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「急ぎなさい。
知り合いがいたからといって陛下をお待たせするなんて、とんでもないことだ。
普段なら許されない事なんだぞ」
足を止めてしまったリュシエンヌに不満を募らせていた様子で男が言うとホールの中で立ち尽くしたままリュシエンヌを見つめる人々の間を潜って先へと進む。
程なく、王座の真下へたどり着くと初老の男はジュリアスの前で膝を着いた。
「ご苦労だった、レミントン卿。
予定より少し早かったな」
たった今ダンスを踊っていたパートナーの手を放し、男を見下ろしてジュリアスは声を掛ける。
気のせいだろうか? なぜかその言葉がリュシエンヌには男の労をねぎらうよりはダンスを中断されたことへの苛立ちのように聞えた。
「遠いところをすまなかったな、従姉妹殿」
その視線がゆっくりとリュシエンヌに向けられる。
「九年ぶりか、大ききなったな」
ジュリアスの口から飛び出した言葉にリュシエンヌは耳を疑った。
確かに先月、それ前だって間遠ではあるけれど時折リュシエンヌのところへ顔を出してくれていたはずの男の言葉とは思えなかった。
「えっと…… 」
「なんなの、あの子。陛下がお声を掛けて下さっているのに。
挨拶も知らないのかしら? 」
あからさまに敵意のある言葉が浴びせられ刺のように突き刺さる。
「陛下にお礼を言うことがあるだろう」
どう答えていいのかわからずに言葉に詰まるとレミントン卿と呼ばれた男が脇を突付いて促してくる。
「あ、このたびは爵位を返上していただき、陛下のご温情に母共々感謝しております。
深くお礼を…… 」
かろうじて絞り出して頭を下げた。
「別に礼を言われることではない。
そなたにはこれからやってもらわねばならぬことがある。
そのために爵位は必要不可欠だった故、形だけ戻しただけのこと」
いつもとは全く違う冷たい瞳でリュシエンヌを見下ろすと男は感情のこもらない声で淡々と言う。
「わたしでお役に立てることなら、何なりとお申し付けください」
何のことだかわからないままに、とりあえず型どおりにリュシエンヌは答えた。
「従姉妹殿は聞き分けがいい」
ジュリアスは満足そうにかすかに笑みを浮かべる。
だがその笑みさえも普段の微笑とは違いなんだか顔にただ張り付いているように見える。
それがリュシエンヌに不安を湧き上がらせる。
「では、従姉妹殿には今回の和平協定の証として、隣国へ赴いてもらおう」
「おぉ、そう言うことか…… 」
リュシエンヌの返事の前に周囲から納得したような声が上がる。
「な、に? 」
「出立は明後日だ、それまで暫く休むといい」
それだけ言うと、ジュリアスはリュシエンヌに背を向けてしまった。
再びホールに音楽が流れ出す。
初めてみるジュリアスのダンスは優美そのものだった。
躯を預けたパートナーの貴婦人のドレスが花のように優雅に揺れる。
それを目にリュシエンヌは知らずにため息をこぼし自分のドレスの裾を握り締めていた。
囲われ閉ざされた世界で、これまでジュリアスは自分だけのものだと思っていた。
あの笑顔も優しい眼差しも、かけてくれる言葉も全てが自分だけの為にあると思い込んでいて、それは何処にいっても変わらないと信じていたのに。
今のジュリアスの存在は酷く遠くに思われる。
それ以上にまるで見知らぬ人のようで。
戸惑いと、不安と、孤独と、怒りと、悲しみと、絶望と。
いろんな感情がごっちゃになる。
「躍ろうか? リュシエンヌ」
何処に身を置いていいのかさえわからなくなってその場に立ち尽くしていると、その姿を見つけたように伯爵が歩み寄り言ってくれた。
「ダンスは苦手じゃなかっただろう? 」
確認するように訊いてくる。
「ええ…… でも…… 」
なんて答えていいのかわからない。
その上にこういったところで作法を何日ひとつ知らない自分に、この場に合わせたダンスを踊れる自信がなかった。
「もしかして、疲れているかな?
