうに眉根を寄せた。
部屋に戻るといつもの男の姿が無かった。
エミリアはそのことにそっと息をつく。
やっとあの妙な行動に飽きて一人にしてくれたのかと、胸を撫で下ろした。
「今夜は遅れているみたいですね」
エミリアと同じように部屋の中を見渡して女は言う。
「祭りも近いですし、いろいろお忙しいのでしょう?
ま、あのご様子ではどんなに遅くなっても今夜もいらっしゃるでしょうけど…… 」
慰めるように言って女は食事のテーブルを整える。
一人で食事を済ませ、着替えを済ませても、ウォティは姿を現さなかった。
エミリアは安堵の息を吐きながらそっとベッドにもぐりこむ。
きっと、やっと妃のベッドに戻って眠る気になったのだろう。
これで妙な気を遣わなくても済む。
胸を撫で下ろしてみたものの、エミリアは首をかしげた。
何故だろう……
何度目かの寝返りを打った後、エミリアは部屋に広がる闇を見据える。
何故か今夜はとても寒い。
広いベッドの傍らがぽっかりと空いているだけなのに、何故か自分ひとりがこの世界に取り残されてしまったような気分になる。
「ま、いっか。
安眠できるチャンスなんて今夜だけかもしれないし、ね」
自分に言い聞かせるように小さく呟いて、エミリアは毛布を頭まで引き上げた。
あんなに迷惑に思っていたのに……
いつの間にかウォティが隣に横になることにすっかり慣れてしまった自分が居て、エミリアはその妙な感覚に戸惑う。
戸惑いすぎてせっかくのチャンスだというのに全く寝付くことができずにいた。
それでも、いつの間にかうとうとと眠りに引き込まれようとした時、闇の向こうでドアの開く音がした。
途端に眠りから引き戻されエミリアは躯を硬くする。
「巫女殿? 」
入ってきた人のけはいはベッドの中のエミリアを覗き込んだようだ。
声はウォティのものだ。
……きてくれた。
何故だろう。
そのことが妙に嬉しい。
毛布に顔をうずめたまま、エミリアはそんな自分にまた戸惑う。
男はいつものように上着を脱ぎ捨てるとベッドに入り込んできた。
そして毛布にうずもれたエミリアの頭をそっと優しく抱き寄せた。
男の髪からは甘く艶やかな香の匂いが立ち上がる。
「あ…… 」
毛布の中でエミリアはそっと呟いた。
どこかでかいだことのある咲き誇る大輪の花のようなその香は、いつか
祈祷室の入り口に立っていた女が焚き染めていた香だ。
本来なら、他の女の移り香をつけてベッドにもぐりこむ男など、一昨日来やがれと叩き出してしまいたいところなのだが、この場合は喜ぶべきなのだろう。
ただ、その香りにエミリアは不安を抱いた。
……どうしてだろう?
この男に妃がいることはわかっていたはずで、その移り香がしても不思議はない。
むしろそのほうが当たり前のはずなのに。
何故かとても不安になる。
「済まない、起こしたかい? 」
かすかに発したエミリアの声を聞き取って男が闇の中から囁く。
いつもならここで飛び起きて男から距離をとり睨み付けるところなのだが……
何故か今夜に限ってそうする気になれなかった。
「祈祷室の中、植物乱繁殖させたんだって? 」
それでもエミリアの意思を汲み取ってか、男は抱き寄せていた頭から腕をほぐすと距離をとり、おかしそうに訊いてくる。
「その、ね……
そんなつもりはなかったんだけど、どうしてか頭の中ごっちゃになって、うだうだ考えてたら、ね。
まさか、あんなことになるなんて思わなかったのよ」
「気をつけたほうがいい。
あの場所は先代の『巫女』とそれ以前に『神子』の力がまだ残っている場所だからね。
きっと君の思いに同乗したんだと思うよ」
「ん、そうする…… 」
毛布にもぐり直していつものように男に背を向けようとしたところで、エミリアはそれを思いなおした。
その様子を目に、つと男の手がためらいがちに伸び、毎朝目覚める時のようにそっと頭を抱え込んで、抱き寄せられた。
「いつも? 」
「ああ、一夜を共にした男女がベッドの端と端でお互い背中を向けて休んでいたんじゃあまりに不自然だろ?
朝、何時に侍女が起こしに来るかわからないからね…… 」
何だろう?
嫌なはずなのに……
抱き寄せられて伝わるその体温に何故かエミリアは安堵感を覚える。
囁かれるその優しい声を耳にエミリアは眠りに落ちていった……
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