Schwarzwald(外)-巫女は虚飾で作られる-

弥湖 夕來

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「じゃ、小父さん。
 お願いします。
 いつもお手間掛けます」
 小さな壷をいくつか荷馬車に積み込んで、御者台に乗り上げる男にエミリアは頭を下げた。
「おぅ、任しとけ! 
 エミーんところの香油は質がいいからな。
 そんなに苦労しなくても高く売れる。手間なんかじゃないぜ。
 あんたの油目当てに集まってくる連中もかなり居るからな、抱き合わせでこっちの商品まで売れて大助かりだ! 」
 大柄の中年男は陽気な笑顔を浮かべた。
「じゃ、ちょくら行ってくる」
 言うと同時に馬車が動く。
 
 しばらくその姿を見送った後、エミリアは自分の周囲を見渡した。
 すぐ傍に国境の敷かれた黒い森が見える。
 そのことからか、あの国は「シュバルツ・バルト」と名乗っている。
 
 その黒い森の手前に広がる花畑に囲まれた小さな村。
 一面に咲いた花が陽の光を受け金色に輝く。
 ざっと風が吹き抜けその花を揺らした。
 それだけでむせ返るほどの芳香が躯を包み込む。
 その中で見え隠れして青み掛かった銀灰色の髪が翻る。
「トゥーカ! 」
 男の荷馬車を見送って、歩き出したエミリアは畑の縁で足を止めると、その小さな頭に呼びかけた。
「なぁに? かぁたん! 」
 背の高い花の中を泳ぐように掻き分けて小さな男の子が女に駆け寄ると、大きな銀灰色の瞳を女に向ける。
「また、ここにいたの? 
 トゥーカは本当にお花畑が好きね」
「うん、だってね。
 はちがぶーんってして、それにね、おひさまとおなはのいいにおいがするんだぁ」
 子供は目を輝かせる。
 トゥーカ・ランドルフ・ベンディクス。
 奇しくもあの男と同じ名を持った子供は、あの男に良く似通った髪と瞳の色を持っていた。でも面差しはこの国の国王にそっくりだ。
「おいで、ご飯にしよう」
 少しだけ腰をかがめると、エミリアは幼子のその小さな手を取った。
「よ、トゥーカ。
 昨日はじいちゃん来ていたんだってな? 」
 通りがかりの野良仕事終えの男が足を止め小さな少年の頭を撫でる。
「うん! 」
 それが嬉しくて仕方のないようにトゥーカは笑顔を輝かせた。
「それにしても爺さん、見かけじゃ忙しくしてそうなのに良くくるなぁ? 」
 関心したように言う。
「孫が可愛くて仕方がないんだと思うの」
 子供の小さな頭を抱き寄せてエミリアは答える。
 
 一応街の商人風に身を窶してくる国王は、何度遠慮してもエミリアへの援助を自らの手に携えてくる。
 村の人たちはエミリアのことを夫に先立たれて嫁ぎ先を出た女だと自然に思ったらしい。
 そして時折訪れる国王のことを、嫁を家から出してしまったものの孫可愛さに毎月通ってくる爺莫迦くらいに考えている。
 
 それを否定して妙な勘繰りをされ、国王の身元がばれ、トゥーカの顔を見に来られなくなるのも厄介なので、あえて誤解されたまま口を噤んでいた。
 
 よもや、自分たちが気軽に頭を撫でている子供が将来自分の国を治める人物になろうとは誰も思っていないだろうと思うと、それはそれで面白い。
 
 エミリアは、少しだけ笑みを浮かべる。
 
「それはそうと…… 
 さっき隣町で聞いてきたんだけどさ。
 都の「魔女様」結婚するんだってさ。
 何でもお相手は城の警護を預かる男とか」
「知ってる、昨日聞いた」
 ウルリーカとルーカスの話は、昨日トゥーカの顔を見に来た国王から聞いた。
「ありがてぇことだよな。
 借り物だった魔女様がこの国の人間になってくださるんだ。
 こんなめでたいことはないよな」
 少し浮かれ気味に男が言う。
「おしごと、おわったの? 」
 男との会話に足を止めてしまったエミリアを促すように、つないでいた手を握り締めるとトゥーカがその顔を見上げて訊いてきた。
「じゃ、おじさん、またね」
 軽く頭を下げて男を見送る。
「うん。
 そうだ、さっき行商のおじさんがね、おいしいキャンディーを…… 」
 手をぎゅっと握った子供の顔に視線を向けて再び歩き出すと、不意にその子の足が止まる。
「どうかした? 」
 異変を察して顔を上げ、女は息を呑んだ。
 目の前で銀灰色の髪が翻る。
 同じ色の瞳を持つ背の高い男が二人の前に立っている。
「……やっと、見つけた」
 男は少し息を切らしながら安堵したような表情をエミリアに向けた。
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