国境の館からずっと馬車で揺られて休んでもいないんだろう。
少し待っておいで。
誰かに部屋を訊いてくる」
わりと人目に付かないホールの角まで手を引いてくると、男はそういい残して人込みの中に姿を消した。
程なく、新しい不安が湧き上がる間もないほど短時間の内に伯爵は地味な身なりの中年の婦人を連れて戻ってきた。
「リュシエンヌ。
このご婦人が君の世話係だそうだ。
部屋まで案内してもらうといい。
今夜はゆっくりと休むんだよ」
少女の耳もとに軽く頬を寄せると、男は再びその場を離れていった。
「湯浴みの支度が整っておりますから」
部屋に案内されると同時に女に言われ、リュシエンヌは戸惑った。
言葉どおり火の入った暖炉の前に置かれた浴槽にはなみなみと湯が張り込んである。
そこまではいいのだが、世話係だと言われた女とそれに付き従ってきた小間使いと思える少女が二人その部屋を出て行ってくれない。
「後は自分でやりますから」
やんわりと出て行って欲しいことを示唆してみるが無駄のようだ。
「そう言うわけにはいきませんよ。
お嬢様のお世話をするのが私共の仕事ですから」
女は迷惑そうに言ってリュシエンヌのドレスに手を掛ける。
確かに小さな頃は乳母に入浴の手助けをしてもらっていたが、さすがにこの年齢になると気恥ずかしい。
「本当に…… 」
言いかけてリュシエンヌは口を閉ざした。
まだ幼かった頃、入浴中の母を一度だけ見たことがある。
確かにいつも側にいるメイドがやはりバスタブの側に立っていたような気がする。
今でも母は誰かの手助けナシには入浴もままならない。
それが病のためでなく昔からの習慣のせいだとしたら。
これだから田舎の没落貴族の娘はとかやはり罪人の娘は等あらぬ噂が立ちそうだ。
そんな噂が広まったら、貧しいながらも育ててくれた祖母に恥をかかせてしまうことになる。
仕方なくリュシエンヌは身を任せた。
バスタブを上がるとリュシエンヌは軽い眩暈を覚えた。
時間をかけて丁寧に髪まで洗われていたせいか、お湯の温度が高かったのか、湯に中ったらしい。
「寝室は、こちらのお部屋です。
何かありましたらお呼びください」
バスタブの運び込んであった部屋に続いたドアを開け、入浴を手伝ってくれた女は言うと、忙しそうに後片付けをはじめる。
「あのっ」
こんな夜更けになってまだ働かせるのが申し訳なくて、せめて手伝いをとリュシエンヌは口を開く。
「まだ? 何か? 」
途端に迷惑そうに女に一瞥され、出しそうになった声を慌てて引っ込めた。
突然やってきた田舎娘の世話などやはり面白くはないのだろう。
女は伯爵が連れて来た時から気難しそうに結んだ口元を緩めることはなく、ただ淡々と仕事をこなし必要以上の言葉を発しない。
「その…… お休みなさい。
お手伝いありがとう。
おかげで今夜は気持ちよく眠れそう」
「それはようございました。
お休みなさいませ」
せめてもの感謝のつもりで言葉だけ贈ると、女の顔が綻んだ。
初めて向けられたその笑顔に少しだけ気分がほぐれた思いでリュシエンヌは隣室へのドアを潜った。
ふらつく足取りでベッドへ向かうと、突然誰かに背後から抱きつかれた。
「え? 」
得体の知れない人間に拘束され一瞬恐怖で躯が凍りついた。
何者か知れないそれはリュシエンヌの襟元に顔を埋めてくる。
「いっ、やっ! 」
声にならない声を発し、抱きつかれた腕を振り解こうとするがおぼつかない足取りに躯に力が入らない。
「髪、洗ったんだ? 」
それを面白がるように軽い笑い声がこぼれ、項に顔を埋めたまま、甘く優しい声が囁く。
よく知った香りがふわりと鼻先をくすぐった。
「あ…… お兄様? 」
抱きしめられたままの躯を強引に捻って背後の顔を確かめる。
僅かに焚かれた室内の燭台の炎に、癖のない金色の髪がさらりと揺れてこぼれ光を反射する。
「誰だと思った? 」
「わからなかったから、だから怖かったんじゃない」
