その溺愛は青ざめた月の見せる幻影のようで、

弥湖 夕來

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 首に掛かる護符の鎖に下がる指輪を思わず握り締めた。
 同時に唇をふさがれた。
「その話は後にしよう」
 軽く触れた唇を離すとジュリアスは耳もとで囁く。
「せっかくリュシーに触れられるんだし」
 呟きと共に突然抱き上げられた。
 声をあげる間もなくベッドに下ろされる。
「あのね、お兄様。
 まだ…… 」
 これから起こりそうな事を予見してリュシエンヌはドアに視線を向け戸惑った声をあげる。
 ドアの向こうにはまだ湯浴みの後を片付けるメイドがいるはずだ。
 こんな場所を見つかったらとんでもないことになる。
「うん、だから少しだけ、おとなしくしてくれるかな? 」
 その反応が面白いようにジュリアスは笑みをこぼした。
 
 額や頬に何度か優しいキスが降ってくる。
 それだけで何か妙なものが湧きあがり、リュシエンヌの背筋が僅かに疼く。
 軽く唇を吸われ、思わず小さく吐息を漏らすと狙っていたかのように舌が滑り込んできた。
 歯列を弄る柔らかな舌先が奥に浸入し上あごを這う感覚に背筋の疼きが高まって行く。
 口腔内をまるで何かの生き物のように這いまわるそれがやがて舌に絡みつき吸い上げ舐られる。
 更に咽奥に浸入されリュシエンヌは思わず息を止めた。
 背筋に湧き上がった疼きが増し下腹辺りを刺激する。
「も…… 、や…… 」
 吐息のようにかろうじて声を漏らすとようやくジュリアスの唇が離れる。
 先日は予期せぬことに混乱して、嫌われたくなくて、されるがままに許してしまったけど、やっぱりいけないことだと思う。
 婚姻を結ぶどころか正式に婚約さえしていないのに。
 なのに躯に芽吹いた疼きがこの先を強請って来そうで怖い。
 今ならまだかろうじてこの疼きを押さえられる。
「嫌? 」
 熱を帯びた瞳でリュシエンヌの顔を覗き込んでジュリアスが首を傾げる。
 まるで今自分が思ったことを読み取られたようだ。
「だって、こんなこと…… 」
 無意識に湧き上がる自分でも理解できないような妙な欲をこれ以上読み取られたくなくて、リュシエンヌはジュリアスから徐に顔を逸らした。
 露になった項を狙っていたかのようにキスを繰り返していたジュリアスの唇が落ちてきて、吸い上げ食まれ舌が這う。
 芽吹いた疼きが更に増す。
 これ以上感じたくなくて突き放してしまいたくて、でも既に躯のどこかがそれを強請って突き放せなくて、リュシエンヌは涙を浮かべた。
「泣かなくてもいいんだよ? 」
 ぽろぽろと涙をこぼすリュシエンヌを抱きしめるとそっとなだめるように何度となく背中を撫でてくれる。
 その優しい温もりには憶えがあった。
 母と二人許されて祖母の館に身を寄せた直後。
 あの暗く重苦しい子供部屋で一人、身を震わせていた時。
 人目をしのんで訊ねてくれたジュリアスがくれた温もりそのものだ。
 
 懐かしい温もりに強張っていたリュシエンヌの躯が少しずつほぐれて行く。
「この間のリュシー凄く可愛かったから。
 もう一度見せて? 」
 耳もとで甘く強請られるともう頷くことしかできなかった。
 
 しゅるりと胸元を閉じたリボンのほぐれる衣擦れの音を感じ、胸にひやりとした空気が触れる。
 その冷たさに身を震わせる間もなく熱を帯びた掌にそっと包み込まれた。
 皮膚の木目こまやかな感触や柔らかさを確かめるように何度となく撫でられもまれる。
 その刺激で硬く尖り始めた先端を軽く吸われ舌で転がされリュシエンヌは吐息と共に小さなうめき声をあげた。
「指輪、していないと思ったらこんなところにあったんだ」
 胸元に下がる鎖の先にあるアミュレットと共に下げられた指輪を目にジュリアスが呟く。
「あ…… 
 これ、少し緩かったから無くしちゃいけないと思って。
 それに、もしおばあ様に見つかったらなんて言っていいかわからないから」
 これまでの倹しい生活のせいでリュシエンヌは宝飾品など一度も持たせてもらったことはない。
 だから明らかに高価な宝石をあしらった指輪など、もし祖母の目に止ればその出所を問い詰められる。
 そんなことになったらジュリアスが邸に人目をしのんできたことが明るみになってしまう。
「そんなに気にしなくて良かったのに。
 言っただろう。
 正式に手順を踏んで誰にも文句言わせない形で迎えに行くつもりだって。
 誰に見られても咎められる筋合いのものじゃないんだよ」
 