僅かに緩められた腕の中でジュリアスの優しい体温を感じながらリュシエンヌは拗ねた声をあげた。
幼かった頃何度か訪れたことのある王城とはいえ、ほとんど見知らぬ場所で明らかな敵意ばかりを向けられて一人、こんな薄暗い部屋で正体のわからない者にいきなり抱きつかれて、本当は震えるほど怖かった。
「ごめん、怖がらせるつもりはなかったんだ。
少し脅かそうと思っただけだから…… 」
男の顔が近付くと軽くキスされる。
そのかすかな温もりにリュシエンヌの目から涙が零れ落ちた。
「ごめん、そんなに怖かった? 」
頬をぬらす物を目にジュリアスが戸惑った声をあげた。
「だって、さっきのお兄様、お兄様じゃないみたいだったから…… 」
泣くつもりだったわけじゃない、ただ先ほど与えられた温もりがいつもの優しい温かさだったことを実感すると、なぜか涙が湧いていた。
「さっきはみんなの手前、ああするしかなくて。
ほら、リュシーのところに顔を見にいっていたのは皆に内緒だったから」
ジュリアスは困ったように歪めた顔でリュシエンヌを覗き見る。
「うん」
リュシエンヌはその言葉にただ頷く。
わかっている。
仮にも現国王がいくら自分の従姉妹とはいえ、大罪を犯した父を持ち領地も爵位も失った娘の家に大っぴらに訪れることなどできないことくらい。
むしろ忘れ去るどころか人の目を盗んでまで逢いにきてくれたことに感謝しなければいけない。
「ね? お兄様。
どうしてわたしがここに呼ばれたの?
爵位を返していただいて、おばあ様もお母様も喜んでいるからそれには感謝してます。
けど……
和平協定って、どういう…… 」
変わらないジュリアスの顔に少し安堵して怯えで縮こまっていた思考がほぐれてくると、疑問が次々と湧きあがってきた。
あの晩、ジュリアスは迎えに来るといってくれた。
だけど、リュシエンヌの解釈だとその言葉の意味は今日のようなものじゃなくて、もっと別の……
知り合いがいたからといって陛下をお待たせするなんて、とんでもないことだ。
普段なら許されない事なんだぞ」
足を止めてしまったリュシエンヌに不満を募らせていた様子で男が言うとホールの中で立ち尽くしたままリュシエンヌを見つめる人々の間を潜って先へと進む。
程なく、王座の真下へたどり着くと初老の男はジュリアスの前で膝を着いた。
「ご苦労だった、レミントン卿。
予定より少し早かったな」
たった今ダンスを踊っていたパートナーの手を放し、男を見下ろしてジュリアスは声を掛ける。
気のせいだろうか? なぜかその言葉がリュシエンヌには男の労をねぎらうよりはダンスを中断されたことへの苛立ちのように聞えた。
「遠いところをすまなかったな、従姉妹殿」
その視線がゆっくりとリュシエンヌに向けられる。
「九年ぶりか、大ききなったな」
ジュリアスの口から飛び出した言葉にリュシエンヌは耳を疑った。
確かに先月、それ前だって間遠ではあるけれど時折リュシエンヌのところへ顔を出してくれていたはずの男の言葉とは思えなかった。
「えっと…… 」
「なんなの、あの子。陛下がお声を掛けて下さっているのに。
挨拶も知らないのかしら? 」
あからさまに敵意のある言葉が浴びせられ刺のように突き刺さる。
「陛下にお礼を言うことがあるだろう」
どう答えていいのかわからずに言葉に詰まるとレミントン卿と呼ばれた男が脇を突付いて促してくる。
「あ、このたびは爵位を返上していただき、陛下のご温情に母共々感謝しております。
深くお礼を…… 」
かろうじて絞り出して頭を下げた。
「別に礼を言われることではない。
そなたにはこれからやってもらわねばならぬことがある。
そのために爵位は必要不可欠だった故、形だけ戻しただけのこと」
いつもとは全く違う冷たい瞳でリュシエンヌを見下ろすと男は感情のこもらない声で淡々と言う。
「わたしでお役に立てることなら、何なりとお申し付けください」
何のことだかわからないままに、とりあえず型どおりにリュシエンヌは答えた。
「従姉妹殿は聞き分けがいい」
ジュリアスは満足そうにかすかに笑みを浮かべる。
だがその笑みさえも普段の微笑とは違いなんだか顔にただ張り付いているように見える。
それがリュシエンヌに不安を湧き上がらせる。
「では、従姉妹殿には今回の和平協定の証として、隣国へ赴いてもらおう」
「おぉ、そう言うことか…… 」
リュシエンヌの返事の前に周囲から納得したような声が上がる。
「な、に? 」
「出立は明後日だ、それまで暫く休むといい」
それだけ言うと、ジュリアスはリュシエンヌに背を向けてしまった。
再びホールに音楽が流れ出す。
初めてみるジュリアスのダンスは優美そのものだった。
躯を預けたパートナーの貴婦人のドレスが花のように優雅に揺れる。
それを目にリュシエンヌは知らずにため息をこぼし自分のドレスの裾を握り締めていた。
囲われ閉ざされた世界で、これまでジュリアスは自分だけのものだと思っていた。
あの笑顔も優しい眼差しも、かけてくれる言葉も全てが自分だけの為にあると思い込んでいて、それは何処にいっても変わらないと信じていたのに。
今のジュリアスの存在は酷く遠くに思われる。
それ以上にまるで見知らぬ人のようで。
戸惑いと、不安と、孤独と、怒りと、悲しみと、絶望と。
いろんな感情がごっちゃになる。
「躍ろうか? リュシエンヌ」
何処に身を置いていいのかさえわからなくなってその場に立ち尽くしていると、その姿を見つけたように伯爵が歩み寄り言ってくれた。
「ダンスは苦手じゃなかっただろう? 」
確認するように訊いてくる。
「ええ…… でも…… 」
なんて答えていいのかわからない。
その上にこういったところで作法を何日ひとつ知らない自分に、この場に合わせたダンスを踊れる自信がなかった。
「もしかして、疲れているかな?
国境の館からずっと馬車で揺られて休んでもいないんだろう。
少し待っておいで。
誰かに部屋を訊いてくる」
わりと人目に付かないホールの角まで手を引いてくると、男はそういい残して人込みの中に姿を消した。
程なく、新しい不安が湧き上がる間もないほど短時間の内に伯爵は地味な身なりの中年の婦人を連れて戻ってきた。
「リュシエンヌ。
このご婦人が君の世話係だそうだ。
部屋まで案内してもらうといい。
今夜はゆっくりと休むんだよ」
少女の耳もとに軽く頬を寄せると、男は再びその場を離れていった。
「湯浴みの支度が整っておりますから」
部屋に案内されると同時に女に言われ、リュシエンヌは戸惑った。
言葉どおり火の入った暖炉の前に置かれた浴槽にはなみなみと湯が張り込んである。
そこまではいいのだが、世話係だと言われた女とそれに付き従ってきた小間使いと思える少女が二人その部屋を出て行ってくれない。
「後は自分でやりますから」
やんわりと出て行って欲しいことを示唆してみるが無駄のようだ。
「そう言うわけにはいきませんよ。
お嬢様のお世話をするのが私共の仕事ですから」
女は迷惑そうに言ってリュシエンヌのドレスに手を掛ける。
確かに小さな頃は乳母に入浴の手助けをしてもらっていたが、さすがにこの年齢になると気恥ずかしい。
「本当に…… 」
言いかけてリュシエンヌは口を閉ざした。
まだ幼かった頃、入浴中の母を一度だけ見たことがある。
確かにいつも側にいるメイドがやはりバスタブの側に立っていたような気がする。
今でも母は誰かの手助けナシには入浴もままならない。
それが病のためでなく昔からの習慣のせいだとしたら。
これだから田舎の没落貴族の娘はとかやはり罪人の娘は等あらぬ噂が立ちそうだ。
そんな噂が広まったら、貧しいながらも育ててくれた祖母に恥をかかせてしまうことになる。
仕方なくリュシエンヌは身を任せた。
バスタブを上がるとリュシエンヌは軽い眩暈を覚えた。
時間をかけて丁寧に髪まで洗われていたせいか、お湯の温度が高かったのか、湯に中ったらしい。