 ……だから、ね。
 了解を求めるように呟いたジュリアスの肌を這う手が大胆になる。
 それに呼び起こされ既に躯の中に芽吹いた疼きは手足の指先にまで広がり、凶暴化してくる。
 僅かに湿り気を帯びた自分の髪が背中で揺れる感覚さえ刺激になる。
 すっかり熱を帯びた躯に少し冷えた部屋の空気が心地いい。
「リュシー、ちょっと声押さえてて」
 それでもやはり隣室の人の気配には敏感になっているのだろう。
 耳もとで囁くともう一度唇を合わせられる。
「ごめん、今夜はリュシーのことだけ見られたらって思ったんだけど…… 」
 額を僅かに汗ばませ、乱れはじめた息の下で切なそうに眉根を寄せるとジュリアスはタイを解き胸元を緩めに掛かる。
 剥き出しになった厚い胸板でリュシエンヌの熱を確かめるように抱きしめて肌を合わせてくる。
「お兄様…… 
 も…… っ、やめ、て…… 」
 こぼれそうになる声を何度となく塞がれ、荒くなったリュシエンヌの息は絶え絶えになってくる。
「ジュリアス、だよ。
 こんな時くらい、名前で呼んで」
 苦しそうにうめくように囁かれると、それだけでも下腹部の奥が激しく疼く。
 いけないことだとわかっていたはずなのに、初めは拒絶していたはずなのに躯が何かを求めて我慢できなくなる。
 恐らく歪んでいるであろう表情をジュリアスが満足そうに眺めて目を細めた。
 間をおかずに男はたぎった己自身をリュシエンヌの中に押し進めてきた。
 躯を穿つ熱い熱に揺さぶられ、何度となく気が遠くなる。
 何度目かの絶頂の後、リュシエンヌは意識を手放した。
「……可愛い。
 リュシーは本当に可愛いね。
 これから僕の役にたってもらわないとね」
 遠くなって行く意識の中で、男が耳もとで囁く声がかすかに聞えたような気がした。
 
 寒さに身を震わせてリュシエンヌは目を開く。
 カーテン越しの朝陽が差し込んで部屋の中をほの白く照らし出している。
 昨夜遅くに通された為に蝋燭の炎だけではよくわからなかったが、こうして明るい光の中で改めて見ると落ち着いた雰囲気ながらも贅をつくした豪華な部屋だ。
 そっと躯を起こして起き上がると上質なリネンのシーツが滑り、落ち何も羽織っていない剥き出しの胸が露になる。
 昨夜のことを思い出し、リュシエンヌは一人頬を染めた。
 ただ温かな腕に抱きしめられて眠りについたような気がしていたのにベッドの隣には既に人影はなかった。
 自分が横になっていた傍らは既に温もりさえなく、誰かがいたかすかな痕跡も消え去っていた。
「仕方ないわよね。
 お兄様、忙しいんだもの」
 自分に言い聞かせるように呟いてリュシエンヌはベッドを下りた。
 周囲を見渡し着替えを探す。
 確か夕べ、湯浴みをさせられたあとナイトドレスを着せてもらって。
 自分が家から着てきたドレスはそのまま隣室に置きっぱなしにしてしまったことを思い出し、とりあえず傍らにあったナイトドレスを取り上げた。
 さすがに隣室とはいえ誰かがいるかも知れない場所に下着姿で出るわけにもいかない。
 部屋や寝具だけではない。
 ナイトドレスに至るまで全てリュシエンヌが今まで手にしたことのない最高級品だ。
 手触りだけでそれがわかる。
 今までの生活とあまりにかけ離れすぎていて、まるでどこか別の世界にきてしまったみたいだ。
 妙な錯覚を感じながらとりあえず着直したナイトドレスのまま窓をあける。
 一斉に吹き込んできた心地いい風に目を細めていると突然ドアがノックされ返事を待たずに開く。
「まぁ、お嬢様。
 もうお起きになっていらっしゃったんですか? 」
 ドレスらしい華やかな一塊の布を抱えた昨夜の女が大げさな声をあげた。
 
「私共がお起こしするまでベッドの中にいてくださってよかったんですよ」
 コルセットを締め持ち込んできた真新しいドレスを着せ付けてくれながら女が不満そうに言う。
「ごめんなさい。
 なんだか目が覚めてしまって、横になっていられなかったの」
 お嬢さん扱いしてくれる女の手前、まさか家にいればそろそろ使用人を手伝って鶏の卵を拾い集めている時間だとは言えずに適当に誤魔化す。
「この城に初めてお泊りになるお嬢さんは大概そういいますけどね」
 女は頷きながら自分の着付けを確認するように一歩下がってリュシエンヌの頭の上から爪先までに視線を動かす。
「良かった、直す必要はなさそうですね。
 お嬢様、同じ年頃の娘さんより少し小さいみたいでしたからドレスの丈が合うか心配だったんですけど」
 一つ仕事が減ったことを安心したようにため息をついた。
「あのっ、このドレスは? 」
 華やかなレースで彩られた淡い空色のドレスの裾に目を落としてリュシエンヌは訊く。
 昨日着ていたドレスも多少流行遅れではあっても、まだ汚れてもいないし充分着られるはずだ。
「陛下がご用意くださったんですよ。
 ご自分の従姉妹君が恥ずかしい思いをなさってはいけないからと。
 でも、七年もお会いしていないお嬢様に似合う色やサイズを何故ご存知だったんでしょうね。
 お気に召しませんでしたか? 」
 首を傾げる女の言葉にリュシエンヌは首を横に振った。
「こちらのお部屋も何ヶ月か前から準備なさっていたんですよ。
 それこそ、家具の一つ一つまで全部をご自身で吟味なさって。
 どなたをお迎えするのかって皆で噂していたんですよ」
 手早くナイトドレスを片付け、乱れたベッドを調えながら女は続けた。
「まさか、数日しか滞在なさらない方の為にこれほどのお支度をするなんて、陛下も何をお考えなんでしょう? 」
 呟きながら女はもう一度首を傾げる。
「なに? 」
 その言葉が妙にリュシエンヌの胸に引っかかる。
「いえ、何でもありません。
 お隣の居間に朝食の準備ができている筈です。
 行ってください」
 何かを隠すように女はリュシエンヌの背中を押し追い出した。
 
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