「寝室は、こちらのお部屋です。
何かありましたらお呼びください」
バスタブの運び込んであった部屋に続いたドアを開け、入浴を手伝ってくれた女は言うと、忙しそうに後片付けをはじめる。
「あのっ」
こんな夜更けになってまだ働かせるのが申し訳なくて、せめて手伝いをとリュシエンヌは口を開く。
「まだ? 何か? 」
途端に迷惑そうに女に一瞥され、出しそうになった声を慌てて引っ込めた。
突然やってきた田舎娘の世話などやはり面白くはないのだろう。
女は伯爵が連れて来た時から気難しそうに結んだ口元を緩めることはなく、ただ淡々と仕事をこなし必要以上の言葉を発しない。
「その…… お休みなさい。
お手伝いありがとう。
おかげで今夜は気持ちよく眠れそう」
「それはようございました。
お休みなさいませ」
せめてもの感謝のつもりで言葉だけ贈ると、女の顔が綻んだ。
初めて向けられたその笑顔に少しだけ気分がほぐれた思いでリュシエンヌは隣室へのドアを潜った。
ふらつく足取りでベッドへ向かうと、突然誰かに背後から抱きつかれた。
「え? 」
得体の知れない人間に拘束され一瞬恐怖で躯が凍りついた。
何者か知れないそれはリュシエンヌの襟元に顔を埋めてくる。
「いっ、やっ! 」
声にならない声を発し、抱きつかれた腕を振り解こうとするがおぼつかない足取りに躯に力が入らない。
「髪、洗ったんだ? 」
それを面白がるように軽い笑い声がこぼれ、項に顔を埋めたまま、甘く優しい声が囁く。
よく知った香りがふわりと鼻先をくすぐった。
「あ…… お兄様? 」
抱きしめられたままの躯を強引に捻って背後の顔を確かめる。
僅かに焚かれた室内の燭台の炎に、癖のない金色の髪がさらりと揺れてこぼれ光を反射する。
「誰だと思った? 」
「わからなかったから、だから怖かったんじゃない」
僅かに緩められた腕の中でジュリアスの優しい体温を感じながらリュシエンヌは拗ねた声をあげた。
幼かった頃何度か訪れたことのある王城とはいえ、ほとんど見知らぬ場所で明らかな敵意ばかりを向けられて一人、こんな薄暗い部屋で正体のわからない者にいきなり抱きつかれて、本当は震えるほど怖かった。
「ごめん、怖がらせるつもりはなかったんだ。
少し脅かそうと思っただけだから…… 」
男の顔が近付くと軽くキスされる。
そのかすかな温もりにリュシエンヌの目から涙が零れ落ちた。
「ごめん、そんなに怖かった? 」
頬をぬらす物を目にジュリアスが戸惑った声をあげた。
「だって、さっきのお兄様、お兄様じゃないみたいだったから…… 」
泣くつもりだったわけじゃない、ただ先ほど与えられた温もりがいつもの優しい温かさだったことを実感すると、なぜか涙が湧いていた。
「さっきはみんなの手前、ああするしかなくて。
ほら、リュシーのところに顔を見にいっていたのは皆に内緒だったから」
ジュリアスは困ったように歪めた顔でリュシエンヌを覗き見る。
「うん」
リュシエンヌはその言葉にただ頷く。
わかっている。
仮にも現国王がいくら自分の従姉妹とはいえ、大罪を犯した父を持ち領地も爵位も失った娘の家に大っぴらに訪れることなどできないことくらい。
むしろ忘れ去るどころか人の目を盗んでまで逢いにきてくれたことに感謝しなければいけない。
「ね? お兄様。
どうしてわたしがここに呼ばれたの?
爵位を返していただいて、おばあ様もお母様も喜んでいるからそれには感謝してます。
けど……
和平協定って、どういう…… 」
変わらないジュリアスの顔に少し安堵して怯えで縮こまっていた思考がほぐれてくると、疑問が次々と湧きあがってきた。
あの晩、ジュリアスは迎えに来るといってくれた。
だけど、リュシエンヌの解釈だとその言葉の意味は今日のようなものじゃなくて、もっと別の……
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